2050年CO2ゼロのコストは国家予算に匹敵する

2020年11月17日 11:00
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

菅首相が10月26日の所信表明演説で、「2050年までにCO2などの温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを目指す」旨を宣言した。

2020年10月26日 所信表明演説を行う菅首相(官邸サイト)

2020年10月26日 所信表明演説を行う菅首相(官邸サイト)

1 なぜ宣言するに至ったか?

このような「2050年ゼロ宣言」は、近年になって、西欧諸国が世界各国に圧力をかけて表明させてきたものだ。これにより国際政治的な「相場観」が形成されて、日本も追随して宣言することになった。

だがこの2050年「ゼロ」という数字には、技術的、経済的な実現可能性の検討が完全に欠落している。どのようにしてゼロを達成するのか、具体的な計画を持ち合わせている国は1つもない。

それでも「2050年ゼロ」と言わないと「環境に後ろ向きだ」と糾弾されるようになったため、実施可能性の検討が全く無いまま、日本も宣言するに至った訳である。

いったい、お金は幾ら掛かるのだろうか?

2 英国からの報告

日本に先立って2050年ゼロを宣言した英国の計画を分析した報告がある。

それによると、①風力発電の大量導入などによって発電に伴うCO2をゼロにする、および②住宅での省エネ改築を実施する、という2つの項目だけで、コストは世帯あたりの累計で1000万円を超えるという。

しかも、これには自動車などの運輸部門や、工場などの産業部門、病院などの業務部門のコストはまだ計上されていいない。従って本当のコストはもっとずっと高い。

3 日本での技術見通し

では日本についてはどうか。

今年11月11日に開催された「グリーンイノベーション戦略推進会議」において、経産省の研究機関であるRITEが資料を提示した。

そこでは、CO2ゼロを実現するための技術として、

  • CCUS。CO2を発電所や工場から回収し、地中に埋める。
  • 合成メタン。水素からメタンを合成して燃料として用いる。
  • 合成石油。水素から石油を合成して燃料として用いる。
  • 水素。石炭ではなく水素を用いて製鉄する。
  • DAC。大気中からCO2を回収し、地中に埋める。

などが並んでいて、何れも大規模に使われることが想定されている。

耳慣れない技術もあるが、それもそのはずで、上記のうち、世界のどこかで本格的な普及に至ったものは一つもない。何れもまだ、机上計算や実験室の中のものであり、せいぜいパイロットプラントが幾つかあるといったレベルだ。

4 コストは国家予算に匹敵する

では「仮に」上記の技術が全て利用可能になったとして、コストは幾らかかるのか。RITEが先だって2016年に行った試算がある。

それによると、日本の温室効果ガスを8割削減するには、エネルギー供給についても電力供給についても「かなり無理のある」技術構成が必要である。のみならず、上述のような新規技術の大規模な普及も必要となる。

その2050年におけるコストは年間43兆円から72兆円、と試算されている。コストに30兆円もの幅が出るのは、原子力の利用をするか否かによる。

残り2割を削減するための費用は発表されていない。だが単純に比例計算するとしても、8割から10割に削減率を上げると、43×1.25=54兆円ないし72×1.25=90兆円となる。

これはいまの国家予算が年間103兆円であるのに匹敵する規模だ。このような巨額を、温暖化対策だけの為に使うことなど、正当化できるはずがない。

日本の国家予算(財務省)

日本の国家予算(財務省)

5 「CO2ゼロ」が実現する確率はほぼゼロである

巨額の出費は心配だが、それ以前の問題がある。そもそも、2050年までに前述のような新規技術を開発して、しかも大規模な普及に至るだろうか?技術開発はそう容易ではない。

新しい技術は、まず机上の計算や実験室レベルの研究を経たのち、パイロットプラントで実証試験を行い、徐々にスケールアップして実用化に至る。この間には失敗はつきもので手戻りも多い。のみならず、実用化されるためには、多様な利害の調整が必要であるし、環境や安全への対策も必要になるし、コストも安くなければならない。

