中国が世界のEVを制覇する
JBpressの私の記事を「中国語に訳したい」という問い合わせが来た。中国は内燃機関で日本に勝てないことは明らかなので、EVで勝負しようとしているのだ。それは1980年代に日本に負けたインテルなどの半導体メーカーが取ったのと同じ戦略である。
一部の経営学者は、日本の自動車メーカーは「すり合わせ」に絶対優位があるというが、それは中国に勝つ必要条件でも十分条件でもない。およそあらゆる部門で日本の製造業は中国に対して絶対優位だが、低賃金の労働力が大量にある中国は、構造が単純で技術的に低レベルのEVに比較優位があるので、世界に輸出できるのだ。
IEAによると、上の図のように中国は2016年に33万6000台の電気自動車(BEV+PHEV)を生産し、アメリカを抜いて世界のトップになった。OEMを含めて、世界のEVの40%以上を中国が生産している。特に電池だけで動くBEVの生産に特化し、その累計台数はハイブリッド(PHEV)の2倍を超える。
とはいえ、EVの市場はまだ自動車全体の1%程度である。「2030年までに内燃機関を禁止する」という中国政府の方針は非現実的だが、まったく的外れともいえない。Bloombergなど多くの調査で、2030年代にEVの生産台数が内燃機関を上回ると予想されている。そのシェアも、次の図のように中国がトップだ。
これは自動車産業だけではなく、日本経済全体にとってかなり深刻な問題である。EVの弱点は航続距離が短く、充電時間が長いことだが、これは充電器をたくさん置けば解決する。90年代のインターネットも「遅い」とか「つながらない」とかいわれたが、ルータを増やして解決し、それによって端末が増えればルータも増える…というループに入った。
インターネットの場合はTCP/IPという国際標準があったが、EVにはまだない。欧米の市場ではテスラがデファクト標準を取ろうとしているが、もっと大きな脅威は中国である。Economistによると、中国政府は今年だけで80万台の充電器を全国に設置するという。中国の充電コネクタは独自規格(GB/T 20234)で統一されているので、これが「中国標準」になることは確実だ。
問題はそこから先である。携帯電話でも中国は独自標準だが、それは大した問題ではない。すでにITU標準が確立しているからだ。しかしこれから大きく伸びるEVでは、世界市場の1/3を占める中国がデファクト標準を取るおそれがある。特にOEMで出す車が中国規格になると、「欧米ブランドの中国車」が世界を制覇する可能性もある。
日本は「チャデモ」という規格を提案しているが、充電器はわずか1万5000台。このままでは、ガラパゴス規格になるおそれが強い。私は20年前に「電話網に固執しないでIPをサポートすべきだ」とNTTに提案したが、彼らは「素人が何をいうか」と怒り、ガラパゴス規格の日本型ISDNに固執した。
その最大の理由は、「NTTファミリー」のバリューチェーンを壊すからだった。日本のADSLもガラパゴス規格だったが、それを壊したのは2001年に通信業界に乱入したソフトバンクだった。最終的に「ヤフーBB」が黒字になったかどうかは疑問だが、それはNTTとファミリー企業の「ガラパゴスの楽園」を破壊したのだ。
今の自動車業界は、1990年代後半の通信業界のような感じだ。トヨタは系列のバリューチェーンを破壊できず、そのトヨタの空気を読んで政府も消極的だ。マスコミも大スポンサーの機嫌をそこねたくないので、EVにはふれない。当時との違いは、大手メーカーである日産が「リーフ」で世界のトップメーカーになっていることだ。
しかしソフトバンクは、独力でのし上がったわけではない。孫正義社長は郵政省に乗り込んで電話回線を開放させ、ソフトバンクの海外標準を日本でも認めさせたのだ。EVもネットワーク産業であり、世界標準を制したメーカーが世界を制する。その闘いは始まったばかりであり、今ならまだ遅くない。
関連記事
-
COP26は成功、しかし将来に火種 COP26については様々な評価がある。スウェーデンの環境活動家グレタ・トウーンベリは「COP26は完全な失敗だ。2週間にわたってこれまでと同様のたわごと(blah blah blah)
-
福島第一原子力発電所の処理水を海洋放出することについて、マスコミがリスクを過大に宣伝して反対を煽っているが、冷静に考えてみれば、この海洋放出は実質無害であることが分かる。 例えば、中国産の海産物を例にとってみてみよう。
-
米国海洋気象庁(NOAA、ノアと読む)の気温計測データについて最新の批判報告が出た。(報告書、ビデオクリップ) 気温計測する場合は、温度計を格納している通風筒を芝生の上に設置し、その周り100フィートには建物や木はあって
-
JBpressの記事は、今のところ入手可能な資料でざっとEV(電気自動車)の見通しを整理したものだが、バランスの取れているのはEconomistの予想だと思う。タイトルは「内燃機関の死」だが、中身はそれほど断定的ではない
-
太陽光発電を導入済みまたは検討中の企業の方々と太陽光パネルの廃棄についてお話をすると、ほとんどの方が「心配しなくてもそのうちリサイクル技術が確立される」と楽観的なことをおっしゃいます。筆者はとても心配症であり、また人類に
-
福島原発事故を受けて、放射能をめぐる不安は、根強く残ります。それは当然としても、過度な不安が社会残ることで、冷静な議論が行えないなどの弊害が残ります。
-
太陽光発電の導入は強制労働への加担のおそれ 前回、サプライヤーへの脱炭素要請が自社の行動指針注1)で禁じている優越的地位の濫用にあたる可能性があることを述べました。 (前回:企業の脱炭素は自社の企業行動指針に反する①)
-
オーストラリア戦略政策研究所(Australian Strategic Policy Institute, ASPI)の報告「重要技術競争をリードするのは誰か(Who is leading the critical te
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間