科学的に基づく「安全」と自分で確かめる「安心」

2015年03月16日 10:00
アバター画像
物理学博士/ポーランド国立原子研究センター教育・訓練部長/UNSCEAR (原子放射線の影響に関する国連科学委員会)ポーランド代表

福島市民の自主的検査で受けた感銘

ポーランドの首都ワルシャワから、雪が降ったばかりの福島に到着したのは、2月2日の夜遅くでした。1年のうち、1月末から2月が、福島においては最も寒い季節だと聞きました。福島よりもさらに寒いワルシャワからやって来た私には、寒さはあまり気にならず、むしろ、福島でお目にかかった皆さんのおもてなしや、誠実な振る舞いに、心が温められるような滞在となりました。いくつかの交流のうち特に印象深かったのが、地元住民との食の安全に関する対話です。それは福島に到着した翌朝、川内村で始まりました。

雪のなか、いくつかの道路を迂回しながらまず到着したのは、福島県双葉郡川内村にある食品放射能簡易検査場でした。簡易検査場といっても、放射能の専門家の立場から見て、食品の放射能を検査するのに必要な機器の充実ぶりに、まず感銘を受けました。この検査場には、地域の住民誰もが、地元で取れたものだけでなく、あらゆる食品を持参して、自分たちの手で放射能を検査できるのです。

(写真1)川内村の簡易検査所

私が検査場で説明を受けているところにちょうど、小学校の給食で、翌日のメニューに使われる食材を測定しに来た2人の女性が現れました。ほとんどの食品について、1kgあたり10ベクレル以下の放射能、つまり検出されないのと同然であるということを既に知っていた私には、この検査場で測定することが、実際の役に立っているのだろうかということが疑問でした。ですが、この2人の女性は明快に、子どもたちがいつでも安全であるように測定していると、自分たちがやっていることの意味を意識していました。住民自らが測定し、自分たちで確かめる、ということが大切だということです。

また地元新聞社の福島民友社では、地元メディアによるリスクコミュニケーションの実践を目の当たりにしました。福島民友は、県内100カ所の放射線量を毎日発表し、毎週日曜日には、世界10都市の放射線量も併せて発表していると聞きました。そうすることで、福島の人々は相対的に自分たちの地域の放射線量が高いのか、低いのかを継続的に知ることができます。

食と生活が結びついた福島の苦難を思う

川内村で食品検査の様子を見聞きしたことを受けて、伊達市霊山町では、地元の人たちによる、自家消費食物の安全な摂取についての地域シンポジウムに参加しました。

(写真2)シンポジウムの様子

福島県では漁業および農業生産物に対する出荷制限が続いています。 出荷制限とは別に、自家消費なども含め、摂取制限というものもあります。野生キノコについて明確に食べることを制限している地域があるほか、漁業・農業生産物の自家消費を自粛するように呼びかけている地域もみられます。

一方、地元では、古くから親しまれてきた地域文化の一部にもなっている食物を、自ら選んで口にしたいと願う人の声も聞かれるようになっているそうです。こうした声を受けて、シンポジウムでは、放射性物質からの安全を確保したうえで、古来からある地域特産食品への「摂取制限値」(数字の目安)を導入することを話し合いました。参加者は、私と地元の人の健康管理に携わる医師などのほか、地元で実際に自家消費を希望している人たち、あるいは既に食べている人たちでした。

地元の人たちが食べたいという野生キノコやイノシシの放射線リスクの大きさを把握するのに、損失余命(Loss of Life Expectancy)という考え方が紹介されました。特定の食品を食べた場合に、実際にどの程度の影響があるのか、例えば800Bq/kgのイノシシ鍋を1杯食べて20~34歳の人なら38.4秒、50歳以上の人で2.4秒、余命の損失があるというものです。ちなみに、コーヒー1杯は約20秒。シンポジウムでは、福井大学の岡敏弘先生から説明がありましたが、考え方そのものは以前からあり、私がメンバーを務める原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR) でもリスク分析のあり方として議論されています。

私自身は、科学者として、「損失余命」の考え方には少し疑問があります。放射線量が極めて低い状況では、それらを計算しても数値が小さくあやふやで、また将来にわたっての、放射能以外に人の健康へを左右するさまざまなことが(良いことも、悪いことも)考慮されず、あまり意味をなさないこともあるからです。