政治化や行政官が目標を決め年限を切って予算をつけたからといって、その筋書き通りに技術が普及する、というのは虫が好すぎる。「2050年CO2ゼロ目標」は、「政治的に正しい」言い方をするならば、「極めて野心的」だとか「チャレンジングだ」という言い方になろう。

だが、政治的に正しくないが率直な言い方をするならば、「実現する確率はほぼゼロ」だ。

6 CO2ゼロ宣言の「賢明なる解釈」が必要だ

何の技術的・経済的裏付けもないのにCO2ゼロを宣言してしまうとは、随分といい加減な話であるが、そうなった以上は仕方がない。一国の首相が言ったことであるから、それなりの重みがある。今後はこれを前提として、CO2ゼロ宣言をどう「解釈」するか、つまりは具体的な政策としてどうするか? という文脈で議論が進むことになる。

原子力の利用を正常化し、世界で売れる技術を開発するならば、国益にとっても、温暖化対策としても意味がある。だが巨額のコストで経済を破壊し国家の安全を危機に晒してはならない。

「2050年ゼロ宣言」をどのように具体的な政策に反映するか。国益に照らして、賢明なる解釈をしてゆく必要がある。

This page as PDF
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

関連記事

  • 民主党・野田政権の原子力政策は、すったもんだの末結局「2030年代に原発稼働ゼロを目指す」という線で定まったようだが、どうも次期衆議院選挙にらみの彌縫(びほう)策の色彩が濃く、重要な点がいくつか曖昧なまま先送りされている。
  • 英国はCOP26においてパリ協定の温度目標(産業革命以降の温度上昇を2℃を十分下回るレベル、できれば1.5℃を目指す)を実質的に1.5℃安定化目標に強化し、2050年全球カーボンニュートラルをデファクト・スタンダード化し
  • 【概要】特重施設という耳慣れない施設がある。原発がテロリストに襲われた時に、中央操作室の機能を秘匿された室から操作して原子炉を冷却したりして事故を防止しようとするものである。この特重施設の建設が遅れているからと、原子力規
  • 高浜3・4号機の再稼動差し止めを求める仮処分申請で、きのう福井地裁は差し止めを認める命令を出したが、関西電力はただちに不服申し立てを行なう方針を表明した。昨年12月の申し立てから1度も実質審理をしないで決定を出した樋口英明裁判官は、4月の異動で名古屋家裁に左遷されたので、即時抗告を担当するのは別の裁判官である。
  • 資産運用会社の大手ブラックロックは、投資先に脱炭素を求めている。これに対し、化石燃料に経済を依存するウェストバージニア州が叛旗を翻した。 すなわち、”ウェストバージニアのエネルギーやアメリカの資本主義よりも、
  • けさの日経新聞の1面に「米、日本にプルトニウム削減要求 」という記事が出ている。内容は7月に期限が切れる日米原子力協定の「自動延長」に際して、アメリカが余剰プルトニウムを消費するよう求めてきたという話で、これ自体はニュー
  • 外部電源喪失 チェルノブイリ原子力発電所はロシアのウクライナ侵攻で早々にロシア軍に制圧されたが、3月9日、当地の電力会社ウクルエネルゴは同発電所が停電していると発表した。 いわゆる外部電源喪失といって、これは重大な事故に
  • 福島第一原子力発電所の津波と核事故が昨年3月に発生して以来、筆者は放射線防護学の専門科学者として、どこの組織とも独立した形で現地に赴き、自由に放射線衛生調査をしてまいりました。最初に、最も危惧された短期核ハザード(危険要因)としての放射性ヨウ素の甲状腺線量について、4月に浪江町からの避難者40人をはじめ、二本松市、飯舘村の住民を検査しました。その66人の結果、8ミリシーベルト以下の低線量を確認したのです。これは、チェルノブイリ事故の最大甲状腺線量50シーベルトのおよそ1千分の1です。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