原子力規制委員会の質と権威の向上を(提言)

1・はじめに
6月21日の某大手新聞に、同社が6月前半に実施した主要100社への景気アンケート調査結果が掲載された。その中に「原発」に関する調査結果が記載されている。紙面の都合で詳細は省くが、「原発」の欄には大きな文字で「再稼働に期待の声も」との見出しが打たれており、原発の必要性を訴える各企業の経営者の声を紹介した後に「(原発が1基も動いていない現状について)経営やくらしへの影響を重く見る企業が目立った 」と結んでいる。
某新聞とは反原発キャンペーンを展開している朝日新聞である。このような記事を掲載するということは、電力料金の値上げが同紙ですらこうした意見を無視できない切迫した状況になってきた 証(あかし)ではないかと推察する。原子力発電所の再稼働の遅れはもはや一刻の猶予もできる状況ではないことが明らかだ。
しかしながら現実に目を向けると、2013年7月に原子炉の新安全基準の適合性審査が開始されて以来、いまだに1基もそれが完全に終了して再稼働に至っていない。審査の遅延の要因は、その審査と規制を担当している原子力規制委員会の制度的な欠陥に原因があると考えられる。通常は制度的な欠陥は責任者によって補われるのが普通である。しかし「経済性を一顧だにしない」と公言してはばからない田中俊一原子力規制委員会委員長のもとでは、残念ながらそのような配慮は見られない。
「原子力国民会議」は、電力会社と関係を持たず、学者、有識者、一般市民が原子力の恩恵をすべての国民が享受できるように「原子力を国民の手に取り戻す」ことを旗印に集まった民間団体である。そして適切な原子力規制のあり方について昨年から検討を行ってきた。その改革案をここで紹介し、規制当局、国会議員の皆さま、そして原子力をめぐるステークホルダー、そして国民各層の皆さまに、その案の議論を願いたいと考えている。
規制委員会の権威を向上させ国民の原子力への信頼を高めるためにも、規制委員会の制度的な改善提言を行うことが必須であると、私たちは考えてきた。国民は規制委員会による安全性の判断を原子力発電所の再稼働の大きな拠りどころとしている。規制委員会には、私たちに加え、各層から寄せられる原子力行政正常化への国民の期待をくみ上げてくれることを切望したい。
2・原子力規制委員会の抱えている問題点
原子力規制行政に関する問題点はこれまでも多くの識者等から指摘が行われているが、本稿では、規制委員会の主に制度的な改善に関する問題点を以下に整理した。
規制委員会は原子力基本法に示された「原子力の安全利用の促進」を具現化すべき立場であるが、新規制基準の適合性審査の大幅な遅延、それによる再稼動の遅れにより、化石燃料の使用が増えることによって、経済損失や温室効果ガスの大量排出と大気汚染の拡大という地球環境の面で、さまざまな社会的リスクが発生している。この状況は、規制委員会とその政策の実施機関である原子力規制庁の不適切な行政活動がもたらしたものであり、またその放置は行政官として職務怠慢と言わざるを得ない。
規制委員会は合議制とは名ばかりで、問題に対しての委員同士の深掘りした議論が行われず、委員会の議論が形骸化したまま意思決定が行われているケースが多々見受けられる。
規制委員会は法で定められている原子炉安全専門審査会(炉安審)などの専門家の合議する制度を活用せずに、それを単なる助言組織と位置付け事故事例等の調査のみを指示して形骸化している。一方で発電所敷地内の断層評価問題に関しては法的位置付けのない「有識者会合」を重用しその結論を規制委員会は鵜呑みにしてきた。
しかしながら、これに関しては最近になって、「有識者会合」の評価結果を、規制委員会は一つの「報告」として受け改めて適合性審査の場で審査するとの立場に変更した。これに伴い提言を集めた炉安審などの専門審査会の強化・活用が必須となってくるのは自明である。
規制委員会は独立性の高い行政組織法上の「3条委員会」として発足したが、高い独立性を維持するために必要な自浄作用や自己改革を実現する仕組みが制度化されていない。同委員会の独善的な規制行政と不作為をチェックできない規制委員会設置法は法律として不備と言わざるを得ない。誰が規制委員になっても規制行政に係る非常識な逸脱行為等が防止できるように、「法による是正機能」が有効に働くような制度設計とすべきである。
