企業の脱炭素は自社の企業行動指針に反する①

2023年01月09日 07:00

NicoElNino/iStock

サプライヤーへの脱炭素要請は優越的地位の濫用にあたらないか?

企業の脱炭素に向けた取り組みが、自社の企業行動指針に反する可能性があります。2回に分けて述べます。

2050年脱炭素や2030年CO2半減を宣言する日本企業が増えています。2022年2月のアゴラ記事で指摘した通り、この40年間省エネ活動を進めてきた日本企業がたったの7年で事業活動におけるCO2排出量を半減させる方策は太陽光発電とカーボンオフセットのふたつしか残されていません。

一方で、2000年前後から多くの日本企業が行動指針注1)を策定・公表し随時改訂・更新しています。この行動指針には、「公正な取引」「人権」「法令順守」「腐敗防止」「環境保全」「労働安全衛生」などが謳われています。

企業の脱炭素宣言や太陽光発電の導入は言うまでもなく行動指針における「環境保全」に資する取り組みなのですが、一方で「公正な取引」と「人権」に反する可能性があります。「公正な取引」としてはサプライヤーへの優越的地位の濫用、「人権」では強制労働への加担です。本稿では、優越的地位の濫用について述べます。

2023年1月現在、日本の産業界ではサプライチェーンの下流から上流に向けて脱炭素要請の大波が押し寄せています。要請とは言ってもいきなり立ち入りや現地確認になることは稀で、まずはアンケート調査を受けることになります。

具体的には、

  • 自社のCO2排出量を把握していますか
  • 把握している場合はスコープ1、2、3それぞれ数値を記入してください
  • CO2削減の年間目標はありますか
  • (2030年などの)中期目標はありますか
  • 2050年脱炭素の長期目標はありますか

などを聞かれます。

さらに詳しい設問もあり、脱炭素に向けた施策として、

  • 省エネ活動(プロセス改善)
  • 省エネ活動(機器更新)
  • 電力契約の見直し
  • 再エネ導入
  • グリーン電力証書、Jクレジット、非化石証書などの購入
  • 燃料転換
  • カーボンプライシングの導入
  • EV等エコカーの導入

といった選択肢が並んでおり、それぞれに対して「実施済み、検討中、予定なし」などの三択で回答を求められます。当然ながらたくさんチェックを入れた方が高得点につながります。

こうした設問が1社当たりで数十~百問近くあり、年間で数十社から調査を受けるサプライヤーもあります。一般的にサプライチェーンの上流になるほど会社の規模や人員が小さくなる中で、サプライヤー各社は大変に煩瑣な回答作業を強いられています。

サプライヤーが上場している場合は、ほぼ同じ内容で毎年金融機関から送られてくるESG投資の調査表にも多大な手間と時間をかけて回答しています。以前から来ていた金融機関からのESG調査に加えて、顧客企業からの脱炭素調査も加わっているのです。日本の産業界全体でどれほどの生産性が損なわれているのか想像もできません。

サプライチェーン川下の大手企業が脱炭素をめざすのは各社の自由です。一方で、サプライヤーにまで2050年脱炭素や2030年CO2半減を求めることが、企業倫理の観点で正しい行為と言えるでしょうか。

本質的には、川下大企業自身のサプライチェーン(スコープ3)が脱炭素になればよいはずです。自社が提供を受けている部品や原材料の脱炭素をめざすことと、各サプライヤーに対して事業活動全体の脱炭素を要求することは全く別次元の話です。

仮にサプライヤーにおける自社の売上比率が1%であれば事業活動全体の脱炭素を求めるのは過剰要求ではないでしょうか。過剰要求とならないのは、売上の80%などビジネスの大半を自社に依存しているサプライヤーに限られるでしょう。

この背景には川下大企業が取引減をチラつかせながらサプライヤーに対して脱炭素を迫るという構図が存在しますが、各社の行動指針で宣言している「優越的地位の濫用」にあたらないのでしょうか。公正取引委員会が所管するいわば狭義の優越的地位濫用では、物品・サービスの購入を強要したり、金品や役務、取引金額の減額等を直接要求した場合に限定されているので、脱炭素要請は白(または白に近いグレー)なのかもしれません。

