除染目標、年5mSvに引き上げるべき-福島帰還促進のための提案
(GEPR編集部より・日本原子力学会シニアネットワークと川合氏が高木毅復興担当大臣に要望書を提出しました。参考になる意見で掲載します。)
東日本大震災から5年余が経過した。その時の東京電力福島第一原子力発電所の事故によって、福島県および周辺都県の環境が汚染された。その後の除染によって福島県の環境放射能はずいぶんと減衰し、福島県の大半の地域で追加被ばく線量が年間1ミリシーベルト(mSv)を下回るようになった。
放射線量が高く、国が直接除染する特別除染区域でもこれまでに避難指示が解除された田村市、川内村、楢葉町では個人線量計による実測値ベースで概ね年間1mSvを下回っている。それにもかかわらず、今年の2月時点の避難者が9万9000人(県内避難5万6000人、県外避難4万3000人)と報告されているように、かつての避難指示区域のみならず福島県全体の避難住民の帰還が円滑に進んでいない。
その原因は、避難指示解除を考慮しうる現実的な目標線量(ICRP勧告で言う参考レベル)が提示されていないことにあると推察する。その問題解決を促進するために、以下の3点を提案したい。
①避難支持加除の条件として「年間5ミリシーベルト」の目標線量の設定を
従来、避難指示の解除は年間20mSvとされていた。このため避難指示解除が出ても住民は疑心暗鬼に囚われた。従って、避難指示解除の条件の目標線量として健康影響上心配する必要がないことが明白な「年間5mSv」を提案する。
年間5mSvは、ヨーロッパ諸国、特に花崗岩土壌が多い北欧や東欧諸国の自然放射線による年間被ばく線量とほぼ同等である。この程度の放射線被ばくによって、健康上の問題を引き起こすことが認められないからである。このことで住民は帰還について真剣に考えられるようになろう。

②強力な放射線リスクコミュニケーションの実施を
この参考レベルを住民の方々に受け入れて頂いて帰還を促進することと福島県外での風評を無くすため、国は地域住民の方々はもとより、全国民に対しての放射線リスクコミュニケーションを関係省庁と連携して強力に進めるべきである。
(1)この「約5mSv」は十分安全側の目標値であるとの関係住民レベルでの認識の共有化を図るため、
・住民自身の納得感を醸成するための学習の場を積極的かつ戦略的に設ける。
・上述目安値について、全国広報活動を通じ国民レベルでの認識の拡大共有化をはかる。
(2)放射線専門家をまじえて帰還問題を検討する核となる住民グループの形成と、以下に示すように継続的、段階的討議を促す。
・コミュニティ交流員制度との協調(福島県内)
・今後設けられる「生活再建支援拠点」の活用(福島県外)
・住民グループによる自主的な帰還条件模索の指導・支援
③関連要望事項
(1)避難住民の多くは、事故直後の自らの被ばく量が不明なために、それ以上の被ばくを避けたいという気持ちがある。従って、各自が事故直後の被ばく量を把握できるシステムを構築し、住民の便に計る。
(2)青少年が遊び入る居住環境の隣接山野や通学路のホットスポットなどをモニタリングして、結果を地図化して、生活に役立ててもらう。当然、ホットスポット等への対応についての注意書きつける。
(3)0.23mSv/時間(年換算約1mSv)を上回る地域での生活することに不安解消のため、既に多くの市町村で行われているが、希望者には個人被ばく線量計の全員貸し出しを行う。定期的にその結果を集計することで、放射線影響についての研究の基礎データとして活用できる。
(4)除染終了後も通学路や住環境周辺の里山など、住民が随時立ち入る場所への除染の希望がある。その際の除染については、立ち入り時間が短く累積被ばく量の少なさを考慮して空間線量率が毎時1mSvを除染の参考レベルとすることを勧める。これは、追加被ばくとして年間約5mSvとなるレベルである。
(2016年5月23日掲載)

関連記事
-
高速増殖炉(FBR)「もんじゅ」に対して、原子力規制委員会が「運営主体を変更して業務を見直せ」という勧告を出し、崖っぷちに立たされている。今のところ現在の日本原子力研究開発機構(JAEA)に代わる受け皿は見当たらず、メディアからは廃炉にすべきだという意見も出ている。
-
「福島の原発事故で放射能以上に恐ろしかったのは避難そのもので、精神的ストレスが健康被害をもたらしている」。カナダ経済紙のフィナンシャルポスト(FP)が、このような主張のコラムを9月22日に掲載した。この記事では、放射能の影響による死者は考えられないが、今後深刻なストレスで数千人の避難住民が健康被害で死亡することへの懸念を示している。
-
こうしたチェルノブイリ事故の立ち入り制限区域で自主的に帰宅する帰還者は「サマショール」(ロシア語で「自ら住む人」という意味)と呼ばれている。欧米を中心に、チェルノブイリ近郊は「生命が死に絶えた危険な場所」と、現実からかけ離れたイメージが広がっている。サマショールの存在は最近、西欧諸国に知られたようで、それは驚きを持って伝えられた。
-
2011年3月の福島第一原子力発電所事故の余波により、今後の世界的エネルギー供給への原子力の貢献はいくぶん不確かなものとなった。原子力は潤沢で低炭素のベースロード電源であるため、世界的な気候変動と大気汚染緩和に大きな貢献をすることができるものだ。
-
ようやく舵が切られたトリチウム処理水問題 福島第一原子力発電所(1F)のトリチウム処理水の海洋放出に政府がようやく踏み出す。 その背景には国際原子力機関(IAEA)の後押しがある。しかし、ここにきて隣国から物申す声が喧し
-
全国の高校生が福島の復興やエネルギー問題を考える「ハイスクール世界サミットin福島」が、8月8日までの3日間、福島県いわき市で開かれた。原子力や再生可能エネルギーの活用、復興を阻む風評被害への対策といった難しいテーマに対し、未来を担う世代が見識を深め、今後も継続して考えていくきっかけとなったようだ。
-
東日本大震災の地震・津波と東京電力福島第一原子力発電所事故でダメージを受けた、福島浜通り地区。震災と事故から4年近くたち、住民の熱意と国や自治体などの支援で、自然豊かな田園地帯は、かつての姿に戻り始めようとしている。9月5日に避難指示が解除された楢葉町の様子を紹介する。
-
先週の「言論アリーナ」は、竹内純子さんにエネルギー産業の長期ビジョンの話をうかがった。電力会社は原発再稼動など目の前の問題で精一杯だが、2050年に電力産業がどうなっているかという「長期均衡」から逆算すると、別のストーリ
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間