規制行政が田中委員長の「原子力発電所の新規制施行に向けた基本的な方針(私案)」に基づいて行われているが、正式に文書化されているわけでもない。ましてや法的手続きが取られているわけでもない。規制委員会はバックフィット(規制の遡及適用)を原子力事業者に求めているが、これは行政による実施は憲法29条で保障されている財産権の侵害の可能性がある。適用の考え方(ルール)を法的に定めるべきである。
原子炉の規制においては、現在行われている審査に加えて、40年の運転期間延長問題や特定重大事故などの対処設備への審査が控えている。これらに対しても合理的な審査体制の確立が求められる。原子炉等規正法の改正も考慮されるべきである。
現在は2012年に発足した原子力規制庁の担当者が現場経験が少なく、原子力に係わる実践的な知見や経験に乏しい。規制委員はもとより規制担当者も現場に足を運び、事業者との意見交流に勤め、学ぶべきは学ぶという謙虚な姿勢が望まれている。
3・提言
前項での問題点を解決することで規制委員会の権威が向上することを期待して、以下の項目を提言する。原子力規制委員会は設置から今年(2015年)9月に3年を迎える。同委の設置法では「3年以内の見直し条項」を置く。これを機会として、以下の制度改革を行うべきである。
▼規制委員会の合議の質の向上。
・規制委員に複数の直属スタッフ(専門補佐官)を設け、各委員の情報収集能力、分析能力の強化を図り、合議制を実りあるものにする。
・長期的には、規制委員会(裁定機関)と規制庁(1次審査)の役割分担を明確にする。
▼専門審査会の強化・活用
・専門審査会の位置付けを明確にし、技術審査への関与及び諮問の尊重を図る。
・敷地内断層評価に専門審査会の強化・活用が必須である。
・専門審査会委員に、学識経験者のみならず実務経験者を登用し、日本の英知を結集する。
▼監察室の設置
・規制委員会から独立した監察室を設置し、国会の「原子力問題調査特別委員会」と連携して不適切な規制行政を是正し、規制委員会の民主的な運営を支援する。室長は国会同意人事によるべきである。
▼合理的な審査のための文書化
・審査の合理性、一貫性及び促進を図るために、規制委員の見解や審査基準、行政判断の根拠等について詳細に文書化する。
▼バックフィットルールの制定
・合理的な規制行政を行うために、安全上の重要度に応じて、適用対象設備や適用時期(猶予期間)についての基準を定めたバックフィットルールを制定する。
▼人材の育成・活用
・原子力の中核的役割を担う人材を育成するために、“原子力実践工学”の習得と“組織横断的人事交流”の定着を図る。
・人材を育成するために、「原子力大学校」を設立する。
なお規制の在り方は、国のエネルギー行政(エネルギー基本計画は3年に1回見直し)にも密接に関係しており、また常にPDCAサイクル(計画→実行→チェック→是正措置)を回して改善を加えていくべきものと考える。したがって、規制委員会設置法や原子炉等規制法など適切な期間(例えば3年)を経過するごとに見直しを行うことを法律に規定しておくことが望ましい。
4・まとめ
規制委員会が独立性の強い3条委員会であるのは歓迎すべきでことある。しかしそれが規制委員会に設置法が規制委員に無限能力を期待しているかのように見える。これが不可能なことは自明であり、これがさまざまな弊害のもとになっていることに気付くべきである。その幻想から、法改正により早く脱却すべきであろう。
米国原子力規制委員会(NRC)は適切に機能していると世界的に評価を受けている。その理由について、高い能力を規制委は持つが、それでもどの人が規制委員になっても、適切な判断を下し、過ちを是正する機能が制度的に与えられているからである。一方で、日本の規制委員会には、これまで指摘したように、委員の問題に加え、制度的にも行政判断の誤りの是正などの仕組みが備わっていない。
誰が規制委員になっても正常に機能するような設置法へ、改定することが喫緊の課題である。経済の衰退の危機に陥っているこの国では、安価で安定的な電力が経済再生の前提になる。原子力規制の適切な運営への改善は、この国の復活のために、原子力規制の適正化を、国民の理解を深め、今すぐ行うべきである。
原子力国民会議は、原子力をめぐるステークホルダーと協力しながら、適切な法改正、制度設計を支援していきたい。
(2015年7月6日掲載)

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