革命的な変化は「ガソリン車からEVへ」ではない
JBpressの記事は、今のところ入手可能な資料でざっとEV(電気自動車)の見通しを整理したものだが、バランスの取れているのはEconomistの予想だと思う。タイトルは「内燃機関の死」だが、中身はそれほど断定的ではない。特に重要なのは、次の部分である。
Electric propulsion, along with ride-hailing and self-driving technology, could mean that ownership is largely replaced by “transport as a service”, in which fleets of cars offer rides on demand. On the most extreme estimates, that could shrink the industry by as much as 90%.
本質的な変化は「内燃機関からEVへ」ではなく、自家用車がウーバーのような配車サービス、TaaS (Transport as a Service)に置き換わることだ。自家用車は、きわめて効率の悪い乗り物である。アメリカでも19世紀には鉄道が主要な乗り物だったが、自動車メーカーと石油資本が政治力で鉄道をつぶした。アメリカの田舎ではタクシーも拾えないので、遠いバス停まで行ってめったに来ないバスに乗るしかない。
これに対して日本のように公共交通機関の発達した国では、電車とバスでほとんどの用は足りる。地方ではタクシーを使えばいい。毎日1000円タクシーを使っても、年間36万円。自家用車の維持費より安い。週末の家族旅行はレンタカーで十分だ。もっている時間の3%しか使わない自家用車を「所有」する意味はないのだ。
これまで車の共有は不便だったが、TaaSの発達で飛躍的に楽になった。これはEVや自動運転とともに発達し、コストは60%以上さがり、アメリカでは2030年までに90%以上の自家用車がTaaSに置き換わる、というのが楽観的なコンサルの予想である。
この予想はインフラや規制の問題を軽視している。充電インフラがないとEVは普及しないし、自動運転のためには道路インフラの全面的な改修が必要だ。しかしTaaSの普及はそれとは独立の問題である。最大の障害は規制だが、それさえ乗り超えれば、内燃機関のままでもエネルギー効率は8倍になり、大気汚染もCO2排出量も大幅に減る。
問題は、TaaSが増えて自動車の生産が減ると、日本の製造業の最大の柱である自動車産業の規模が縮小することだ。自家用車はインフラの乏しい発展途上国の乗り物になるので、グローバルな規模は維持できるだろうが利益も減るだろう。
もちろん自家用車のコストが減っただけ可処分所得は増えるが、過渡的にはかなり大きな雇用の喪失が出ることは避けられない。自動車関連産業の労働力はTaaSの運転手に移行するしかないが、これも自動運転が実用化すればなくなる。
だから自動車業界やタクシー業界は、「安全性」を理由にしてTaaSの規制強化を求めるだろうが、それはゆるやかな死に至る道である。日本が世界一の競争力を誇った原子力産業が不合理な「安全規制」で没落したように、自動車産業とともに日本の製造業が没落するのも一つの運命かもしれない。
追記:稀少金属リチウムの埋蔵量が話題になっているが、Economistの推定では2億1000万トンで、今後も増える。これは現在の年間使用量18万トンの1000倍以上で、少なくとも物理的な枯渇を心配する埋蔵量ではないようだ。

関連記事
-
米国では温暖化対策に熱心なバイデン政権が誕生し、早速4月22日に気候サミットを主催することになった。これに前後してバイデン政権は野心的なCO2削減目標を発表すると憶測されている。オバマ政権がパリ協定合意時に提出した数値目
-
GEPRの運営母体であるアゴラ研究所は映像コンテンツである「アゴラチャンネル」を提供しています。4月12日、国際環境経済研究所(IEEI)理事・主席研究員の竹内純子(たけうち・すみこ)さんを招き、アゴラ研究所の池田信夫所長との対談「忘れてはいませんか?温暖化問題--何も決まらない現実」を放送しました。 現状の対策を整理し、何ができるかを語り合いました。議論で確認されたのは、温暖化問題では「地球を守れ」などの感情論が先行。もちろんそれは大切ですが、冷静な対策の検証と合意の集積が必要ではないかという結論になりました。そして温暖化問題に向き合う場合には、原子力は対策での選択肢の一つとして考えざるを得ない状況です。
-
透明性が高くなったのは原子力規制委員会だけ 昨年(2016年)1月実施した国際原子力機関(IAEA)による総合規制評価サービス(IRRS)で、海外の専門家から褒められたのは組織の透明性と規制基準の迅速な整備の2つだけだ。
-
「脱炭素へ『ご当地水素』、探る地産地消・・強酸性温泉や糞尿から生成」との記事が出た。やれやれ、またもやため息の出るような報道である。 1. 廃アルミと強酸性温泉水の反応 これで水素が生成するのは当たり前である。中学・高校
-
はじめに 台湾政府は2017年1月、脱原発のために電気事業法に脱原発を規定する条項を盛り込んだ。 しかし、それに反発した原発推進を目指す若者が立ち上がって国民投票実施に持ち込み、2018年11月18日その国民投票に勝って
-
ICRP勧告111「原子力事故または放射線緊急事態後における長期汚染地域に居住する人々の防護に対する委員会勧告の適用」(社団法人日本アイソトープ協会による日本語訳、原典:英文)という文章がある。これは日本政府の放射線防護対策の作成で参考にされた重要な文章だ。そのポイントをまとめた。
-
2025年7月15日の日本経済新聞によると、経済産業省は温泉地以外でも発電できる次世代型の地熱発電を巡り、経済波及効果が最大46兆円になるとの試算を発表した。 次世代地熱発電、経済効果は最大46兆円 経産省が実用化に向け
-
EUのエネルギー危機は収まる気配がない。全域で、ガス・電力の価格が高騰している。 中でも東欧諸国は、EUが進める脱炭素政策によって、経済的な大惨事に直面していることを認識し、声を上げている。 ポーランド議会は、昨年12月
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間