原子力発電は地域振興に役立つのか?【言論アリーナ】
アゴラ研究所の運営するネット放送の言論アリーナ。8月12日は「原子力発電は地域振興に役立つのか」というテーマで放送した。(Youtube)(ニコニコ生放送)
鹿児島県の新知事である三反園訓氏が川内原発の安全性確認調査を9月に九州電力に要請した。知事には原子力を停止する権限はなく、地元自治体は稼動を容認しており、今後混乱が懸念される。
また原子力発電所では、地元に税金などで恩恵がある制度がつくられており、立地地域の経済が原子力と深い関係にある。しかし、原子力発電所の長期停止によって、地元経済に悪影響が出ている。原子力発電を使った地方振興は可能か。また立地自治体、住民との共存は可能か。その現状を分析した。
出演は原子力メーカーの技術者で、現在は原子力をめぐる制度研究を行っているNPO法人パブリック・アウトリーチ・上席研究員の諸葛宗男さん、地域振興コンサルタントとして原子力の立地地域に詳しい開発計画研究所所長の石井政雄さん。司会はGEPR編集者の石井孝明が務めた。
川内原発は危険なのか
司会・鹿児島では、7月の熊本地震、同月の知事選の後で、三反園さんが九州電力川内原発の安全性について、それを懸念し、原発の停止を主張しています。実際のところどうでしょうか。(図表1)
(図表1)川内原発
諸葛・私は現状では、川内原発の安全性に問題がないと思います。九州の活断層を示す資料があります。7月からの熊本の地震を起こした活断層と川内原発は離れています。地震を起こした布田川・日奈久断層の延長に川内原発があるという嘘がネットで流布されていますがそうではありません。(図表2)
(図表2)九州の活断層、産業総合研究所資料
また原発は固い断層の上に作られますので、その影響は少なくなります。川内原発は620ガル(ガル:加速度、地震の震動の大きさを示す)の地震に対応する対策を設計をしています。160ガルで稼働注自動停止します。川内原発では今回の地震の本震(4月16日)で揺れは8.6ガルでした。
今回の地震程度で点検をすれば、原子力発電所の営業は成り立たないでしょう。原発は営業プラントですから。また法律上の原発の停止権限は原子力規制委員会のみで、その要件も安全性に問題のある場合に限られています。
司会・鹿児島の雰囲気はどうなのでしょうか。
石井・私の見聞の限りでは地元の人は問題に冷静で、停止を強く要求する状況になっていません。理由は2つあります。川内原発は、1号機が1984年、2号機が85年に運転を開始しました。その間に大きな事故を起こしませんでした。また九州電力は地域対応を真摯に行ってきた社風があり、地元の人々と事業者の間に信頼関係がありました。原子力と地域の共生、実績がかなり蓄積されていたのです。
薩摩川内市で行われた住民の取り組み
司会・東京のメディアでは、反対の声ばかりのような印象を受けます。
石井・そう単純なものではないと思います。原子力発電所の周辺地域は、それを織り込みながら、町作りをしています。「図表3」はそれをまとめたものです。原子力発電での投資特性、地域特性があり、それが合わさることで地域が変化していきます。その変容のために、地域住民がどのように知恵を絞り、行動するかが問われます。この点で蓄積があるから、薩摩川内の住民の方の判断はそれほどぶれなかったと思います。
(図表3)発電所立地の影響変化の捉え方
司会・私は川内原発周辺を取材しました。住民に原子力に対する反発はなく、電力を利用した京セラなどの工場がいくつもあったことが印象に残りました。薩摩川内市の周辺の市町村は、通過して見ただけでも過疎化が深刻になっていました。
石井・薩摩川内市では、電源三法と呼ばれる原発の交付金、また原発からの固定資産税による「箱物」が建設されました。しかし、それだけではありません。関係がさまざまな方向に広がり、深まっています。それが30年以上継続し、私が使う言葉ですが「深化」しています。住民の文化活動、地域交流、ビジネスも原発の稼働の後で、活発になりました。また市長が変わると政策が変わる自治体もありますが、同市では政策や事業の継続性にも配慮が行われました。
