中川恵一氏に聞く、低線量被ばくの誤解と真実・1-発がんは増えますか?

2014年09月29日 16:00

低線量放射線の被ばくによる発がんを心配する人は多い。しかし、専門家は「発がんリスクは一般に広がった想像よりも、発がんリスクははるかに低い」と一致して指摘する。福島原発事故の後で、放射線との向き合い方について、専門家として知見を提供する中川恵一・東大准教授に聞いた。(全3回)

Question 1
福島第一原発事故による被ばくで発がんは増えますか?

Answer 1 低線量のひばくであり、発がんは増えないでしょう。

—まず、放射線がどのように人体に影響を与えるか教えてください。 

中川 放射線を浴びると、細胞の核の中にある、細胞をつくるDNAを傷つけてしまいます。しかし、人間の体には放射線がDNAを切断しても、それを修復する仕組みがあります。ですから、ゆっくりと放射線を浴びた場合には、この細胞の修復機能が働き、健康への悪影響は抑えられます。

一方で、原子爆弾の爆発の際のように、一瞬で高線量の放射線を浴びた場合には、細胞を修復する機能が追いつかず、健康被害の可能性が出てきます。修復しきれずに、傷が残ってしまったDNAは異常な設計図となり、「死なない細胞」になることがあります。これが、がん細胞です。

—どれくらいの被ばく量で発がんのリスクが出るのですか。

中川 発がんリスクは放射線の量に比例して発生する確率が高くなると考えられ、年100mSv(ミリシーベルト)の被ばくで、がんの発生がわずかに増加することが観察されています。被ばくをしなかった人と比べて、生涯被ばくが100〜200mSv増加した場合に、発がんのリスクは1.08倍になるという観察結果です。この率は喫煙など他のがんの増加をもたらす要因よりも、はるかに低いものです。

福島事故の場合には、年100mSvの水準まで被ばくした人は見つかっていません。作業員で最大82mSvであり、福島県民の被ばく量では99%が10mSv以下です。その水準の被ばくで、がんは増えないと専門家の意見は一致しています。

—私たちが自然に受ける放射線量はどの程度ですか。

中川 日本での年間の自然被ばく量は平均で2.1mSvです。内訳は宇宙、大地、食べ物、そして空気中のラドンからの被ばくです。暮らしの中では医療の被ばくがあります。CTスキャンなどは1回で7mSvの被ばくをします。

また世界で見ても、放射線を発する岩石などの土地では放射線量が高くなります。例えば、北欧では年7~8mSvの場所があります。イランのラムサールでは、年260mSvの場所もあります。こうした場所に住んでいても、がんが増えるとの報告はありません。

バナナにもある天然の放射性物質

—食物からの内部被ばくを懸念する声があります。

中川 そもそも日本の食物の放射線量は高くありません。政府が事故直後に厳格な食物、水・飲料の流通基準をつくりました。そして農家、流通業者がまじめに、それに従っています。福島県内の食品を、さまざまな研究機関が調べましたが、県内の農産品で食事をしたとしても食品からの被ばくは年0.02 mSv ほどで、日本の他地域と変わりません。

また、放射線の被ばくのあり方は、体内からのものであろうと外からのものも同じです。放射線の影響は、中からも外からも同じように細胞に加わるからです。

野菜やバナナにはカリウム40という天然の放射性物質があります。ところが野菜を食べた方が、健康にいい。過度に食物からの被ばくを心配する必要はありません。

−すると福島第一原発事故による発がんの増加は、まずないと考えてもいいですか。

中川 そう考えています。私はがんの放射線治療をする医師として、放射線を日常的に取り扱っています。私のような専門医は年10mSv程度の放射線を当たり前のように浴びます。ですから低線量の被ばくについて、自分の体験と臨床経験、そしてさまざまな科学的研究の集積によって、何が起こるか予想できます。それに基づいて考えると、福島第一原発事故による放射線の被ばくでは、発がんは増えないと言えます。

−福島事故で、次世代の人々への放射線の影響は残るのでしょうか。

中川 広島・長崎の原爆では、被ばく者をひとりでも多く救うために、詳細な調査が継続されています。先ほど述べた「低線量被ばくの健康影響は観察されない」というデータは、広島・長崎の研究から示されたものです。

