廃炉の「主体」を明確化せよ

2018年05月29日 22:00
アバター画像
アゴラ研究所所長

産経新聞によると、5月18日に開かれた福島第一原発の廃炉検討小委員会で、トリチウム水の処理について「国の方針に従う」という東電に対して、委員が「主体性がない」と批判したという。「放出しないという[国の]決定がなされた場合、東電はどうするつもりなのか」と問い詰めたのはもっともだが、廃炉の主体は東電なのだろうか。

膠着状態が続いている原因は、規制委員会にもある。田中俊一前委員長は「薄めて流すしかない」という方針をかねてから表明しており、これについて東電の川村会長が昨年7月に「大変助かる。委員長と同じ意見だ」と語ったと共同通信が伝えたことに田中委員長が激怒し、「私の名前を使って言うのは、はらわたが煮えくり返る」などと批判した。

このときも田中氏は「東電の主体性が見えない」とか「県民と向き合っていない」と批判し、「『経産省が決めない』とか『国が決めたのに従う』とか、誰かのせいにしたり、私を口実にするとかは、私どもが求めていた『向き合う姿勢』とは違うんです」と記者会見で語ったが、今の東電にそんな経営の決定権があるのだろうか。

川村氏が会長をつとめた日立製作所なら、意思決定の基準は明確だ。最終的な決定権は株主にあり、彼らの利益を最大化するように決定することが経営者の義務である。しかし今の東電は、原子力損害賠償・廃炉等支援機構から出資を受ける政府の子会社のようなものだ。川村氏は、その結果に全責任を負うことができない。

もしも今、東電が「トリチウム水を薄めて流す」と決めたら、また漁協が反対し、マスコミが大騒ぎするだろう。漁協には拒否権はないが、「風評被害」に配慮しないと東電は、今後21兆円以上にのぼる廃炉費用に国の支援が受けられなくなるおそれがある。「半国営」の東電の主体性は、すでに失われているのだ。

この問題の解決策は一つしかない。東電の経営と廃炉を切り離し、廃炉について意思決定を行い責任を負う「主体」を明確にすることだ。それが企業の破綻処理の常識であり、事故の直後から多くの専門家が(私を含めて)提唱してきたことである。廃炉の決定も責任も「BAD東電」に分離するしかない。

その経営主体をどうするかについては、いくつかの考え方があるが、BAD東電の現在価値は大きなマイナスなので、何らかの形で国有化することは避けられない。福島第一だけを切り離すことは政治的にむずかしいので、東日本の電力会社の原子力部門を国が買収する「原子力公社」もありうる。

東電をスケープゴートにして問題を先送りしていると、また大地震が来たら1000基に及ぶ貯水タンクが決壊し、第二の福島第一原発事故が起こる可能性もある。政府も東電も「安全神話」を捨てるときだ。

This page as PDF

関連記事

  • IPCCは10月に出した1.5℃特別報告書で、2030年から2052年までに地球の平均気温は工業化前から1.5℃上がると警告した。これは従来の報告の延長線上だが、「パリ協定でこれを防ぐことはできない」と断定したことが注目
  • “ドイツのソフトな全体主義化”。陰謀論だと言われることは承知の上で、随分前からこの問題に言及してきた。ドイツで起きる出来事を真剣に定点観測するようになってすでに20年あまり、政治や世論の転換前の兆候として、メディアで使わ
  • ただ、当時痛切に感じたことは、自国防衛のための止むを得ぬ戦争、つまり自分が愛する者や同胞を守るための戦争ならともかく、他国同士の戦争、しかも大義名分が曖昧な戦争に巻き込まれて死ぬのは「犬死」であり、それだけは何としても避けたいと思ったことだ。
  • IPCCの報告が昨年8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 大雨についてはこのシリーズでも何度か書いてきたが、今回は
  • IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 IPCC報告には地球の平均気温がぐんぐん上昇しているとい
  • シェブロン、米石油ヘスを8兆円で買収 大型投資相次ぐ 石油メジャーの米シェブロンは23日、シェールオイルや海底油田の開発を手掛ける米ヘスを530億ドル(約8兆円)で買収すると発表した。 (中略) 再生可能エネルギーだけで
  • 「2050年のカーボンニュートラル実現には程遠い」 現実感のあるシナリオが発表された。日本エネルギー経済研究所による「IEEJ アウトルック 2023」だ。(プレスリリース、本文) 何しろここ数年、2050年のカーボンニ
  • 次世代の原子炉をめぐって、政府の方針がゆれている。日経新聞によるとフランス政府は日本と共同開発する予定だった高速炉ASTRIDの計画を凍結する方針を決めたが、きのう経産省は高速炉を「21世紀半ばに実用化する」という方針を

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