薩摩川内市は新潟県柏崎市、福井県敦賀市と同様に「都市型立地」とされます。都市があり、地域社会の構造が多層的で、ポテンシャルがあります。変化をもたらす基盤があるのです。
ただし、それでも地方経済は厳しく、産業の誘致も、中心市街地の再活性化の問題も、最近はなかなか進みません。薩摩川内市の行政と住民、そして九州電力は3号機の建設の話し合いをしてきましたが、福島原発事故のあと建設は立ち消えになりました。原子力は起爆剤にしかなりません。それに頼るだけでは、地域全体が変わらなければならないのです。そして多くの立地地域が住民の活動で変わりました。
司会・原子力発電は雇用にプラスになるのでしょうか。
諸葛・地域経済にはプラスにはなるでしょう。しかし大規模な建設投資が終わった後の、原発自身の雇用機会というのは、それほど大きくはないのです。原子力発電所は日本の場合、13カ月動かして定期点検に入るという規制でした。たいてい2カ月程度です。それで潤うのは周辺の旅館業、飲食業で、地域全体が利益になりません。
福島事故前から、世界各国で、オンラインメンテナンスという動きが広がっていました。IT技術を利用し、動かしながら点検しようという考えです。人が訪れずに、省力化した検査、工事をしようという考えです。福島事故でその検討が止まっていましたが、日本でもいずれそうなるでしょう。原発に頼ることはできなくなります。(図表4)
(図表4)
審査の遅すぎる原子力規制
司会・今、原発が停止しています。規制の遅さは問題になるのでしょうか。
諸葛・日本の規制当局の規制は問題があります。IAEA(国際原子力機関)が加盟国の原子力規制の各質の向上を目指して総合的規制評価サービス(IRRS)を行っています。日本は2007年の原子力安全・保安院時代と今年1月に、それを受けました。
そこでは日本の原子力規制では、文章手続きが煩雑で、安全性向上に効果がなく、しかも結果が出ることが遅いという問題点を指摘されていました。実は2007年にも同じ事を指摘されていたのに改善されず、福島事故が起こってしまいました。
司会・長期停止の影響はどのようなものがありましたか。「国策に協力している私たちのことを考えてほしい」という声が出ています。
石井・そのように話される自治体の首長さんは多いです。失望をする人々もいます。長期停止は再稼動が長引き、税収、雇用などの問題があります。原発が動かないと、先に進まない問題もあり、厳しい状況に追い込まれるところも出ています。
薩摩川内市の状況を紹介しましたが、ここは都市型の立地でその影響は大きいものの一部です。一方で、農村や漁村、半島狭湾部(半島の先の湾の挟まった集落)といった人の住むところから離れた場所に立っている場合、その周辺に住むわずかな世帯でも、そこから関連した飲食業などをやっている人々には大きな影響が出ます。また立地市町村にも影響があります。
さらに今後は廃炉の問題があります。その場合、自治体にどのような影響があるのか見極めなければならないのに、何も決まりません。いずれにしても、歩みがかなり遅いのです。期限が分からないため、地域は生殺しのような状況が続いています。安全性は大切ですけど、それでご飯は食べられないというのが本音でしょう。
司会・立地地域でも、関西電力の美浜、高浜は都市から離れています。そこでも、地域社会に変化はありましたか。
石井・美浜は、もっとも早く稼働の始まった場所の一つです。(編注・1970年11月に1号機は稼働)そのために、原子力立地地域のプラス面、改善した方がいい面も現れました。そうした経験を踏まえて、さまざまな取り組みを行って、ノウハウを蓄積しています。
その一例が「鯖(さば)のぬかずけ」です。立地地域から少し離れた人たちが、市民活動の中からアイデアを出し、名産にしました。美浜市は、市民、電力会社、行政のコミュニケーションも試行錯誤を繰り返しながら、進化しました。
長引かせるとさまざまな問題が発生
司会・長期停止になると、そういう前向きの地域社会変革の芽がつぶれていくのではないでしょうか。最後に、原子力の安全と経済の関係について考えを教えてください。
