エネルギー選択と直面するリスクを考える【アゴラ・シンポ 第2セッション要旨・2】

(その1)から続く。
お金があるから命が守れる
池田・全員の意見で「エネルギーと安全保障は密接に絡み合っている」ということが一致しています。よく「命さえあれば、お金がなくても大丈夫」と言われますが、現実には違います。お金がなければ命を維持するためのエネルギーもつくれません。
今年、経済成長が減速しています。4-6月期の減速は、4月の消費増税の影響と思われましたが、7-9月期になっても低迷のまま元に戻りません。エネルギーの輸入による貿易赤字の急増が一因です。エネルギーコストの上昇はすべてに連鎖します。インフレは所得分配に影響を与え、その影響は低所得者から生活に打撃となります。アベノミクスがエネルギー面からおかしくなっているのです。それは原発の停止によるエネルギーコストの上昇が影響しています。
脱原発をドイツのように国民が関与して決定したのなら、仕方がないと言えるでしょう。しかし日本では国会で決めたわけでも、閣議決定をした訳でもなく、ずるずると今の状況になっています。それが問題です。そして朝日新聞のように、正義の名をかたって、反原発の情緒に訴えるメディアばかり。プロフェッショナルの意見を参考にしないし、その人たちを感情的に攻撃する風潮もあるのです。
小川・日本がダメだと言いたくはありませんが、優先順位をあらゆることでつけられないという面が、日本の意志決定であります。「全部」はできないことを考えた方がいいのです。
山本・経済の面で、強いとされた日本の製造業が弱っていることが心配です。雇用も減っています。特に製造業の県とされた静岡で影響が大きいのです。一方で、アメリカでは製造業が復活しています。電気代とガスの安さが一因です。
エネルギーコストは製造業の競争力に影響を与えます。企業が儲からなければ技術開発力が落ちます。また輸出産業は一般に、国際競争のために、生産性が高いのですが、コスト増が影響を与えています。
また日本は天然ガスの3割強を中東に頼っていますが、今、中東の不安定さは続いています。そこで何か起きた時はどうするのでしょうか。天然ガスは備蓄が出来ないから2、3週間で日本経済はアウトです。
中部地方のエネルギーリスク
佐々木・中部電力の現状を申し上げます。浜岡原発の停止前の発電構成は火力7割、原子力2割でした。それが、今は火力が9割です。そして火力の全体の7割ぐらいがLNG(液化天然ガス)火力です。LNGの輸入先は6割がカタールであり、発電の約4割がカタールのガスに依存しています。かつてカタールのLNGプロジェクトの立ち上げに中部電力が関わったことが縁で、浜岡の停止の時に、緊急調達ができました。
カタールから日本へのLNGの運搬は特殊な輸送船で、2−3週間かかります。13年度で、当社は運搬船208隻分を使いました。1隻分の燃料を中部電力は2日で使い切ります。それが数珠つなぎになって海路運ばれている状況です。供給体制の多様化を努力していますが、そのシーレーン(海上交通線)が絶たれれば危険な状況になります。
澤・菅直人さんが、浜岡を止める「お願い」をしたとき、カタールの王族にお願いするなどの手配をまったくしていません。中部電力に交渉を押しつけたのです。よく、電力会社のガスの調達コストが高いという批判があります。しかし、突然ガスを買いたいと言ってきたら、足下を見られて、高値で買わされるのは当然でしょう。経済力はみんなで支えなければならないのですが、そういう発想が政治に乏しいのが残念です。
原子力規制の問題も、指摘しておきましょう。原子力規制委員会は、「原発を止める」ことではなくて、「原発を安全に動かす」ことです。今、ゼロリスクを規制委は追求し、事故が起こる可能性が考えれば、原子炉を停めていいというゼロリスク論で、規制を行っているように見えます。
第1セッションの議論にあったように、リスクを整理し、確率で分析することがないのです。思いつきで、危険を羅列しています。そうすると規制もそれをめぐる議論も、本質の安全からはずれて、ばらばらになっているように思えます。
食料とエネルギー、そして日本人の生存は密接に結びつく
池田・災害対策と同じで、ここで示されたリスクを考えない傾向があります。それどころか、リスクを議論することさえ好まれないのです。原発を語ると、ゼロリスクとか。シーレーンの安全を語ると、軍国主義とか。そういう状況は直していかなければなりません。
第1セッションで講演をいただいた畑村洋太郎さんに傍聴いただいているのですが、エネルギーをめぐるコメントをいただけますか。
畑村・私は日本のリスクで、防災に加えて、エネルギーと食料の問題が気になっています。私と同じような危機感を、きょう出席の専門家は持っているんだと思いました。食料生産はエネルギーと密接に絡んでいます。1973年に日本は米国産大豆の輸入を数ヶ月止められ、パニックになったことがありました。主要穀物の輸入が止まるだけで、日本の生存が危ぶまれるのです。エネルギーも同じです。今後、経済構造が変わり、円安傾向が続き、外貨も減っていくでしょう。長期的に見ても、かなりリスクが高まっていると思います。
