台湾の原発、民意が揺らす — 政争の道具、日本の鏡

2014年05月08日 17:00
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経済ジャーナリスト

写真1・大規模な反原発デモの続く台湾。4月28日の大規模デモの翌朝、首都台北の台湾総統府前のバリケード。「不要再有下一個福島」(もう一つの福島は必要ない)と旗が翻っていた。

台湾のエネルギー・原子力政策が揺れている。建設中の台湾電力第四原発をめぐって抗議活動が広がり、政府は建設の一時中止を表明。原子力をめぐる議論で反原発を標榜する一部の世論が政府を引きずり、日本と状況がよく似ている。台湾の人々の声を集めながら、民意と原子力の関係を考える。

感情に訴える反原発活動


写真2 反原発集会のステージ、後ろは日本帝国の旧台湾総督府だった中華民国総統府

「終結核電」(原発を止めろ)「不要再有下一個福島」(もう一つの福島は必要ない)。5万人(主催者発表)の反原発集会が4月28日の日曜日に、首都台北の総統府前の広場を会場に行われた。翌朝訪れるとスローガンの書かれた旗や看板が残っていた。「福島事故の衝撃が、多くの人の心に刻まれています。政治的、社会的立場はさまざまですが、反核という願いで集まりました」。集会コーディネーターの一人でNPO「緑色公民行動連盟」の王舜薇(29)さんは語った。

台湾はテレビチャンネルが多く、集会の様子が放送され続けていた。作家や芸能人など「グリーン」な人々がスピーチを続けて、人々は歓声を上げ、祭りのようだった。パンフレットには「命」「安心」という言葉が並び、福島事故を例に原発と放射能の危険が列挙されていた。

「政府と台電(台湾電力公司)の言うことが信じられません」。王さんの言葉を聞きながら、私は日本の反原発運動を取材している錯覚を抱いた。思い詰めた感じのきまじめなインテリ女性、整理されたテント内のデモの事務所。場の情景も雰囲気も、参加者の主張も、とても似ていた。

反原発運動が盛り上がるのは、馬英九総統と政権への批判が強まる政治状況も影響している。今年3月に中国とのサービス貿易協定に反対するために、学生が立法院(国会)を一時占拠した。この学生らは、政党とは距離を置いたが、反原発運動では政治の干渉が目立つ。

野党民進党の元主席で、70年代から民主化運動の指導者だった林義雄氏が4月22日から30日まで、建設中の台湾電力第四原発の廃止を求める断食抗議を行った。林氏は台湾の与野党を問わず敬意を集めており、その行動が反原発デモの広がりのきっかけになった。

政争の道具となる原発

2001年から2008年まで、民進党は陳水扁総統を出す与党だったが、そのときは第四原発の建設を認めた。しかし野党に転じてからは、反原発となった。今年11月に主要自治体の地方選挙、16年に総統選挙が行われる。民進党はそれをにらみ、原発を維持する国民党政権に対して、「反核」で揺さぶる。台湾独立を唱える同党にとって、党内外から「独立するならエネルギーの自立が必要で、反原発は政策の矛盾だ」との批判がある。しかし同党では選挙前に反核派が市民団体と結んで力を増しているという。

政権は押される一方だ。これまで国民投票で第四原発の稼動を決めると表明していたが、そこからさらに後退した。江宜樺・行政院長(首相)は28日、1号機の稼動は国民投票で決定、完成間近の2号機の建設を凍結すると発表した。


写真3・反原発集会を伝える、野党民進党系の台湾のメディア。中央の男性が民主活動家の林義雄氏

残念なことに、議論には福島原発事故も影を落とす。台湾の原子力研究者によれば、「放射能で死者」など情報がゆがめられインターネットで拡散しているという。元首相の菅直人氏などの日本の反原発活動家が台湾で講演を重ね、その中には事実に反して過度に危険をあおる情報もある。日台両国に迷惑な行為だ。

