原発のテロ対策工事で運転を停止する必要はない
原子力規制委員会は24日、原発の「特定重大事故等対処施設」(特重)について、工事計画の認可から5年以内に設置を義務づける経過措置を延長しないことを決めた。これは航空機によるテロ対策などのため予備の制御室などを設置する工事だが、予定より大幅に遅れ、5年の期限内に工事が終わらない見通しだ。

NHKニュースより
このため電力会社が経過措置を延長するよう要望していたが、規制委員会が延長しない方針を決めたため、図のように最大13基の原発に影響が出る見通しだ。この決定をNHKは「運転の停止を命じることを決めました」と報じているが、これは誤りである。
いま安全審査の終わっていない原発が止まっているのは、規制委員会が停止を命じたからではない。2013年に田中私案という非公式のメモで「規制の基準を満たしているかどうかの判断を、事業者が次に施設の運転を開始するまでに行うこととする」と決めたからだ。
これは停止命令ではなく、規制委員会が規制基準に適合しないと判断しただけだ。安念潤司氏も指摘するように、原子炉等規制法では安全審査は運転と並行して行う制度設計になっており、規制基準と運転をリンクさせた田中私案は誤りだ。これが再稼働問題の混乱する原因である。
もともと規制委員会は「再稼働の認可」をしているわけではない。政府答弁でも、「発電用原子炉の再稼働を認可する規定はない」と明言しているが、田中私案で両方を混同したため、規制委員会が規制基準に適合すると認めるかどうかが事実上の再稼働の基準になってしまった。
特重はバックアップ施設なので、工事は本体の原子炉を運転しながらできる。たとえ5年の経過措置が終わっても、運転を停止する技術的な必然性はないのだ。まして規制委員会が運転停止を命令する必要はない。
法的には、規制委員会は原子炉の停止命令を出すことができる(原子炉等規制法43条の3の23)が、日本では前例がない。命令に対して電力会社が行政訴訟を起こしたら、国が敗訴するおそれが強い。規制委員会は従来のように「規制基準に不適合」という判断を示して自発的な停止を求めるのだろうが、電力会社が従わない可能性もある。
この問題については安倍政権が「原子力規制委員会が世界で最も厳しいレベルの新規制基準に適合すると認めた原発のみ、地元の理解を得ながら再稼働を進める」という方針を決めたが、これには法的根拠がない。内閣が「緊急性のない施設については運転しながら規制基準に適合させる」と決めれば、原発は動かせるのだ。

関連記事
-
IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 正直言ってこれまでの報告とあまり変わり映えのしない今回の
-
言論アリーナ「地球温暖化を経済的に考える」を公開しました。 ほかの番組はこちらから。 大停電はなぜ起こったのかを分析し、その再発を防ぐにはどうすればいいのかを考えました。 出演 池田信夫(アゴラ研究所所長) 諸葛宗男(ア
-
オーストラリア海洋科学研究所が発表した、グレートバリアリーフのサンゴの被覆面積に関する最新の統計は、グレートバリアリーフの滅亡が間近に迫っているという、60年にわたる欠陥だらけの予測に終止符を打つものだ ピーター・リッド
-
ESGもSDGsも2021年がピークで今は終焉に向かっていますが、今後「グリーンハッシング」という言葉を使ってなんとか企業を脱炭素界隈にとどめようとする【限界ESG】の方々が増えそうです。 誠実で正直な情報開示や企業姿勢
-
元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 5月26日、参議院本会議で「2050年までの脱炭素社会の実現」を明記した改正地球温暖化対策推進法(以下「脱炭素社会法」と略記)が、全会一致で可決、成立した。全会一致と言うことは
-
横浜市が市内の小中学校500校のうち65校の屋根にPPAで太陽光発電設備を設置するという報道を見ました。記事からは分かりませんが、この太陽光パネルの製造国はどこなのでしょう。 太陽光発電、初期費用なしPPAが設置促す 補
-
近年、再生可能エネルギー(再エネ)の主力電源化が推進される中で、太陽光や風力の出力変動に対応するために「火力や原子力をバックアップ電源として使えばいい」という言説が頻繁に見られるようになった。 この「バックアップ」という
-
東京電力福島第一原発の事故処理で、汚染水問題が騒がれている。このコラムで私は問題を考えるための図を2つ示し、以下の結論を示したい。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間