脱炭素要請の現場で起きていること

Pixelci/iStock
脱炭素要請による下請けいじめを指摘する面白い記事を目にしました。「脱炭素要請は世界の潮流!」といった煽り記事ではなく、現場・現実を取り上げた記事が増えるのはとてもよいことだと思います。
「よく分かんないけど数字出して」脱炭素を巡って“新型下請けいじめ”が横行中
企業のサプライチェーン・調達部門は、取引先サプライヤーに投げかけて、排出量を正しく計算させようとしている。
ところが問題なのが、サプライチェーン・調達部門でも、LCA注1)どころかCFP注2)の簡易的な方法すら知らない人が大半ということだ。そんなわけで、「よくわからないけれど、とにかく取引先にお願いしよう」といった“むちゃぶり”が横行しているのだ。
「排出量を算定してください」
「えっ、どうやってやるんですか? 方法を教えてください」
「わかんないけど、調べて算定してよ」
「範囲は?」
「そりゃ、うちに納品しているやつ」
「どこまで入れるんですか? たとえば事務所で使っている電力利用分とか」
「だから、わかんないけど、とりあえず出してよ!」とまあ、こんな調子の会話が日本の至る所で繰り広げられている。
注1)LCA:ライフサイクルアセスメント 注2)CFP:カーボンフットプリント
筆者の元にも連日国内外の企業から脱炭素やスコープ3の要請が押し寄せて泣かされていますが、幸いなことにここまで酷いケースに当たったことはありません。本当にこんな日本企業があるのでしょうか。産業界に身を置く者として信じたくないですが。
サプライヤー企業の営業部門に対して、一つアドバイスすると、「とにかく提出する」のをおすすめする。前述のような不毛な会話に時間を費やすのは無駄だ。何せ、納入先もきちんと理解しているわけじゃない。詳細を聞いても答えが出ないのは当然だ。だから例えば、生産段階で生じる排出量など、範囲を思い切り絞って回答するのがいい。
半分賛同しますが、後述の通りサプライヤー側から条件や出せる数字を提案しても飲んでくれない納入先がたくさんあります。
やはりサプライヤー側も毅然とした態度でできること・できないこと、追加の手間やコスト、期日などを伝えて今の空気を変えていかなければなりません。不毛な依頼に対して不毛な回答を返していては産業界全体で生産性が落ちる一方です。結局はコンサルが儲かるだけでサプライヤー側に何ら付加価値がないキラキラツール(SDGs、SBT、カーボンプライシングなど)が横行してしまいます。
金融機関から届くESG評価も同様です。膨大なESGアンケートに答えて金融の専門家がE(環境)、S(社会)、G(ガバナンス)を評価しても、ESG投資商品の構成銘柄を見れば名だたる企業が並んでいるだけ。その結果、ESGはグリーンウォッシングという見方が広がっています。アウトプットが同じならインプットを増やす必要はないのです。
一方、サプライチェーン・調達部門には、全く違った角度からアドバイスをしたい。それは、「脱炭素に向けた排出量の算定については、その対価が発生する」ということだ。というのも、これまでサプライヤーは、排出量の算定をしていない。新たに算定する行為には、当然ながら人手や作業時間が生じる。それは、追加コストになり得るのだ。
今般のガイドは、ご丁寧に、「下請法」と「下請中小企業振興法」についても大きく取り上げている。
まず、CFP算定に関わるデータ提供について、下請事業者が受け入れ可能なものでなければならないとしている。かつ、「協議の経緯を保存」せよという。その上で、<サプライヤーとバイヤーとの間で、データ提供業務のための負担額及びその算出根拠、使途、提供の条件等について明確になっていない「経済上の利益」の提供等下請事業者の利益との関係が明らかでない場合は、下請法違反となる可能性がある>と続く。
また、<環境対応等のために必要とする箇所・範囲を明確に定めず、又は、環境対応等の目的を達成するために必要な範囲を超えて、技術上・営業上の秘密等(ノウハウを含む)の提供を求める等の行為は、下請振興法の振興基準に照らして問題となるおそれがある>ともある。
これはその通り! 大いに賛同します。昨今の脱炭素喧騒によって川下大企業が失くしてしまったコンプライアンス意識、企業としての倫理感の低下は極めて深刻だと感じています。仮に相手が下請取引の対象でないサプライヤーであっても、広義の下請法の精神や、大企業であれば必ず開示している行動指針、調達基準などに記載されている「優越的地位の濫用」に抵触します。
もし、サプライヤーは、納入先企業から理不尽な要求をされたら、堂々と行政に訴えればいいだろう。そうすれば、サプライチェーン・調達部門も本気で排出量算定を学ぶだろうし、サプライヤーへどんな依頼をするべきか真剣に考え出すに違いない。
