COP29で何が起きたのか:トランプ再選がもたらす気候交渉の新局面
11月15日から22日まで、アゼルバイジャンのバクーで開催されたCOP29(国連気候変動枠組条約締約国会議)に参加してきた。
産業界を代表するミッションの一員として、特に日本鉄鋼産業のGX戦略の課題や日本の取り組みについて現地の様々なイベントに参加して発信するとともに、欧州・米国の産業関係者らと意見交換をし、また会場の随所で開かれていた産業関連のサイドイベントに参加してその動向をウォッチしてきたので、本稿ではその個人的な印象と所感を報告したい。
トランプ再選がCOP29に影を落とす
まずCOP29に先立つ11月上旬、注目されていた米国の大統領選挙でトランプ元大統領が圧勝し、さらに議会も上下両院で共和党が制するという、いわゆるトリプルレッドが明らかになった。これで第二次トランプ政権の下、再び米国がパリ協定を離脱する蓋然性が高まった。
第一次トランプ政権では政権発足から約半年後の2017年6月1日にパリ協定から離脱を「宣言」したのだが、パリ協定の規定(発行から3年間は離脱通告できない)に従って発行日から3年経過した2019年11月を待って米国は正式に国連に離脱通告し、実際に離脱が確定したのはさらにその1年後の2020年11月4日であった。皮肉にもバイデン現大統領が勝利した選挙の翌日である。翌年2021年1月20日にバイデン政権が発足すると即座に米国のパリ協定への復帰が宣言されたため、実際に米国がパリ協定から公式に離脱していたのはわずか2か月間だったのである。
しかし今回は状況が異なる。パリ協定は既に発行から3年以上が経過していて、条文上いつでも離脱通告ができるため、仮にトランプ氏自身が言うように来年1月20日の大統領就任初日に離脱を通告すれば、再来年2026年1月20日には米国は正式にパリ協定から離脱することになる。中国についで世界第二の排出国である米国が抜けたパリ協定の国際枠組みとしての有効性が著しく損なわれることは明らかだ。
しかしCOPの会場内では不思議と米国の脱退を巡る議論や危機感は表立って聞かれなかった。事態が起きる前にあれこれ言っても始まらないということだったのかもしれないし、会場に集まる各国の気候政策交渉官や環境NGOは、考えたくないことは考えないと砂の中に頭を入れた駝鳥を決め込んでいたのかもしれない。
しかしながらトランプ政権復活の影響は、最終合意に大きく影響していたものと思われる。COP29の交渉では、2035年にむけた先進国による途上国支援資金のNCQG(新規合同数値目標)の規模が最大の争点だったのだが、現行の年間1000億ドルの資金拠出目標ですら当初期限の2020年に2年遅れて2022年に13年かけてようやく達成しているのが実態である。先進諸国がコロナ対策やその後のインフレ対策による膨大な財政赤字を積み上げて財政ひっ迫に直面している中、巨額の途上国支援資金をさらに増額コミットすることが無理筋なのは客観的事実である。
一方の途上国側は、先進国、とりわけ英国を含む欧州が喧伝してきた、温暖化による大災害の頻発と1.5℃目標を達成しないと人類が存亡するとの終末論を逆手に取り、「その温暖化を起こしたのは化石燃料を使って豊かになった先進国に責任があり、罪のない被害者である途上国の削減・適応対策には最低毎年1.3兆ドル(200兆円!)の資金供与が必要だ」との主張を繰り広げ、両者の間に埋めがたい溝が存在していた。
これほど乖離あるポジションをとる両者の間で何らかの合意が成立することは考えにくく、案の定、会期末の11月22日になっても議論は紛糾し今年は決裂やむなしとの見方もあったようである。しかし最終的には会期を1日半延長して「2035年までに少なくとも年間3000億ドル(46兆円)の支援」で合意し、採択された。
これはCOP交渉を長く見てきた筆者にしても驚きの結末だったのだが、よく考えるとその背景にあるのが「トランプが来るぞ!」という会場で語られなかった不都合な事実だったのだろう。
仮に今回のCOPで合意できず、来年以降に交渉が持ち越しになると、肝心の先進国の筆頭である米国が交渉の場からいなくなってしまい、少なくとも2029年までの4年間、支援資金交渉は機能しなくなってしまう。そうであれば多少金額で妥協してでも、支援に前向きなバイデン政権のうちにCOP合意を取り付けて決定文書にピン止めしてしまおうという意識が、途上国側に働いたとしても不思議ではない。