調査の結果、被ばくした人たちの子孫への悪影響は、まったく観察されていません。そのことからも、福島事故による出産への影響は皆無と判断できます。これは安心して福島に住み続けられる理由の一つになるでしょう。

逆に検診を徹底して戦後行ったために、広島市は政令都市で、女性の寿命が全国で1位になったこともありました。広島・長崎の悲劇から得られた知見は福島の復興のために、大いに参考になります。

(2、3に続く)(10月6日掲載予定)

中川恵一(なかがわ・けいいち)1960年東京生まれ。東京大学医学部附属病院放射線科准教授、緩和ケア診療部部長。医学博士。東京大学医学部医学科卒業後、スイスのポール・シェラー研究所に客員研究員として留学。がんの放射線治療を行う。著書に『放射線のひみつ』(朝日出版社)、『自分を生ききる』(養老孟司氏との共著、小学館)、『専門医が教える がんで死なない生き方』(光文社新書)ほか多数。

この原稿はエネルギーフォーラム9月号「いま伝えたい低線量被ばく「本当のリスク」」掲載の原稿を編集しました。転載を許諾いただいた、同社関係者の皆様、また中川先生に感謝を申し上げます。

(取材・編集 アゴラ研究所フェロー 石井孝明)

(2014年9月29日掲載)

This page as PDF

関連記事

  • 商工会の会員240社のうち、町内で仕事を始めたのは土建、建設、宿泊施設など復興に関連する54社。町民を相手に商売をしていた商店は廃業も多い。
  • (GEPR編集部より)広がった節電、そして電力不足の状況をどのように考えるべきか。エネルギーコンサルタントとして活躍し、民間における省エネ研究の第一人者である住環境計画研究所会長の中上英俊氏に、現状の分析と今後の予想を聞いた。
  • 福島原発事故の後で、日本ではエネルギーと原子力をめぐる感情的な議論が続き、何も決まらず先に進まない混乱状態に陥っている。米国の名門カリフォルニア大学バークレー校の物理学教授であるリチャード・ムラー博士が来日し、12月12日に東京で高校生と一般聴衆を前に講演と授業を行った。海外の一流の知性は日本のエネルギー事情をどのように見ているのか。
  • 全国の電力会社で、太陽光発電の接続申し込みを受けつけないトラブルが広がっている。これは2012年7月から始まった固定価格買い取り制度(FIT)によって、大量に発電設備が設置されたことが原因である。2年間に認定された太陽光発電設備の総発電量は約7000万kW、日本の電力使用量の70%にのぼる膨大な設備である。
  • 石炭火力発電の建設計画が次々に浮上している。電力自由化をにらみ、経済性にすぐれるこの発電に注目が集まる。一方で、大気汚染や温室効果ガスの排出という問題があり、環境省は抑制を目指す。政府の政策が整合的ではない。このままでは「建設バブルの発生と破裂」という、よくあるトラブルが発生しかねない。政策の明確化と事業者側の慎重な行動が必要になっている。
  • 福島の原発事故から4年半がたちました。帰還困難区域の解除に伴い、多くの住民の方が今、ご自宅に戻るか戻らないか、という決断を迫られています。「本当に戻って大丈夫なのか」「戻ったら何に気を付ければよいのか」という不安の声もよく聞かれます。
  • 「アジア投資銀行の狙いは、中国が「赤い原子炉」を輸出するための融資体制づくりではないか。また中国の中東からの石油、天然ガスを運ぶ海上交通路を安全にするための、途中の港湾の整備にも使うだろう。アジア開銀がやっていない融資だ。中国のエネルギー戦略と、この銀行は密接に結びついている」。日米の参加がないことで話題になっている中国主導のアジア投資銀行(AIIB)について、在東京のアジア某国の外交官は、取材に見通しをこう述べた。
  • 2015年5月19日、政策研究大学院大学において、国際シンポジウムが開催された。パネリストは世界10カ国以上から集まった原子力プラント技術者や学識者、放射線医学者など、すべて女性だった。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