原発ゼロは将来世代への「代表なき課税」
原子力規制委員会は、運転開始から40年が経過した日本原子力発電の敦賀1号機、関西電力の美浜1・2号機、中国電力の島根1号機、九州電力の玄海1号機の5基を廃炉にすることを認可した。新規制基準に適合するには多額のコストがかかるので、今後も再稼動できないまま廃炉になる原子炉が出るだろう。
世界的にも、原子力産業には逆風が吹いている。東芝の経営は原子力で破綻し、フランスのアレバも経営危機に直面している。「原発は安全コストを含めると高い」といわれるが、そのコストの大部分は政治的な要因である。
確かに古い原発は危険だ。福島第一原発事故も、老朽化した原子炉を40年を超えて運転したことが原因だったと指摘されている。今回の5基の中でも、日本原電は廃炉を織り込みずみだったと思われるが、その他はまだ使える。世界的には、60年使うのが普通になっている。一律に廃炉にする「40年ルール」には、技術的な根拠がない。
原発を廃炉にすることが望ましい基準は二つある。一つは運転の費用が便益を上回ることだ。美浜の場合、1基を停めることで1日1億円が失われているとすると、1年早く廃炉にすると、2基で720億円が失われ、これは電気代に転嫁される。それに見合う「廃炉の便益」はあるだろうか。
もう一つは原発の安全性だが、美浜1・2号機が福島第一と同じぐらい危険だとしても死者は出ない。チェルノブイリと同じだとしても、国連の推定では死者は60人。最大限の推定(中間集計)をとっても4000人だから、全世界で80人/年である。多くの国際機関が指摘しているように、もっとも危険な電力源は石炭火力なのだ。
WHOの推定では全世界で毎年650万人が大気汚染で早期死亡しているが、その1割以上が石炭火力によるものと推定されている。日本でも、グリーンピースによると「東京・千葉エリアで年間260人が石炭火力で早期死亡」しているそうだ。この1/100としても、チェルノブイリよりはるかに多い。これは気候変動のリスクを含んでいないが、それを含めると原子力の優位性は圧倒的に大きい。
このように原子力は安くてクリーンなエネルギーだが、現実には政治的リスクが非常に大きく、政府も逃げ回るので、電力会社は今後、原発を新設しないだろう。「脱原発」などという目標を掲げなくても、2040年ごろにはほとんどゼロになる。そのころ電気代はどうなるだろうか。

2040年までの電力料金(出所:大和総研)
大和総研の推定によると、原発を再稼動しないですべて止める「原発ゼロ」シナリオの場合、産業用の電力料金は図のように2030年には2010年の2倍近くになり、製造業はほとんど国内では成り立たないだろう。原発が再稼働する「ベースシナリオ」でも1.5倍である。
20年後には中国やロシアの原子力開発が進み、世界の原子力産業の中心になるだろう。彼らはよくも悪くも、地元対策や安全対策のコストが低いので、電気代は日本より安くなる。製造業は海外移転すればいいが、成長率が下がって雇用は失われる。再生可能エネルギーは、さらにコストが高く、火力のバックアップを必要とする。
原発ゼロは将来世代への逆進的な「課税」であり、低所得者ほど負担が大きくなる。彼らが原発を止めて貧しくなることを選択し、それを代表する国会議員がゼロにするならいいが、将来世代には代表権がない。このままなし崩しにゼロにすると、日本から原子力技術が失われ、この変化は不可逆になる。それでいいのだろうか。
関連記事
-
都知事選では、原発を争点にすべきではないとの批判がある。まさにそうだ。都知事がエネルギー政策全体に責任を持てないし、立地自治体の首長でもないから、電力会社との安全協定上の意見も言えない。東電の株主だと言っても、原発は他の電力会社もやっている。
-
2022年にノーベル物理学賞を受賞したジョン・F・クラウザー博士が、「気候危機」を否定したことで話題になっている。 騒ぎの発端となったのは韓国で行われた短い講演だが、あまりビュー数は多くない。改めて見てみると、とても良い
-
苦しむドイツ ウクライナ紛争に伴ったロシア制裁と、その報復とみられるロシアによる欧州への天然ガス供給の縮小により、欧州の天然ガス価格は今年に入って高騰を続け、8月半ばには1メガワットあたり250ユーロと、3月の水準から約
-
引き続き、2024年6月に米下院司法委員会が公表した気候カルテルに関する調査報告書についてお届けします。 (前回:「ESGに取り組まないと資金調達ができない」はフェイクだと米下院が暴露) 今回は少しだけ心温まるお話をご紹
-
環境教育とは、決して「環境運動家になるよう洗脳する教育」ではなく、「データをきちんと読んで自分で考える能力をつける教育」であるべきです。 その思いを込めて、「15歳からの地球温暖化」を刊行しました。1つの項目あたり見開き
-
G7エルマウサミット開幕 岸田総理がドイツ・エルマウで開催されるG7サミットに出発した。ウクライナ問題、エネルギー・食糧品価格高騰等が主要なアジェンダになる。エネルギー・温暖化問題については5月26〜27日のG7気候・エ
-
日米原子力協定が自動延長されたが、「プルトニウムを削減する」という日本政府の目標は達成できる見通しが立たない。青森県六ヶ所村の再処理工場で生産されるプルトニウムは年間最大8トン。プルサーマル原子炉で消費できるのは年間5ト
-
日本の原子力の利用は1955年(昭和30年)につくられた原子力基本法 を国の諸政策の根拠にする。この法律には、原子力利用の理由、そしてさまざまな目的が書き込まれている。その法案を作成した後の首相である中曽根康弘氏が当時行った衆議院での演説を紹介したい。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間