もちろん途上国側にとってこれは満足のいく結果ではなく、妥協の産物だったのだろう。事実、公式な交渉で妥結・合意したにもかかわらず、閉会時の各国のステートメントで、インドをはじめとする途上国サイドは、口を極めて「3000億ドルでは全く不十分で、話にならない!」と、合意内容に不満と怒りの発言を繰り返している。
米国の条約離脱が示唆する国際枠組みの危機
さてそれはこれでCOPはひとまず安泰か、というと必ずしもそうではないようである。
筆者がCOP会場で意見交換した米国産業界の関係者によると、第二次トランプ政権がパリ協定から離脱することは既定路線だが、議会上院共和党内部では、米国が国連気候変動枠組み条約そのものから脱退することが検討されているという(パリ協定は同条約の下に合意された協定なので、条約から離脱すれば自動的にパリ協定からも離脱することになる)。
米国が義務を負うことになる国際条約は、議会上院の3分の2の多数で議決・批准する必要があり、気候変動枠組条約は共和党のブッシュ大統領(息子)時代の1992年に国連で採択された直後に、共和党議員を含む米国上院の圧倒的多数の賛成で批准されている※1)。
そうした手続きを経て参加した条約から、大統領権限だけで脱退できるかどうかについては法的な解釈が分かれているようだが、仮に米国が条約から離脱すると、現下の米国議会の勢力が拮抗する情勢では、将来民主党政権が返り咲いたとしても再び上院の3分の2の議決で再参加するのはほぼ不可能とみられている。
トランプ大統領が条約離脱を強行し、その有効性が裁判になった場合、その最終判断は共和党色が強い現在の最高裁判所に委ねられることになる※2)。COP29の会場で話した米国関係者によると、そうした事情も踏まえてか、上院共和党関係者の間では条約離脱を行う場合、「米国は中国が気候変動枠組み条約において先進国(Annex1国)と同等の責任・義務を負うことを認めない限り条約から離脱する。」と宣言する戦法も検討されているということであった。
もともとトランプ元大統領は、中国が米国と同等の削減・報告・資金拠出義務を負わない条約は不当としてきたので、この戦法をとれば仮に中国が条件をのめば条約にとどまって中国にも負担や義務を求め、中国が拒否すれば「米国が離脱したのは中国のせい」と、道義上の責任を中国に押し付けることができるようになる(少なくとも米国内向けには納得感が広がる可能性がある)。
では米国が抜けた気候変動枠組条約はどうなるだろうか?
まず米国からの資金拠出が一切なくなることは覚悟する必要がある。今回合意された3000億ドルの途上国支援目標のめどが立たなくなるどころか、現下の1000億ドルの支援における米国の分担も大きく低下するだろう。
さらに肥大化した国際機関となっている条約事務局の運営拠出金もカットされ、その運用に支障をきたす可能性も出てくる。またCOPを支援資金獲得の場と位置付けている途上国にとって、これは先進国側の裏切りと見え、1.5℃目標を含む削減対策への国際協力体制に水を差すことになる。
世界共通の公共課題である温室効果ガスの濃度制御には、世界全体で協調した対策が必要なのだが、その中で最富裕国のアメリカが協調体制から離脱して「化石燃料を掘って掘って掘りまくれ!」と叫ぶのに、なんで発展途上にある自分たちが支援も受けずに化石燃料使用を減らさなければいけないのだ?という話になることは目に見えている。そうした不満を抱く国がドミノのように増えて、パリ協定・気候変動枠組条約体制そのものにひびが入ることも懸念されよう。
既に今回のCOP期間中にアルゼンチンが交渉団を帰国させたミレイ大統領が、その直後に訪米して選挙後初めて国のトップとしてトランプ次期大統領と面談している。気候変動問題そのものに懐疑的とされているミレイ大統領の率いるアルゼンチンが、来年早々に米国とともにパリ協定、ないしは枠組条約そのものから離脱表明する可能性も否定できない。
脱炭素化の現実的な課題と市場の未成熟
以上がトランプ再選がCOP29に落とした影に関する筆者の所感である。今回のCOP29で筆者がもう一つ強く感じたのは、早期大幅削減を具体的に実施していく上での現実的な障害や課題の顕在化である。
会場内で行われていた様々なサイドイベントに参加し、また欧米中心に産業界からの参加者と意見交換をした中で聞いたのは、産業、特に鉄鋼やセメント・化学といったいわゆる大量排出かつ削減困難(hard to abate)な産業の大幅削減は一筋縄では進まず、その移行(トランジション)期に様々な課題が持ち上がってきているという不都合な事実である。
