【シンポ関連】遺伝子組換え農作物は危険なのか

2016年02月22日 16:00
アバター画像
農業生物資源研究所上席研究員

遺伝子組換え農作物が実用化されて20年以上が経過した。1996年より除草剤耐性ダイズや害虫抵抗性トウモロコシなどの商業栽培が開始され、2014年には世界の1億8150万ヘクタール(日本の国土の4.8倍)で遺伝子組換え農作物が栽培されている(図)。

図 世界における遺伝子組換え農作物の栽培面積と栽培国

これら遺伝子組換え農作物の多くは、飼料用または食品の加工原材料として輸入されているため、多くは分別されずに輸入される。したがって、どのくらいの遺伝子組換え農作物が日本に輸入されているかは不明であるが、輸入元の各国における遺伝子組換え農作物の栽培比率から、ダイズで236万トン、トウモロコシで1130万トン、ナタネで192万トン程度の遺伝子組換え農作物が輸入されていると推定される。

遺伝子組換え農作物は大規模農家へのメリットしかないという論調を見る。しかしその種子は、非組換え農作物の種子より高額であるが、生産性が向上するとともに、除草剤の散布回数が減り、またアワノメイガに対する殺虫剤散布が不要になるなどの利点は、小規模農家においても享受できるものである。例えば、フィリピンでは、除草剤耐性トウモロコシの導入で平均15%の増収となり、害虫抵抗性トウモロコシにより平均24%の増収が報告されている(PGエコノミクス社 2009)。

遺伝子組換え農作物は、商品化に先立って国際的な議論と科学的なデータに基づいた種々の安全性評価が義務づけられている。栽培等による生物多様性への影響は「カルタヘナ法」、食品や資料としての安全性は、それぞれ「食品衛生法」及び「飼料安全法」に基づき、その安全性が確認されたものだけが上市できる。これまで、遺伝子組換え農作物・食品の安全性に疑義を呈する論文や情報もあるが、科学的な検証を経て問題があるとされた事例はない。

遺伝子組換え技術は、基礎研究における重要な手法であるだけでなく、医薬品製造や洗剤用酵素等の生産、農作物の品種改良(育種)においても不可欠な技術である。農作物の品種改良では、長い時間と膨大な労力をかけて、様々な作物において耐病虫性や環境ストレス耐性、品質の向上等の改良を行い、私たちの食生活を支えてきた。

育種技術には、交雑育種や突然変異育種など様々な手法があり、近年、新しい育種技術(New Plant Breeding Techniques: NPBT)などが注目されている。その育種技術の一つに遺伝子組換え技術がある。従来の交雑育種で目的を達せられるなら、遺伝子組換え技術を使う必要はない。

しかし高度な除草剤耐性や害虫抵抗性作物の育成や、高機能性作物としてスギ花粉症を治療するイネやアルツハイマー病予防するイネなどが開発されているが、これらは従来の交雑育種などでは育成できないものであり、遺伝子組換え技術の利用が必然となる。品種改良では、目的とする形質を有する農作物を早く的確に育成することが重要であり、そのために最善の育種方法が選択されることになる。

世界的には広く利用されている遺伝子組換え農作物であるが、日本では一部の花卉(かき:観賞用植物)を除いて栽培されていない。その理由は、消費者がその安全性を懸念して受容してないから、とされている。遺伝子組換え食品を避けたいとする消費者や遺伝子組換え農作物を作りたくないとする生産者がいるなら、その権利は守られるべきであるが、同時に、遺伝子組換え農作物を栽培したい農業者がいるなら、その権利も守られるべきである。消費者も生産者も選ぶことができる体制が必要であると考える。

TPPの大筋合意に至り、今後、協定の早期署名・発効を目指すことになる。海外産の安価な農作物が輸入されることから、国内農業への影響は必至となり、国内農業も本当に強い農業へ転換する必要がある。そのためにはさまざまな戦略があると思われるが、遺伝子組換え技術も排除せずに高い生産性や高付加価値のある農作物の育成と利用が望まれる。

(2016年2月26日掲載)

This page as PDF
アバター画像
農業生物資源研究所上席研究員

関連記事

  • 4月の半ばにウエッジ社のウエブマガジン、Wedge Infinityに「新聞社の世論調査の不思議さ 原子力の再稼働肯定は既に多数派」とのタイトルで、私の研究室が静岡県の中部電力浜岡原子力発電所の近隣4市で行った原子力発電に関するアンケート調査と朝日新聞の世論調査の結果を取り上げた。
  • 福島第一原発の「廃炉資金」積み立てを東京電力に義務づける、原子力損害賠償・廃炉等支援機構法の改正案が2月7日、閣議決定された。これは原発の圧力容器の中に残っているデブリと呼ばれる溶けた核燃料を2020年代に取り出すことを
  • スマートジャパン
    スマートジャパン 3月3日記事。原子力発電によって生まれる高レベルの放射性廃棄物は数万年かけてリスクを低減させなくてならない。現在のところ地下300メートルよりも深い地層の中に閉じ込める方法が有力で、日本でも候補地の選定に向けた作業が進んでいる。要件と基準は固まってきたが、最終決定は20年以上も先になる。
  • 東京都知事選投票日の翌朝、テレビ取材のインタビューに小泉純一郎氏が晴れ晴れとして応えていた。この歳になってもやれると実感したと笑みをこぼしていた。なんだ、やっぱり寂しい老人の御遊びだったのか。インタビューの随所からそんな気配が読み取れた。
  • 下記のグラフは、BDEW(ドイツ連邦エネルギー・水道連合会)(参考1)のまとめる家庭用電気料金(年間の電気使用量が3500kWhの1世帯(3人家族)の平均的な電気料金と、産業用電気料金(産業用の平均電気料金)の推移である。
  • 「2020年までに地球温暖化で甚大な悪影響が起きる」とした不吉な予測は多くなされたが、大外れだらけだった。以下、米国でトランプ政権に仕えたスティーブ・ミロイが集めたランキング(平易な解説はこちら。但し、いずれも英文)から
  • 政策として重要なのは、脱原子力ではなくて、脱原子力の方法である。産業政策的に必要だからこそ国策として行われてきた原子力発電である。脱原子力は、産業政策全般における電気事業政策の抜本的転換を意味する。その大きな構想抜きでは、脱原子力は空疎である。
  • アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクGEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