原子力規制委員会によるバックフィット規制の問題点(中)

2015年01月19日 19:00
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アゴラ研究所所長

(全3回)()(

3.法的根拠のない「田中私案」

ところが規制委員会では、この運用を「原子力発電所の新規制施行に向けた基本的な方針(私案)」という田中俊一委員長のメモで行なっている。これはもともとは2013年7月に新規制が実施された段階で関西電力大飯3・4号機の運転を認めるかどうかについての見解として出されたものだが、その後も委員会決定が行なわれないまま現在に至っている。この田中私案では「新規制の考え方」を次のように書いている。

新たな規制の導入の際には、基準への適合を求めるまでに一定の施行期間を置くのを基本とする。ただし、規制の基準の内容が決まってから施行までが短期間である場合は、規制の基準を満たしているかどうかの判断を、事業者が次に施設の運転を開始するまでに行うこととする。(施設が継続的に運転を行っている場合は、定期点検[原文ママ]に入った段階で求める。)

つまり基本的には安全審査は運転とは別の問題であり、運転している原発を止めて新基準への適合を求めることはないのだが、この私案が出されたときは大飯以外の原発は定期検査中だったので、審査が終わるまで運転できなくなった。定期検査中の原発をどう扱うかについて原子炉等規制法には明確な規定がないが、田中私案は次のように書いている。

原子力規制委員会は、導入直後の定期点検[原文ママ]終了時点で、事業者が施設の運転を再開しようとするまでに規制の基準を満たしているかどうかを判断し、満たしていない場合は、運転の再開の前提条件を満たさないものと判断する。

つまり定期検査を行なっている場合には、新基準に適合しないかぎり運転再開ができないのだ。この法的根拠として規制委員会が電力会社に示しているのが、前述の第43条の3の23の規定である。すなわち「位置、構造及び設備」が新基準を満たしていない場合には、運転再開ができない。特に活断層の基準を満たしていない場合には、それを改築で満たすことは不可能なので、廃炉にするしかない。

バックフィットは規制当局と事業者が話し合って実施するか、必要な場合には国家賠償して設備を改善するのが普通である。ところが田中私案では、一律にすべての原発にバックフィットを強制している。これは「基準への適合を求めるまでに猶予を置く」という本来の考え方と逆になっている。安全基準が変更されてもただちに運転を停止する必要はないという田中委員長の論理によれば、定期検査の終わった原発は通常通り使用前検査を終え、運転しながら審査すればよい。

ところが田中私案で安全審査と使用前検査をリンクさせたため、安全審査が「再稼働の審査」になってしまった。田中私案の最後には「事業者の負担にはなるが、設置変更許可、工事計画認可、保安規定認可といった関連する申請を同時期に提出させ、ハード・ソフト両面から一体的に審査する」と書かれている。しかし原子炉等規制法で運転開始前に必要な手続きは、第43条の3でこう定めている。

発電用原子炉設置者は、原子力規制委員会規則で定めるところにより、保安規定を定め、発電用原子炉の運転開始前に、原子力規制委員会の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも、同様とする。

つまり法的には、保安規定は運転開始前に認可を受ける必要があるのだが、田中私案はこれを設置変更許可や工事計画認可に拡大してしまったのだ。これは法的根拠がないというより法を逸脱する違法な行政指導である。これが私案のままになっている理由だろう。委員会規則にすると法的根拠を問われるため、事務局である原子力規制庁が正式決定にしなかったものと思われる。田中私案には、公文書に必要な「原子炉等規制法第*条により」といった法的根拠の記述がまったくない。「定期点検」という誤字が残っていることも、官僚の目を通っていないことをうかがわせる。

定期検査は13~24ヶ月に1度行なわれるもので、安全審査とは別の手続きである。改正前の原子炉等規制法では、定期検査の最後の使用前検査は原子力安全・保安院に申請することになっていたので両者は独立だったが、改正後はどちらも規制委員会が担当するので、規制委員会は安全審査をクリアしないと使用前検査を承認しない。これにも法的根拠はないが、結果的に「再稼動の審査」という法的には存在しない手続きが行なわれているのだ。

根本的な問題は、バックフィットという重大な変更が行なわれたにもかかわらず、その規定が第43条の3の23の難解な条文だけで、その解釈についての委員会規則がなく、私的なメモで運用が行なわれていることだ。安全審査の合格を使用前検査の前提条件とするのは、原子炉等規制法にはない田中委員長の個人的見解である。憲法で禁じる法の遡及適用や財産権の侵害につながる規制を一片のメモで運用することは、法治国家にあってはならない。

4.活断層規制の遡及適用

2013年1月、原子力規制委員会は日本原電の敦賀原発2号機の直下にあるD-1破砕帯について「活断層の可能性が高い」とする報告書案に合意した。田中委員長は「今のままでは再稼働の安全審査はとてもできない」と述べており、廃炉になるおそれが強い。日本原電は「敦賀原発の下の断層は活断層ではない」という見解を出して調査を続けているが、規制委員会は他の原発についても活断層の調査を続けている。

しかし技術基準に「重要施設を活断層の上に建ててはいけない」という規定が明記されたのは、2013年になってからである。1978年にできた最初の耐震審査指針では、活断層を「過去5万年以内に活動した断層」と定義していたが、2006年の指針では「後期更新世以降の活動が否定できないもの」すなわち過去12~3万年以内とされた。敦賀2号機は1982年に設置許可がおりたので、旧指針にもとづいて設計されており、違法性はない。