欧州の関係者からたびたび聞いたのは、こうした産業の脱炭素化には大量の水素や非化石電源が必要となるが、特に水素供給インフラ確立のめどはたっておらず、コスト高や採算性の欠如などから多くの水素プロジェクトがキャンセルないしは延期され、それをあてにした削減対策が進められなくなっているという話であった。
また欧米の産業界やイベント登壇していた新興国産業界関係者からも、巨額のコストをかけて排出削減して作られるグリーンな素材や製品について、十分な価格転嫁をしてそれが売れるようなグリーン製品需要が未成熟だという共通の悩みが聞かれた。
水素や非化石エネルギーを使って生産されるグリーンな素材や、それを使ったグリーン製品・サービスは、必然的に従来製品より高コストになるため、そのコストを価格転嫁して回収するめどが立たなければそもそも対策投資が行えない。投資判断には政府による初期投資への補助金などの支援策だけでは十分でなく、投資回収に必要十分な収益の長期予見性がないと、技術はできても事業化はできないという悩みである。
従来COPの世界では、再エネや水素、EVといった既に実用化され、コストも下がってきたとされている技術を使うことで、短期間で一気に産業の脱炭素化投資が進み、大幅排出削減を実現して1.5℃目標を達成する・・といった楽観シナリオが語られることが多く、政府はそれを巨額の気候資金で後押しするという政策論が繰り返されてきた。
しかしいざその実施段階になると、水素や再エネもインフラとしての供給コストは決して安くはならず、それを使ってできた高コストなグリーンな製品が高く売れる市場はまだどこにもないというのである。つまり理想として掲げられている脱炭素型経済が、市場経済の現実の壁に突き当たりはじめた・・というのがCOP29で企業関係者から得た印象である。
持続可能なグリーン市場に必要な政策転換
政府の政策は再エネ投資やEV・バッテリー生産設備への補助金など、供給サイドへの支援に偏っており、EV購入補助金など一部需要サイドへの支援は見られるものの、例えばそうしたグリーン消費財に使われるグリーンな素材や部品といったサプライチェーンの中間段階でのコストアップを確実に価格転嫁して投資回収を保証する仕組みは議論もされていない。
最終消費者が補助金なしで長期的に自発的にグリーン製品に応分な対価を払って購入するといった大規模なグリーン市場創出についても政策の光があたっておらず、いまだ市場予見性がないというのが実態である。「政府はもっと市場に目をむけた政策を進めるべきだ」という声が産業界関係者から共通に聞かれた。
企業は市場の需要に対して投資を行い、製品やサービスを提供して収益をあげるという形で経済活動を行うのが原則であり、政治的に不安定な政府補助金をあてにして収益を確保するというのはビジネスモデルとしての継続性がない。
各国がパリ協定の掲げる各国の野心的な目標に向けて具体的な対策の実施段階に入った今、高くても環境に良いグリーン製品に対する世界的な需要創出と、サプライチェーン全体で対策コスト(=カーボンプライス)を公平に負担していく仕組みづくりという新たな政策課題に取り組んでいかないと、この脱炭素型経済へのトランジションの壁を乗り越えることができず、早晩産業界の対策は勢いを失っていくのではないか・・そうした懸念が頭をもたげてきたという印象を強くもってCOP29から帰ってきた。
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※1)ちなみに2015年にCOP21 で採択されたパリ協定は、当時のオバマ政権が交渉の中で米国の既存国内法で行政裁量権が担保された以上の義務を米国が負わないように慎重に協定文書が調整されており、実際、議会上院の議決なしで大統領権限のみで批准されている。それゆえトランプ大統領も大統領権限で離脱することができたのである。
※2)ちなみに気候変動枠組条約の離脱規定も、正式な通知から1年後に脱退が成立することになっており、最短で2026年1月20日に離脱が成立する。米国内で差し止め訴訟等が起こってもその間に判決が出れば離脱の可否が決まっているだろう。
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