「民意」の実像はいかがわしい-川内原発での反原発「市民」団体の行動

九州電力の川内原発が7月、原子力規正委員会の新規制基準に適合することが示された。ところがその後の再稼働の道筋がはっきりしない。法律上決められていない「地元同意」がなぜか稼働の条件になっているが、その同意の状態がはっきりしないためだ。
そして、その民意がゆがめられている。反原発団体が、川内原発の立地する鹿児島県内で活動し、「世論」と称する現象を作ろうとしている。私は現地に取材に行っていないが、現地鹿児島の会社員、団体職員、メディア関係者に話を聞く機会があったので、状況を紹介したい。
世論は「反対」、現地は賛成
毎日新聞が7月に全国の原発の立地自治体に原子力政策をめぐるアンケートを行った。鹿児島県の川内原発の周辺自治体では、9市町村のうち3市町村が再稼働に賛成、残りは無回答だった。(記事)
朝日新聞の7月の世論調査では、全国で川内原発の再稼働の反対が「59%」になった。(記事)
原子力をめぐる厳しい意見が多く、また賛否を自治体が示すことは政治的に難しい問題であることがうかがえる。民意は尊重すべきだろう。しかし、稼働に「賛成」「反対」という単純な質問をされれば、「反対」という意見に傾くことは当然だ。世論調査の質問の仕方がおかしい点がある。
一方で川内原発の地元の薩摩仙台市では、12年10月の市長選(投票率70.3%)で、再稼働容認を打ち出した岩切秀雄氏が、脱原発を打ち出す対立候補を4万4818票対9978票の大差で破って当選した。これも民意だろう。
同市の資料によれば、薩摩仙台市では2010年度に原発の電源立地地域対策交付金で、約13億円の事業を行った。同市の同年度予算517億円から比べると一部だが、市民生活をある程度、うるおしている。
また原発は、13ヵ月に一度の定期検査とそのときに行う工事で、原発1基当たり1ヶ月で約1000人が訪れ、周辺地域に数億円の経済効果があるとされる。原発が長期停止すると地元が経済的な打撃を受ける。薩摩川内市でも、地元の旅館、飲食店などの企業は「早く稼働してほしい」という意見で一致しているそうだ。
こうした原発によって立地自治体にもたらされる金銭上の利益を多くの人が批判する。「金で民意を動かす」という批判は、妥当な面がある。しかし、そうした断罪は合っている面があっても他人の生活を考えない、軽薄な、空理空論の側面があるように筆者は思う。原子力発電の利益を配分する仕組みが作られ、経済体制がそれで回り、人々の生活の一部を支えている。もちろん、その現実を全面的に肯定するわけではないが、全否定もできないだろう。その現実を無視し、いきなり中断する現在の原発の長期停止は、混乱と損害だけを生んでいるのだ。
怪しげな団体がつくる民意
7月に原子力規制委が、審査の内定を出してから1カ月に数回、鹿児島市内で大規模な反原発集会が、開かれているという。最初の再稼働の認定になったので、目の敵にされているらしい。しかし東京のメディアの支局記者に聞くと、「県外から政治団体が集結しているだけのよう。原発反対を名目に『反安部政権』を叫んでいる」いう。反原発団体は、「集会の規模は数千人」と県庁の記者クラブに告知するが、実際は100人前後のことが多いそうだ。
6月の鹿児島市内での集会を産経新聞は伝えている(「反原発運動で過激派暴走 距離置く住民」)「ストップ再稼働!3・11鹿児島集会実行委」が主催とする集団には、「アジア共同行動・日本連絡会議」「鹿児島大学共通教育学生自治会」「革共同革マル派九州地方委員会」など、極左団体が参加した。
そして 「〈反ファシズム統一戦線〉を構築し安倍ネオ・ファシスト政権打倒に向けて前進せよ」「反戦反安保・改憲阻止の闘いを日本の原発・核開発に反対する闘いと同時的に推進し、ファシズムに対抗する労働者・学生・市民の大きな団結を創造しよう」などという文言のアジビラが配られていたという。
薩摩川内市の会社員によると、「鹿児島から出張する反原発派の街宣車が夏にうるさかった。ところが地元が原発の再稼働を支持している人が多いためか、隣の串木野市に行った」という。6月に串木野市民3万人の半数になる1万5000人分の署名を反原発団体有志と称する人々が提出した。前述の産経記事では、署名するまで高齢者宅に居残る、保育園児を含めた署名を母親にさせる市民団体の異常な行動が報告されている。これは、ほとんどメディアで報道されない。
現地を知らない東京の反対論
川内原発は、新規制基準に合致した。しかし認定の後で、今の反原発派の攻め手は「火山」だ。長野県の御嶽山の噴火にからめて危険を主張する。鹿児島県以外の人から見ると、同県は活火山の桜島のイメージが強く、それに引きずられているようだ。
しかし薩摩川内市のある住人はこの批判を笑った。「川内原発が桜島の噴火に巻き込まれたら、九州が消滅するときだ」。地図を見れば一目瞭然だが、桜島から川内原発まで約50キロで山地が間にある。そこまでの火砕流がある大規模爆発はおそらく周辺が消滅してしまうほどの破局的な災害だ。
3万年ほど前に姶良(あいら)カルデラと呼ばれる鹿児島湾北部をつくった大爆発があったとされる。しかし、そうした数万年に1度のリスクを強調するなら、そのために南九州全域の無人化を考えなければならない。それのみ騒ぐのはリスク感覚がおかしい。原発の反対理由を無理に作っているのだろう。

民意より、「ルール作り」と適用を
こうした、つくられた「民意」に右往左往させられる九州電力、そして地元自治体の負担は大変なものだ。民意が正しく、冷静に対話ができるものならまだいい。しかし、今示されている「民意」とは、感情的であり、県外の政治活動家が騒擾のために、作り出そうとしているものだ。
感情的な一人一人の身勝手な専断から人々を解放することが、文明社会でつくられてきた「法の支配」の考えではなかったか。そもそも原発を稼働させるためのルールは関係法で定まっている。その中に、「地元同意」などは定められていない。誰が決めたわけではなく、「空気」が原発の再稼働を止めているのだ。ここで言う空気とは、日本特有の状況を動かしてしまうその場の集合意思と同調圧力である。
もちろん福島第一原発事故の結果、原発への不信感が広がった。そして日本での原発の運用と政策には多くの問題があることも浮き彫りになった。民意は尊重されるべきだし、問題は是正されていかなければならない。しかし、そうだとしても原発の運用を「民意」だけで決め手はいけないはずだ。
原発の停止で、日本は年間3兆6000億円の燃料費の追加負担をしている。川内原発のように、ゆがんだ民意を聞いていたら、再稼働はいつまでもできなくなるだろう。それは日本経済を弱らせ、国民の生活に電力料金上昇の形で負担を加える。
そもそも、国民の多数は、原発の即時廃止などを支持していない。それを表明する政党は選挙に勝てない。行政上、法律上、一度もそれを正式に決定していない。
この混乱を日本中の原発で繰り返すのであろうか。実態のない「民意」を恐れるのではなく、ルール作り、その実行という当たり前の行政活動を政府が行うべきだ。
そして、私たち一般市民にもこの状況を作り出した責任がある。こうした過激派やメディアのつくるおかしな民意を、はねつけるべきだ。そして事実に基づく冷静な合意を積み重ねる必要がある。
(2014年10月27日掲載)

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