もちろん台湾の世論は反原発一色ではない。反原発集会の会場から街路を隔てると静かな官庁街が広がり、地下鉄一駅移動すれば活気に満ちたオフィス街だった。台湾の電力の約2割が原発による。世論調査では原発の推進・維持の支持が常に過半数を超え、福島以降でも傾向は変わらない。


写真4・李登輝氏の発言を伝えるテレビニュース

李登輝元総統は91歳だが、国民党と民進党に距離を置きながら、政治的な発言を続けている。林氏の断食抗議について体調をいたわることを求めた上で、脱原発の主張に「無資源であるわが国の人々の生活がやっていけるのか。工業がやっていけるのか。林氏の意見は国民の多数が支持するものか」と3つの疑問を公表した。さらに原発の危険を指摘した上で、「トリウム原子炉など最新式の原発を検討できないか。また電力の分割民営化で競争を起こせば原発の将来は経済的に決まる」と持論を述べた。

李登輝氏は、台湾では老獪かつ現実的でバランス感覚のある政治家とみなされている。反原発運動を過剰に批判せず、合理的な疑問を示す形でやんわりとその問題を指摘したのだろう。

かき消される正論「無資源の台湾をどうする」

中華民国核能学会(原子力学会)と台湾電力は、日本の原子力技術者、そして政治家を招き「聴・日本核電再出発 思考台湾」(日本の原発の再出発を聞こう 台湾は考えよう)というシンポジウムを、台北市内で4月27日に開催した。日本の専門家が招かれたのは、反原発の厳しい世論に対抗するためであろう。


写真5・台湾で行われた日本の原発問題のシンポジウム

台湾電力の朱文成総経理(会長)は「当社は、これまで安全に配慮して原子力を運転し、事故を起こしてきませんでした」と講演。エネルギーを管轄する行政院経済部(経済省)の杜紫軍政務次長は「わが国のエネルギー自給率は2%にすぎません。多様なエネルギー源の開発が必要です。原発ゼロにすれば電気代が4割上昇してしまいます」と主張した。


写真6・日本の原子力事情は台湾メディアの関心を集めている。インタビューを受ける東京大学元総長・元文部科学大臣で核物理学者の有馬朗人氏

これらの意見は、日本で政府や電力会社が話すような「正論」だ。日本では反対派がそうした正論を示しても考えを変えなかったが、台湾で反対派の心に届くのだろうか。

台湾も日本と同じように、原子力に関わる人の一体感は強い。これらの人々は、原子力や理系関係学部のある国立清華大学(北京と創設は一緒ながら、国共内戦後に分かれる)、国立台湾大学など有名大学の出身で、留学を経験するエリートが中心だ。その人たちは一般の人々の激しい反対に戸惑う気配があった。これも日本の「原子力ムラ」の戸惑いと似ている。

エリート校の国立政治大学の学生である馬怡健さん(22)が、シンポジウムを聴講していた。「台湾は中国との関係で、自立するか、一体化するか難しい政治状況にあります。どの道を選ぶにしても、国力維持のために原子力は必要です。私の周囲も同意見の人ばかりなのですが、分からない人が多いのです」。

中立系の台湾大手紙の記者に話を聞いた。「メディアは政府の主張にも懐疑的ですが、環境派の主張も信じていません。世論も割れています。ただし野党が政治問題にしていて妥協の気配はありません」という。反対勢力は「原発ゼロ」「第四原発廃止」という極論を主張し、政府との主張は平行線になっている。

政治と電力会社の困惑

反対運動に向き合う、政府や事業者の困惑も日本と似ていた。

「なぜ日本は原発事故後、原発利用に再び舵を切れたのですか」。馬英九総統は29日に、東京大学元総長の有馬朗人氏などの原子力研究者や、細田博之自民党衆議院議員らからなる代表団の訪問を受けた。会見は30分の予定だったが、馬総統が日本での民意の動きを聞き続け、1時間になったという。馬氏は「率直に言うと困っている。わが国は脱原発の方向だが、無資源国である以上今すぐ行うと軽々しく言えない」と述べたそうだ。

