米国のパリ協定離脱問題をめぐって

2017年05月28日 16:20
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東京大学大学院教授
首脳集合写真撮影(首相官邸HPから:編集部)

首脳集合写真撮影(首相官邸HPから:編集部)

G7では態度表明せず

トランプ政権はイタリアのG7サミットまでにはパリ協定に対する態度を決めると言われていたが、結論はG7後に持ち越されることになった。5月26-27日のG7タオルミーナサミットのコミュニケでは「米国は気候変動及びパリ協定に関する自国の政策を見直すプロセスにあるため,これらの議題についてコンセンサスに参加する立場にない。米国のこのプロセスを理解し,カナダ,フランス,ドイツ,イタリア,日本及び英国の元首及び首脳並びに欧州理事会及び欧州委員会の議長は,伊勢志摩サミットにおいて表明されたとおり,パリ協定を迅速に実施するとの強固なコミットメントを再確認する」との表現となった。トランプ大統領はサミット後、「パリ協定に関する結論を来週(5月29日の週)に行う」とツイートした。

米政権内のバトル

政権内でスティーブン・バノン上席戦略官、スコット・プルイットEPA長官等がパリ協定からの離脱を主張している一方、レックス・ティラーソン国務長官、イヴァンカ・トランプ氏及びジャレット・クシュナー大統領上級顧問が残留を主張しているという構図があることについては、3月23日の記事で述べたとおりだ

5月初めには政権内で離脱派が優勢に立っているとの観測記事も出たが、筆者が5月中旬にボンの気候変動交渉会合である米国関係者から話を聞いたところ、一時、土俵際に追い詰められた残留派が盛り返し、50:50の状態になっているという。彼によれば「ホワイトハウス内で離脱派が優勢になったため、残留派がそれをプレスにリークし、結果としてパリ協定残留に向けたプレッシャーが高まった」という。

事実、この報道が出てから各方面から米国のパリ協定残留を促すコメントや声明が出ている。米国ビジネス界ではアップル、BP、グーグル、マイクロソフト、シェル、ユニリーヴァ等のCEOが連名でレターを発出し、パリ協定残留を訴えている。また5月に就任したマクロン仏大統領はトランプ大統領との電話会談でパリ協定残留を強く働きかけたという。G7サミットでも各国首脳からトランプ大統領に対してパリ協定残留を働きかけたが、米国は検討中との態度を崩さず、上記のように主語が「我々は」ではない異例のコミュニケとなった。

パリ協定の目標下方修正は可能か

パリ協定からの離脱の是非をめぐる大きな論点は「パリ協定の下で目標の下方修正は可能なのか」というものである。トランプ政権は残留派も含め、オバマ政権の出した2025年までに2005年比▲26-28%減という削減目標は撤回すべきであるとのポジションだ。そうした中で離脱派は「パリ協定第11条第4項では A Party may at any time adjust its existing nationally determined contribution with a view to enhance its level of ambition と規定されている。目標見直しは上方修正のみ可能であり、下方修正は許されない。トランプ政権はクリーンパワープランを含め、オバマ政権の温暖化対策を大幅に弱めつつあり、オバマ目標を維持したままでパリ協定に残留していると国内での訴訟リスクを招く」と主張している。

しかし、1980年代の終わりから国務省で一貫して温暖化交渉に関与し、パリ協定策定にも深く関与したスーザン・ビニアーズ元国務省法律顧問は「パリ協定は注意深く作られており、締約国が目標をどのように見直そうとそれを禁ずるものではない。またパリ協定には自力執行力のある(self-executing)条約ではなく、パリ協定実施のための国内法が無い限り、各国の国内政策をいかなる意味でも拘束するものではない」と述べている。これまでの交渉経緯を振り返れば、このビニアーズ顧問の解釈に理がある。離脱派の解釈に従えば、一度、目標を提出したら、それが下限値として拘束力を持つことになってしまい、ボトムアップを旨とするパリ協定の趣旨に反するからだ。

目標見直しの解釈は日本にも関連

このパリ協定の解釈は日本にとっても決して無関係ではない。日本はパリ協定に先駆けて2030年までに2013年比▲26%という目標を提出した。これは電力需要が自然体から▲17%、総発電量に占める再エネのシェアが22-24%、原子力のシェアが20-22%というエネルギーミックスを前提としたものである。この目標の実現可能性はあげて原子力発電所の再稼動や運転期間の延長が着実に進むか否かにかかっている。仮に原発の再稼動が新規制基準への適合性審査の遅れや運転差し止め訴訟等により大幅に遅れることとなれば、再エネや省エネを大幅に上積みしない限り目標が達成できなくなる。この場合、電力コストが大幅に上昇し、日本経済や産業競争力に深刻な影響が出ることとなろう。状況如何によっては目標の下方見直しの可能性も論理的可能性として排除できない。「一度出した目標は何があっても下方修正できない」との解釈で米国がパリ協定を離脱することは、日本にも影響を及ぼすのである。

トランプ大統領のツイートに従えば、今週中には米国がパリ協定残留・離脱を決めることになる。パリ協定の最大の特色は全員参加を確保するための現実的なボトムアップのフレームワークであるということだ。米国が誤った解釈に基づいて離脱することで、おかしな前例ができないよう望みたいものである。

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