一方で、サプライヤーが脱炭素をめざすためには、前述のアンケートが示す通り「省エネ活動(プロセス改善)」「省エネ活動(機器更新)」「電力契約の見直し」「再エネ導入」「グリーン電力証書、Jクレジット、非化石証書などの購入」「燃料転換」「カーボンプライシングの導入」「EV等エコカーの導入」など莫大なリソースを投入することになります。

当然ながらコストアップを伴いますが最大のメリットが受注の現状維持なのです。コストアップ分の価格転嫁を認めない場合はサプライヤーに対して不利益を与えてしまいます。これは広義の優越的地位濫用と言えなくもありません。

サプライヤーに対する脱炭素要請が自社の行動指針で宣言している「公正な取引」の精神に反していないか、サステナビリティ部門の担当者は虚心坦懐に考えてみてはいかがでしょうか。

長くなったので、「人権」については次回に述べていきます。

注1)行動憲章、CSR規範、サステナビリティポリシー、コードオブコンダクト、ESG憲章、など名称は各社各様。

『メガソーラーが日本を救うの大嘘』

『SDGsの不都合な真実』

This page as PDF

関連記事

  • 小泉進次郎環境相が「プラスチックが石油からできていることが意外に知られていない」と話したことが話題になっているが、そのラジオの録音を聞いて驚いた。彼はレジ袋に続いてスプーンやストローを有料化する理由について、こう話してい
  • アゴラ研究所の運営するインターネット放送「言論アリーナ」。4月21日の放送では「温暖化交渉、日本はどうする?」をテーマに、放送を行った。出演は杉山大志(電力中央研究所上席研究員・IPCC第5次報告書統括執筆責任者)、竹内純子(国際環境経済研究所理事・主席研究員)、司会は池田信夫(アゴラ研究所所長)の各氏だった。
  • 北朝鮮の国防委員会は2013年1月24日、国連安全保障理事会の制裁決議に反発して、米国を核兵器によって攻撃することを想定した「高い水準の核実験」を実施すると明言した。第三回目となる核実験。一体、高い水準とは何を意味するのだろうか。小型化、高濃縮ウラン、同時多数実験をキーワードに解読する。
  • 東京で7月9日に、新規感染者が224人確認された。まだPCR検査は増えているので、しばらくこれぐらいのペースが続くだろうが、この程度の感染者数の増減は大した問題ではない。100人が200人になっても、次の図のようにアメリ
  • ジャーナリスト 明林 更奈 風車が与える国防上の脅威 今日本では、全国各地で風力発電のための風車建設が増加している。しかしこれらが、日本の安全保障に影響を及ぼす懸念が浮上しており、防衛省がその対応に苦慮し始めているという
  • 震災から10ヶ月も経った今も、“放射線パニック“は収まるどころか、深刻さを増しているようである。涙ながらに危険を訴える学者、安全ばかり強調する医師など、専門家の立場も様々である。原発には利権がからむという“常識”もあってか、専門家の意見に対しても、多くの国民が懐疑的になっており、私なども、東電とも政府とも関係がないのに、すっかり、“御用学者”のレッテルを貼られる始末である。しかし、なぜ被ばくの影響について、専門家の意見がこれほど分かれるのであろうか?
  • 前回に続いて、環境影響(impact)を取り扱っている第2部会報告を読む。 今回は朗報。衛星観測などによると、アフリカの森林、草地、低木地の面積は10年あたり2.4%で増えている。 この理由には、森林火災の減少、放牧の減
  • GEPR編集部より。このサイトでは、メディアのエネルギー・放射能報道について、これまで紹介をしてきました。今回は、エネルギーフォーラム9月号に掲載された、科学ジャーナリストの中村政雄氏のまとめと解説を紹介します。転載を許諾いただきました中村政雄様、エネルギーフォーラム様に感謝を申し上げます。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