日本は決して、原子力をめぐる民意を政治がまとめられたわけではない。そしてエネルギー政策が混乱している。しかし原発の利用を示したエネルギー基本計画が3月に出たことで、日本は原発利用を再び決めたと受け止められたようだ。

ほぼ完成した台電第四原発(新北市)を訪問した。同原発と首都台北の距離は直線で約40キロと近い。最新型で出力135万キロワット(kw)と大型のABWR(改良型沸騰水型軽水炉)2基がある。日本は台湾とは国交がないものの、日立、東芝、三菱重工が提携する米仏企業を通じて建設に関わる。

台電は政府管理下で独占的に電力事業を行う企業だ。これまで原発を3発電所、6基動かしている。第四原発は最新鋭の安全施設を装備し、福島事故の教訓を取り入れて電源などの重要施設の安全対策装置を複数化した。それでも反対派の信頼を得ることはできない。

1980年代の建設計画策定から約30年の歳月と累計2838億台湾元(約9600億円)の経費がかかった。台電は15年からの稼動を目指していたが、先が見通せなくなった。稼動の遅れによる建設費の負担の責任を、政府は明確に示していない。

不幸なことに、第四原発の用地の選定が行われた80年代初頭は国民党の独裁下で、台湾の民主化運動が盛り上がった時期だった。そのために、この地が反政府運動のシンボル化してしまい、その名残があるという。


写真7・台湾電力第四原発(Wikipediaより)

台電の渉外・広報担当の幹部が困惑しながら語った。「状況が悪すぎます。人々が落ち着くのを待って対話を進めます。長引くほど、国民全体が損になるのに残念です」。発電所長の王伯輝氏は状況を説明した。「デモ隊が押し寄せても、どのような決断を国民が下しても、原発の安全を守ると所員は誓ってくれました」。

原発構内は整頓され、働く人はそろいの制服を着て、とてもまじめだ。台電には日本の電力会社のような雰囲気がある。ここでも私は日本の原発にいるようなデジャビュ(既視感)を抱いた。

原子力をめぐる合意形成の難しさ

「世論の先鋭化」「政争の道具」など台湾の原子力の議論をめぐる状況は、日本に似ている。両国は、無資源の工業国、自由な民主主義国という特長が一致する。原発をめぐる推進、反対の論点も同じだ。

「原子力の持つ力を活用するべきです。日台両国の発展と両国民の未来のために」。元東大総長で核物理学者の有馬氏は、原子力シンポジウムで語った。私はそれに同意するし、多くの台湾の参加者も賛成をした。技術はそれが使われる社会に受け入れられなければならないが、原子力に恐怖を抱き拒絶反応を示す人もいる。そしてそう人々を交えて、原子力の利用について、社会的合意を重ねることはかなり困難だ。

80年代後半から台湾は民主化のための諸改革を行った。同国の人々が短期間で、急速な経済成長と言論の自由、民主主義を同時に達成したことに、私は隣国の人間として感銘を受ける。これは今後の中国本土の民主化のモデルケースになるだろう。

しかし、どの民主主義国でも直面するように、台湾の政治は民意に揺さぶられ、何も決められない状況に陥っているようだ。さらに対立が先鋭化する原発では、その合意を得ることは難しいだろう。

原子力をめぐる民意の混乱は、民主主義国で普遍的に起こってしまうことかもしれない。しかし、それが原子力の巨大な力を使うための代償の一つなのだろう。この難題を乗り越えることが可能なのだろうか。鏡に映ったように、これまでの日本の情景とそっくりの台湾の姿を見ると、これからの日本でも難しく長い道のりが待っていそうだ。

(2014年5月8日掲載)

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