ウーマンラッシュアワー村本氏「日本中が被曝する」発言を考える
国連のグレーテス事務局長が、7月28日にもはや地球は温暖化どころか〝地球沸騰化の時代が到来した〟と世界に向けて吠えた。
同じ日、お笑いグループ・ウーマンラッシュアワーの村本大輔氏がX(ツイッター)上で吠えた。
村本氏の出身地の隣町の高浜原発1号機が28日に再稼働を果たしたが、このことを受けて次のようにツイートしたのである。
事故があった時、地元の人だけじゃなく日本中が被爆(原文ママ)しますように
これに対して批判が殺到しているという。
日本中の被ばくはない
村本さんはアイロニー(皮肉)で言ったのではないかと思うが、3.11(福島第一原子力発電所事故)の反省と教訓に基づいて、いわゆる〝世界一厳しい安全基準に則り〟安全性を格段に高めて再稼働にこぎつけた原子炉では、残念ながら〝日本中の被ばく〟は起こりそうにないと言える。
そのことを3点に絞って説明しよう。
そもそも福島第一原発に比べて高浜原発の〝風船〟はデカイ
図は拙著で解説した福島第一のような最も古いタイプの沸騰水型軽水炉(BWR /Mark―I)と高浜原発のような加圧型軽水炉(PWR)との「格納容器の大きさを」比較したものである。福島第一ではこの格納容器が破損したために大量の放射性物質が環境へと放出された。
まだ膨らませていない〝風船〟に例えると、大まかに言って1対10程度の大きさつまり容量の差がある。加圧水型の方が格段に大きい。実際に格納容器が破損した福島第一の2号機と高浜1号機が万が一のシビアアクシデント時に放出しうる熱量、つまり〝風船〟を膨らませるエネルギーは同じ程度である。
高浜原発の〝風船〟つまり格納容器はデカくて頑丈なのでなかなか割れないのである。
この話は、原子力ムラのなかでもあまり語られることはない。みなさん加圧水型と沸騰水型の格納容器の比較を云々するのは控えているのである。
私はかつて35年前頃に軽水炉のシビアアクシデントの評価に深く携わっていたことがあるが、Mark-Iは危ないというのが研究仲間内での通説だった。ひるがえって、高浜原発のような加圧水型の格納容器は余裕があるということである。
水素爆発は起こらない
福島第一の1号機と3号機では、水素爆発を起こしたことが衝撃的であった。
3.11前から、高浜原発のようなPWRでは水素爆発が起こりにくい対策が施されている。それは万一原子炉から格納容器内に水素が漏れ出た場合には、水素(H)が溜まって爆発する前に酸素(O)と反応させて水にしてしまうのである。
やり方は2つある。
一つは、水素を検知すればイグナイター(高温の熱コイル)で燃やして水にしてしまうのである。もう一つの方法は、触媒として白金系の金属を使って水素と酸素を結合させて水にする。
このような2つの方式で格納容器内に水素が大量に貯まることを防いで水素爆発を起こさせない。
このような水素対策は、3.11後により一層強化されているのである。
3.11の際に首都圏はどうだったか? 最悪事態のシナリオ
2011年3月25日に「福島原子力発電所の不測事態のシナリオの素描」という資料が当時の原子力委員会委員長である近藤駿介氏の名入りで政府に提出された。
この資料は、時の首相の菅直人氏と内閣総理大臣補佐官であった細野豪志氏の〝指示〟のもとに作成されたものである。
当時永田町界隈では3月20日過ぎに〝とんでもない事態が起こる〟ということが議員たちや関係者の間でささやかれていた。私はとある関係者に「とんでもないことってなんですか?」と朴訥にも聞いたが、「それはわからない・・・ただみんながそう言っている」という実にそっけない受け答えであった。
ほぼ時を同じくして、米国の反原発筋から4号機の使用済み燃料プールの燃料がいずれ溶け始めて大量の放射性物質が飛散するという確たる根拠のないウワサが流布され始めていた。
4号機の使用済み燃料プールには、22日からコンクリートポンプ車(通称:キリン)によって注水が開始されことなきを得ていた。
このような事態の進展と軌をいつにして作成された上述の〝不測事態のシナリオの素描〟は非常に慎重な表現を取りながらも、万万が一の最悪事態においては放射線の影響範囲が福島第一原発から250km圏にまで及ぶ可能性が否定できない—と読み取れる内容になっていた。
大飯原発差し止め判決 「250キロ圏まで危険」 3.11最悪シナリオ根拠
そのことは2014年5月9日にデジタルハリウッド大学で行われ、私も登壇した原発関連シンポジウムで菅直人さんが以下のような内容で講演をしていたことからも明らかである。
事故後、仮に事故が収束できず最悪の事態に陥った場合に、強制移転の区域のシミュレーションを原子力委員会委員長に指示。そこで出てきたのは、福島第一原発から半径250キロ圏内、人口にして5000万人が避難するという可能性。半径250キロ圏内は神奈川県の一部(横浜以西)を除く首都圏を包みこむことになり「5000万人の人が、それまで住んでいた地域に戻れない状況が10年から20年続く。人っ子ひとりいない東京や横浜などを想像すると、本当に恐怖」(菅氏)というように、国家としての機能を失うに等しい深刻な事態に陥ることが予測される。
そして、それからさして時をおかず5月21日には、福井地裁で大飯原発の運転差し止めの判決が下された(樋口英明裁判長)。判決文では〝不測事態のシナリオの素描〟が裁判官の裁定の寄って立つところの論拠とされた。
私は2014年の7月26日、訴訟団の代表である中嶋晢演氏の主催する寄り合いで氏の講話を直接聞いたが、「原子力推進派の本丸、つまり原子力委員長の近藤駿介さんが今回の判決の後押しをしてくれんたんですよ」となんども強調し莞爾として微笑んでいた(「大飯原発を差し止めた人々」日本原子力学会誌,Vol.56, No.10, p. 62 (2014))。
ウーマンラッシュアワーの村本さんは、大飯原発の立地する大飯町の大島あたりの出身と聞くので、上述のような事情が脳裏にあったのではないかと推察する。
しかし、皆さんも良くご存知のように、菅さんが強調したような〝5000万人規模の首都圏住民の避難〟という事態には至らなかった—それが福島第一原発事故の真実である。
そして、その当時から比べると安全性が格段に向上された現在再稼働中の原子炉では、ますますそのような〝不測の事態〟は起こりそうもないのである。
安全の格段の向上の目標は、炉心が溶けるような事態が起こったとしても放出される放射性物質の量が福島第一原発事故の100分の1以下である(拙著「やってはいけない原発ゼロ」第3章 安全性は格段に向上したのか?)。
だから、村本さんの故郷の隣の高浜町の高浜原発1号機が万万が一にも重大な事故を起こしたとしても、村本さんがツイッターで呟いたような「日本中が被爆(原文ママ)する」ような事態にはならないのである。そういう厳しい安全規制のもとできっちりと審査されて再稼働が許可されているのである。
村本さんが、何故このようなつぶやきをしたのか、その本心は本人に聞いてみないとわからない。
しかし、専門家、政治家、裁判官などの下した判断がそこに影を落としていたとすると、私はなんとも言えなくやるせない思いになる。
とりわけ今再稼働している原子力発電所の安全性の向上を十分に伝えることができていない私たち原子力の専門家の責任は非常に重いと思う。
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