冒頭の「なんでもいいから出してよ」なんて言う担当者に筆者は出会ったことはなく、現状でもガイドラインやCFPについてよく勉強されていると認識しています。
厄介なのは、融通が効かないケースが多いことです。ガイドラインや彼らの先の顧客企業からの要請に従って、サプライヤーに対してガチガチの要求が行われます。たとえば、CFPを算出するために必要なエネルギー使用量は必ず電力量計から得られた計測データにすること、排出原単位は産業連関表由来の平均値を使うこと、といった具合です。
理想としては分かるのですが、現実では教科書通りに算出できる企業はごく僅かです。電力の見える化が完璧にできているサプライヤーなどまだ一部ですし、排出原単位というのはある範囲・ある時点で一般化された推計値でしかないのです(産業連関表など10年前、15年前のデータは当たり前で、マクロ分析ならともかく企業個社で使うのは無理がある)。
従って、筆者は簡易的な手法として「①サプライヤーの年間CO2排出量×②貴社の年間調達額÷③サプライヤーの年間売上高」で求めれば、自社のデータと公開情報から拾えるのでサプライヤーの回答を待ったりフォローする必要がなくなって算出も早いですよ、と伝えています。
サプライヤーへの要請がなくなれば当然ながら下請けいじめも存在しようがないのですが、これを聞き入れてくれる依頼主は1割未満といった印象です。
ところが先月、初めて筆者から提案するのではなく最初から上記に近い手法「①サプライヤーの年間CO2排出量×②自社への年間販売額÷③サプライヤーの年間売上高」で①②③を求めてきた企業が現れました。①③は公開情報から拾って②を自社の調達金額にすればサプライヤーに聞く必要はないのですが、それでもこれは一筋の光明です。
4/24付拙稿を読んでくださったのかは分かりませんが、こうした企業が増えてくれると不毛なやり取りが減り産業界全体で生産性のロスがなくなります。
そのためにも、冒頭のダイヤモンド・オンライン記事のように産業界の現場で起きていることをメディアが取り上げたり、オープンに議論できる機会が増えることを大いに歓迎します。企業人の皆さんからの発信も増えてほしいです。
■

関連記事
-
ただ、当時痛切に感じたことは、自国防衛のための止むを得ぬ戦争、つまり自分が愛する者や同胞を守るための戦争ならともかく、他国同士の戦争、しかも大義名分が曖昧な戦争に巻き込まれて死ぬのは「犬死」であり、それだけは何としても避けたいと思ったことだ。
-
東北電力についでBWR2例目の原発再稼動 2024年12月23日、中国電力の唯一の原子力発電所である島根原子力発電所2号機(82万kW)が発電を再開しました(再稼働)。その後、2025年1月10日に営業運転を開始しました
-
新しい日銀総裁候補は、経済学者の中で「データを基に、論理的に考える」ことを特徴とする、と言う紹介記事を読んで、筆者はビックリした。なぜ、こんなことが学者の「特徴」になるのか? と。 筆者の専門である工学の世界では、データ
-
このタイトルが澤昭裕氏の遺稿となった論文「戦略なき脱原発へ漂流する日本の未来を憂う」(Wedge3月号)の書き出しだが、私も同感だ。福島事故の起こったのが民主党政権のもとだったという不運もあるが、経産省も電力会社も、マスコミの流す放射能デマにも反論せず、ひたすら嵐の通り過ぎるのを待っている。
-
アゴラ研究所の運営するエネルギー問題のバーチャルシンクタンクGEPRはサイトを更新しました。
-
24日、ロシアがついにウクライナに侵攻した。深刻化する欧州エネルギー危機が更に悪化することは確実であろう。とりわけ欧州経済の屋台骨であるドイツは極めて苦しい立場になると思われる。しかしドイツの苦境は自ら蒔いた種であるとも
-
原子力規制委員会が安全の認定を厳しくしている。もし仮に活断層が存在し、それによって原発の運用上危険があるならば、いくつかの原子炉の廃炉は検討することになるだろう。しかし敦賀2号機については、運営事業者の日本原電は活断層ではないと主張している。本当に科学的に妥当なのか、慎重に審査すべきではないだろうか。また今の政治状況では難しいかもしれないが、これを機会に古い原発を新しいものにするリプレイスを考えてもよいだろう。安全で効率の高い運用のためだ。
-
地震・津波に関わる新安全設計基準について原子力規制委員会の検討チームで論議が進められ、その骨子が発表された。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間