山本・日本の経済力は弱っています。統計によれば1997年が日本人の給与所得者の世帯収入のピークが、そのとき平均470万円でした。最新データでは410万円程度。ほとんどの人の給料が横ばいか下がっています。そして日本に自殺者も、今は一服したものの増加傾向が98年から続きました。
日本の製造業の経常利益は約16兆円弱、純利益も約7兆円弱です。そして製造業が払っている電気代は4兆円です。これで電気代が20%、30%と上がったら、1兆円が飛んでしまいます。その1兆円稼ごうとしたら、また人件費を下げ、所得が減るでしょう。
統計を見れば、経済力と幸せ、そして命の問題はつながっているのです。エネルギー問題を感情論で議論するのではなく、冷静にデータを見て、日本の産業はどうなっていくのか。私たちの生活はどうなっていくのか。そういった観点で、エネルギーを考える必要があるでしょう。
佐々木・電力量と経済の回復について、電力事業者としても心配しています。中部電力管内は特に愛知と静岡、三重に製造業の集積が大きいのです。500kW以上の大口の電力量を見ると、リーマンショック以降一度落ちました。その後3.11を経て再び一旦落ちますが緩やかに回復の途上です。愛知県はリーマンショック前の値を100とすると91か2まできていますが、静岡は85です。静岡の回復力が非常に弱いのです。
澤・所得分配の問題もあります。エネルギーや食料の価格が上がると、影響の逆進性が高いのです。生活必需品の値段が先に上がると、低所得者に影響が大きい。電力の固定価格買い取り制度も、太陽光パネルを搭載できる一軒家を持っている人はお金をもらえるが、隣に住んでいるアパートの人が払った電気代からお金を取っているわけです。そういう議論がまったく行われていません。
米英は所得分配に政治家がものすごく敏感ですし、両国のシンクタンクは、エネルギー関連の制度を取り入れる前に、どの所得者層、どの州の、どの地域の人が影響を受けるのか、分析を山ほど出します。日本ではほとんどないのですね。そういう議論も深めなければなりません。
専門家の懸念と一般の意見のギャップ
池田・エネルギーの供給不安とコストの悪影響を専門家は知り、懸念を共有しているのですが、一般の人には伝わっていません。今は電力料金の上昇分を中部電力などの電力会社が一部引き受け、また製造業が努力をしているために目に見えないのです。そして「電力が足りている」「電力高騰の影響は少ない」と、社会の多数の人が思ってしまうのでしょう。
澤・技術者の人は「出来るか」と言われれば「出来ません」と言えない。出来るようにするのが自分の仕事と考えています。電力会社もまじめだから、引き受けてしまう。その考えで計画を立てても、いずれは結局出来なくて、計画が全て崩れるリスクも、あるんです。勇気を持って「出来ません」と言うことがそろそろ必要でしょう。
佐々木・「電気は足りている」とご指摘がありますが、そんなことはなく、かなり厳しい状況です。2009年に、当社は武豊火力発電所を、老朽化を理由に停止をしました。しかし浜岡原発停止のために、現在は緊急の場合に動かしています。ボロボロの火力発電を、安全性を確保する工事を行って、なんとか電力を供給しているのが現状です。(写真2)それに皆さまの節電のおかげもあり、なんとか電気を足らしている状況です。

池田・大変な状況ですね。こうした状況に追い込んだ政府が悪いのですが、まじめに問題を引き受け、カバーする中部電力などの電力会社にも問題があるのではないでしょうか。無理なことを頑張って実現してしまうから、政治が暴走してしまう。
佐々木・電気は人の命を繋いでいます。どんな時にも電気を絶やさないんだという強い想いが、「電力社員のDNA」としてあるのです。そうした私たちの考えも、ご理解していただければと思います。
池田・なるほど。しかし、電力会社にとっても、日本経済にとっても、いつまでもエネルギー政策の混乱は続けられないでしょう。
セッションをまとめると、エネルギーコストが上昇し生活や社会の基盤に影響を与えている現状があります。それの現実を見て、私たち一人ひとりが、エネルギーの選択を冷静に考える必要があると思います。
【最後に、ニコニコ生放送でアンケートが使われた。「エネルギーに不安感じるか」という問い(母数不明)でイエス88.1%、ノー11.9%となり、懸念が広がっていることが示された。】
(編集・石井孝明(ジャーナリスト アゴラ研究所フェロー))
(2014年10月27日掲載)

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