しかも1978年の耐震審査指針では、活断層を「過去5万年以内に活動した断層」と定義していたが、2006年の指針では「後期更新世以降の活動が否定できないもの」すなわち過去12~3万年以内とされた。2013年の新基準では「必要な場合は中期更新世以降(約40万年前以降)まで遡って活動性を評価する」となっている。

この新基準に既存の原発が適合しない場合があっても、法令違反ではないので停止命令の対象にはならない。しかも耐震安全性に関する安全審査の手引きには「重要施設を活断層の上に建ててはいけない」という規定はない。そこにはこう書かれている。

建物・構築物の地盤の支持性能の評価においては、次に示す各事項の内容を満足していなければならない。ただし、耐震設計上考慮する活断層の露頭が確認された場合、その直上に耐震設計上の重要度分類Sクラスの建物・構築物を設置することは想定していないことから、本章に規定する事項については適用しない。

活断層の上に建てることは「想定していない」と書いてあるだけで、それを禁止してはいないのだ。このもとになる2006年の耐震設計審査指針には「活断層の上に建ててはいけない」という規定はどこにもない。「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」を策定する根拠として「敷地周辺の活断層の性質、過去及び現在の地震発生状況等を考慮し、さらに地震発生様式等による地震の分類を行ったうえで、敷地に大きな影響を与えると予想される地震を、複数選定すること」と書かれているだけである。

ここで重要なのは「地震動の策定」であって、活断層があるかどうかはその要因の一つにすぎない。活断層の存在そのものを規制の基準としてはいないのだ。設置が禁止されていないのに「設置することは想定していない」というのは奇妙である。なぜ手引きにこういう耐震審査指針にない規定が入ったのだろうか。

関係者によると、2010年に手引きが書かれたとき、一部の研究者から「活断層の上に設置することを禁止すべきだ」という意見が出たという。しかし耐震指針で禁止していないことを実施の手引き(法的拘束力はない)で禁止できないので事務局が難色を示したところ、「想定していない」という文章を入れろと彼らが要求したため、こういう奇妙な結果になったのだという。

つまりこれまでの規制では、重要なのは原子炉に加わる地震動の大きさであって、活断層があるからただちに危険という判定はしていない。ましてそれを理由に停止命令を出すこともできないし、廃炉にすることもできない。前述の原子炉等規制法第43条の3の23に従えば、規制委員会が原子炉の「位置、構造若しくは設備」が技術基準に適合していないと認めるときは停止命令を出すことができるが、これを旧基準に適用するかどうかについての委員会規則がない。「田中私案」には、どういう場合に活断層の規定を遡及適用するかについての基準は何も書かれていない。

活断層は原発のリスク要因の一つにすぎず、それだけで原発を廃炉に追い込むほど重大な問題ではない。強い地震動が起こるのは地下深部(3~20km)で、地表付近の断層ではない。日本列島には2000以上の活断層があり、それを避けていたら原発はどこにも建てられない。新幹線の下には無数の活断層が走っている。建築基準法でも、活断層の上に建物を建てることは禁止していない。

だから敦賀の問題は活断層か否かではなく、1982年に設置許可された原発に2013年の新基準を遡及適用するかどうかである。これが「構造若しくは設備」が適合しないと規制委員会が認めた場合は、前述の原子炉等規制法の規定にもとづいて停止命令を出すことができるが、現実に出すことは委員会決定を行なわないと不可能である。

今のところ規制委員会は、敦賀2号機に停止命令を出していない。それは停止を命じて廃炉にすると、国家賠償を請求されるリスクがあるからだ。敦賀2号機を廃炉にすると、日本原電は経営破綻に追い込まれるおそれが強い。そのコストは約1000億円にのぼるので、廃炉に追い込むならその賠償が必要だが、これが適法な支出として国会で認められるかどうかは疑問だ。廃炉処分に法的根拠がないからである。

本質的な問題は、これで安全性が向上するのかということだ。安全性を本格的に見直すなら一つ一つの設備について試験が必要で、通常の設置許可と工事認可の手続きは2年以上かかる。それを今回は48基の原発を一挙に止めて半年ぐらいで応急的にやっているが、これは拙速である。定期検査の終わった原発は平常どおり動かし、安全審査は並行してやればよい。これを図示すると、次ページのようになる(諸葛宗男氏の協力による)。

電気事業法と原子炉等規制法では、上段のように発電と並行して安全審査(設置変更許可・工事認可)をすることになっている。保安規定だけは運転開始前に認可の必要があるが、これはすでに認可されているので、使用前検査を行なえば、そのまま送電できる。
ところが田中私案では、中段のように法改正にともなう安全審査が終わって追加設備・機器の建設が終わってからでないと運転再開を認めないため、ここですべての原発が止まっている。この変則的な状態を是正するには、法の規定する本来の手続きに立ち戻り、下段のように安全審査や追加設備の建設は運転と並行して行なえばよい。

全国の48基の原発の審査を完了するには、ていねいにやれば10年以上かかるだろう。その結果、安全基準に達しない原発についてはバックフィットを求めればよい。そのときどのような設備についてバックフィットを求めるのか、国家賠償をするのかなどについての委員会規則も整備する必要がある。すべての原発を止めて急いで審査する必要はない。現在の法体系は、そういう手順を想定していないのである。

以下()に続く。

(2014年2月24日掲載)

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