原子力規制委員会はIAEAの指摘を謙虚に受け入れよ

原子力規制委員会は本年(2016 年)1月、国際原子力機関(IAEA)の総合的規制評価サービス(IRRS)を受けた。IRRSは各国の規制の質の向上を目指してIAEAがサービスとして実施しているもので、2006年から15年までに延べ70回実施されている(注1)。報告書はIAEAのホームページに掲載され公表される。わが国は2007年に、原子力安全・保安院時代にもIRRSを受けて、独立性や安全文化が不十分であることなど、10項目の勧告をはじめとする数々の貴重な問題点を指摘されていた。それにもかかわらず、十分改善されないまま東京電力福島第1原発事故に至ってしまったという苦い経験がある。
独立性の高い三条委員会となった原子力規制委員会には国内で監査する仕組みが設けられていないため、IRRSは法的拘束力のない“サービス”という位置づけではあるものの、監査に代わる各国の専門家による貴重なレビューであり、前回の轍を踏まぬようIRRSの指摘を謙虚に受け止め、可及的速やかに改善すべきである。
IRRS 報告書の公表後、速やかに翻訳版を公表すべし
前回のIRRSでのIAEA報告書は広く国民に公表されなかった。このため、IAEAからどのような指摘を受け、どのような改善をしたのかは国民にほとんど知らされなかった。
この轍を踏まぬように今回は4月頃公表される予定のIRRS報告書は直ちに翻訳し、広く国民に公表すべきである。また、その指摘をどのように改善すべきかについても広く国民に周知すべきである。
フォローアップIRRSを受けるべし
IRRS を受けた国々は3年以内にIAEAのフォローアップ・レビューを受けることが通例とされている。しかし、わが国は前回のIRRSの後でフォローアップIRRSを受けていない。このためにIRRSでの問題点の改善状況をIAEAに確認してもらうステップが欠けていた。これは、IAEAの報告書を身勝手に解釈し、前向きな改善に活かさなかった当時の規制当局の態度と無縁だったとは考えづらい。このことは国会事故調報告の中でも問題点として指摘されている(注2)。
2011年までにIRRSを受けた国は32国あるが、その内、運転中または建設中の原発を保有している18国の内15国が昨年までにフォローアップIRRSを受けている。わが国以外の例外はメキシコとルーマニアの2国だけである(ルーマニアは正規のIRRSを2度受け、今年フォローアップIRRSを予定している)。
フォローアップIRRSを受けることが通例になっていることを勘案すれば我が国がいかに特異だったのかが判るだろう。今回はわが国も国際的通例に則り、また身勝手な解釈に対する歯止めとして是非ともフォローアップIRRSを受けるべきである。
IRRSの主な指摘は具体的に何を言っているのか
IRRSは“サービス”であって“監査”ではない。そのためIRRSの指摘事項は当事国の行政権の干渉にならぬよう、婉曲的に書かれている。このため一般者には具体的に何を言っているのか解り難いし、身勝手な解釈も可能なのである。だからこそ、フォローアップが必要だとした上述の提言は必須である。1月22日の記者会見で紹介された代表例3点について、IAEAが実際に何を指摘しているのか、当会議の解釈を以下に示す(注3)。
○IRRS問題点指摘①
「原子力規制委員会は、有能で経験豊富な職員の獲得や、教育・訓練・研究・国際協力を通じた原子力及び放射線安全に関する職員の力量の向上に取り組むべき」
A) これは比較的解り易い指摘である。わが国の規制官、検査官に十分な能力が備わっていないと言っているのである。
B) 国会事故調報告でも指摘された通り、“規制が事業者の虜にされていた”最大の原因は規制の専門性不足だった(注4)。事業者から試験や検査の説明を受けないと内容が理解できないことが、セレモニー的立会検査の実施理由なのだ。IRRS勧告で求められたフリーアクセスを実行するには、検査官が事業者からの説明を受けるのではなく、むしろ事業者の実施している試験、検査の問題点を指摘できるまで力量を高めなければならない。
C) 検査官は本来、試験、検査の本質的な問題点を洗い出し、安全性を向上させなければならないが、本質的な問題点を洗い出す力量が不十分な場合、テニオハ等の書類の形式的不備の指摘に走ることになり、ますます安全性を向上させる本質的な活動から遠ざかることになる。IRRS はその実態を見て「職員の力量の向上に取り組むべき」ことを指摘している。
D) 前回IRRSの勧告10で「原子力安全・保安院は、原理的・概念的論拠よりもむしろ実際の履行に焦点をあて、統合的な品質マネジメントシステム(QMS)の構築を継続すべきである。」との勧告を受けている。現状のQMSが“原理的・概念的”に陥り、現場の実態から乖離していることへの痛烈な警鐘である。審査官、検査官の実力を向上させ、原子力安全に重点を置き、現場の実態に即したQMSを構築すべきである。