石井・前向きその可能性はあります。電源3法のお金は使いづらい面がありますが、地域のハード面を支えている面はあります。
そして今、原発建設から20年以上経過した場所が大半で、成熟した関係をつくろうとしています。建設に使われることが多いのです。去年あたりから地方振興の名目で使い勝手のよいお金を国は用意するようになりました。「金とモノ」から「人とコト」、つまり、何を行うか、中心となる人が出てくることが期待されています。
(図表5)電源立地振興計画の段階別計画目標と地域経営力の推移概念図
もちとん「金とモノ」は大事ですが、後者が今必要です。そういった中に。これから、立地地域、増幅させる仕組みをどうするのかを考えなければならないでしょう。
人材(財)が計画を作り、計画が新しい計画をつくり、その事業がまた人をつくる。こうした循環が必要になります。安全性は大切ですが、期限を区切って審査を行うべきです。
(図表6)知的社会基盤の形成モデルと新たなダイナミズムの方向性
諸葛・私は地域、そして日本全体の問題を指摘します。原子力の審査の遅れが大きな問題になっています。現在 年4兆円前後、代替燃料費にかかっています。それが再稼動遅れによって起こっています。この問題を改善するために、安全目標を明確にしなければなりません。だらだらと再稼動が長引くことは、地元の人々の生活に悪影響を与えていくでしょう。
(図表7)
(図表7)
【最後にニコニコ生放送の視聴者向けに、三反園知事は原発をどのようにするべきかという質問を行った。「即時停止」「現行法規通り運用」「停止させ安全審査を行う」の三択だった。回答数不明だが、順に19.7%、61.6%、19.7%だった。】
関連記事
-
前橋地裁判決は国と東電は安全対策を怠った責任があるとしている 2017年3月17日、前橋地裁が福島第一原子力発電所の原発事故に関し、国と東電に責任があることを認めた。 「東電の過失責任」を認めた根拠 地裁判決の決め手にな
-
チェルノブイリ原発事故の後で、強制避難の行われた同原発の近郊に避難後に戻り、生活を続ける自主帰還者がいる。放射能が危険という周囲の見方と異なり、その人たちは総じて長生きであり、自分では健康であると述べている。
-
中国が南シナ海の実行支配を進めている。今年7月12日に南シナ海を巡り、フィリピンが申し立てた国際的な仲裁裁判で、裁判所は中国が主張する南シナ海のほぼ全域にわたる管轄権について、「中国が歴史的な権利を主張する法的な根拠はない」などと判断し、中国の管轄権を全面的に否定した。
-
2017年3月22日記事。東京電力ホールディングス(HD)は22日、今春に改定する再建計画の骨子を国と共同で発表した。他社との事業再編や統合を積極的に進める方針を改めて明記した。
-
日本の電力料金は高い、とよく言われる。実際のところどの程度の差があるのか。昨年8月に経済産業省資源エネルギー庁がHPに掲載した資料によれば、為替レート換算、購買力平価換算とも2000年時点では、日本の電力料金は住宅用・産業用とも他国と比較して非常に高かった。
-
基数で4割、設備容量で三分の一の「脱原発」 東電は7月31日の取締役会で福島第二原発の全4基の廃炉を正式決定した。福島第一原発事故前、我が国では54基の原発が運転されていたが、事故後8年以上が経過した今なお、再稼働できた
-
WNN(世界原子力通信)9月12日記事。英語。原題は「Iran and Russia celebrate start of Bushehr II」イランのブシェール原発の工事が始まった。ロシアのロスアトムの支援で、工事費は2期で約100億ドルの見込み。完成時期は24年と26年。イラン核合意で、原発建設が再始動した。
-
原子力発電は「トイレの無いマンション」と言われている。核分裂で発生する放射性廃棄物の処分場所が決まっていないためだ。時間が経てば発生する放射線量が減衰するが、土壌と同じ放射線量まで減衰するには10万年という年月がかかる。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間