しかし、長年、放射線教育に携わってきた経験から、「損失余命」の考え方が直感的に理解されやすく、コミュニケーションのツールとしては有効であることは理解できます。シンポジウムでも、たとえば大人が1,000Bq/kgのキノコを使ったキノコご飯を1、2杯食べても損失余命にほとんど影響がないという情報が、住民に大きな安心をもたらしていることが感じられました。

私の立場から、より困難なことと感じたのは、食に関して行動が制限されることです。日本では、ヨーロッパよりも低い制限値が設定されていますが、実際に放射能が人体に影響をもたらすのは、ヨーロッパで設定している制限値よりも遥かに大きな数値です。摂取制限を受けることによって、結果として住民たちは個人の自由を妨げられているのではないでしょうか。シンポジウムでも、参加者のほとんどが、摂取制限を1000Bq/kg(子どもは100Bq/kg)にすることで、健康が損なわれることはない、ということに理解を示していました。また、地元の医師からは、食べたいものを我慢することが、かえって健康を害することになるとの指摘がありました。

短い時間ではありましたが、活発な議論のなかで、科学的な根拠をもとに、正確な情報を伝えること、必要以上に危険を強調するようなコミュニケーションであってはならないということ、そして同時に、皆にとって聞き慣れない指標や単位を用いるのではなく、分かりやすく、身近に感じられる指標でリスクを示していくことの重要性を、あらためて実感する機会となりました。

シンポジウム後、参加されていた地元住民の一人から、「福島県民はあまり自分の意見を言わないところがある。しかし、先生が来たことで、今回のシンポジウムが実現し、私も発言をする勇気も与えてもらった(趣意)」との感想を受け取りました。

福島の皆さんがさまざまな思いを抱きながらこの4年を過ごされてきたことは想像に難くありません。川内村でも霊山町でも、大変な状況が続くなかで懸命に生活を再建されている様子に触れることができました。そのなかで、私の訪問が、地元の皆さんが大事に思っていることについて話し合うきっかけとなってのであれば、このうえない喜びです。この希望が、よりいっそう大きく育ちゆくことを願って、これからの福島を見続けてまいります。

(2015年3月16日掲載)

This page as PDF
アバター画像
物理学博士/ポーランド国立原子研究センター教育・訓練部長/UNSCEAR (原子放射線の影響に関する国連科学委員会)ポーランド代表

関連記事

  • 1. はじめに 原子力発電で使用した原子燃料の再処理によって分離される高レベル廃棄物(いわゆる「核のゴミ」)を地中深くに埋設処分するために、処分場の候補地となりうるか否かを調査する「文献調査」が北海道の寿都町、神恵内村、
  • 影の実力者、仙谷由人氏が要職をつとめた民主党政権。震災後の菅政権迷走の舞台裏を赤裸々に仙谷氏自身が暴露した。福島第一原発事故後の東電処理をめぐる様々な思惑の交錯、脱原発の政治運動化に挑んだ菅元首相らとの党内攻防、大飯原発再稼働の真相など、前政権下での国民不在のエネルギー政策決定のパワーゲームが白日の下にさらされる。
  • IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 IPCC報告では、産業革命が始まる1850年ごろまでは、
  • りょうぜん里山がっこうを会場として、中山間地域のみなさんや福島大学の学生を中心に勉強会を開催した。第一回は、2014年10月4日に国立保健医療科学院の山口一郎上席主任研究官をゲストに迎え、食品基準値の疑問に答えてもらい、損失余命の考え方が役立つかどうかや参加者のニーズを話し合った。
  • 金融庁、ESG投信普及の協議会 新NISAの柱に育成 金融庁はESG(環境・社会・企業統治)投資信託やグリーンボンド(環境債)の普及に向けて、運用会社や販売会社、企業、投資家が課題や改善策を話し合う協議会を立ち上げた。
  • 図は2015年のパリ協定合意以降(2023年上期まで)の石炭火力発電の増加量(赤)と減少量(緑)である。単位はギガワット(GW)=100万キロワットで、だいたい原子力発電所1基分に相当する。 これを見ると欧州と北米では石
  • 日本の原子力問題で、使用済み核燃料の処理の問題は今でも先行きが見えません。日本はその再処理を行い、量を減らして核兵器に使われるプルトニウムを持たない「核燃料サイクル政策」を進めてきました。ところが再処理は進まず、それをつかうもんじゅは稼動せず、最終処分地も決まりません。
  • 東京都は太陽光パネルの設置義務化を目指している。義務付けの対象はハウスメーカー等の住宅供給事業者などだ。 だが太陽光パネルはいま問題が噴出しており、人権、経済、防災などの観点から、この義務化には多くの反対の声が上がってい

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