○IRRS問題点指摘②
「日本の当局は原子力施設、放射線利用施設に対する原子力規制委員会の検査の実効性が担保されるよう、関連法令を改正するべき」
A) この指摘は、原子力施設、放射線利用施設に対して実施されている原子力規制委員会の検査は実効性に乏しく、リスクを低減する効果が投入されるリソースに見合っていないことに対する指摘である。
B) 同様趣旨が前回IRRSの勧告7でも指摘されている(注5)。検査官がサイトでいつでも検査する権限を有していることを確保すべきである。これにより、検査官はサイトへの自由なアクセスが可能となり、法律で規定された検査期間中というよりも任意の時間に職員とのインタビュー、文書審査の要求などが出来るようになり、検査が実際の履行に焦点があたるようになる。
C) 検査は、プロセスの適合性評価に偏っており、原子力安全の観点から総合的に検討されるべきである。
○IRRS問題点指摘③
「原子力規制委員会は全ての被規制者とともに、常に問いかける姿勢を養うなど、安全文化の浸透に向けた努力を強化するべき」
A) 原子力規制委員会が独立性を重視する余り被規制者との意思疎通が不足していることを指摘している。
B) 安全文化を浸透させるためには、まず、規制者自らが安全文化の徹底を実践し、模範を示すことの重要性を指摘している。
C) “被規制者とともに”と述べている趣旨は、規制者は犯罪を取り締まる警察官と異なり、被規制者と対峙するのではなく、立場を弁えつつ安全文化の浸透に努めるべきとの趣旨である。
D) 同様趣旨のことが前回IRRSの助言13でも指摘されている(注3)。「原子力安全・保安院は、相互理解と尊重に基づいた、率直かつ開かれた、但し、立場の違いをわきまえた産業界との関係を醸成し続けることが望まれる。」
(注1)IAEAのIRRS実施実績。2006年から2015年までに70回実施されている。内15回はフォローアップであり、純粋のIRRSは55回である。2回受けるのは英国とルーマニアに次いで、日本が3国目となる。
(注2)国会事故調報告P560-563。
(注3)原子力規制委員会ホームページ「IRRSミッションチームと原子力規制委員会の合同記者会見」
(注4)国会事故調報告P519-520、P557-558。
(注5)原子力規制委員会ホームページ「2007年IRRS報告書3における指摘事項に対する現況」
(2016年3月22日掲載)

関連記事
-
政府は政府事故調査委員会が作成した吉田調書を公開する方針という。東京電力福島第一原発事故で、同所所長だった故・吉田昌郎(まさお)氏が、同委に話した約20時間分の証言をまとめたものだ。
-
中国の台山原子力発電所の燃料棒一部損傷を中国政府が公表したことについて、懸念を示す報道が広がっている。 中国広東省の台山原子力発電所では、ヨーロッパ型の最新鋭の大型加圧型軽水炉(European Pressurized
-
上野から広野まで約2時間半の旅だ。常磐線の終着広野駅は、さりげなく慎ましやかなたたずまいだった。福島第一原子力発電所に近づくにつれて、広野火力の大型煙突から勢い良く上がる煙が目に入った。広野火力発電所(最大出力440万kw)は、いまその総発電量の全量を首都圏に振向けている。
-
一般社団法人「原子力の安全と利用を促進する会」は、日本原子力発電の敦賀発電所の敷地内断層(2号炉原子炉建屋直下を通るD-1破砕帯)に関して、促進会の中に専門家による「地震:津波分科会」を設けて検討を重ね、原子力規制委員会の判断「D?1破砕帯は、耐震指針における「耐震設計上考慮する活断層」であると考える」は見直す必要がある」との結論に至った。(報告書)
-
鳩山元首相が、また放射能デマを流している。こういうトリチウムについての初歩的な誤解が事故処理の障害になっているので、今さらいうまでもないが訂正しておく。 放射線に詳しい医者から聞いたこと。トリチウムは身体に無害との説もあ
-
国連のグレーテス事務局長が、7月28日にもはや地球は温暖化どころか〝地球沸騰化の時代が到来した〟と世界に向けて吠えた。 同じ日、お笑いグループ・ウーマンラッシュアワーの村本大輔氏がX(ツイッター)上で吠えた。 村本氏の出
-
規制委の審査には、効率性だけでなく科学的、技術的な視点を欠くとの声も多い。中でも原発敷地内破砕帯などを調べた有識者会合は、多くの異論があるなか「活断層」との判断を下している。この問題について追及を続ける浜野喜史議員に聞く。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間