中国の「2060年CO2ゼロ」地政学的な意味②日本はどう対処すべきか

2020年10月02日 17:00
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

>>>『中国の「2060年CO2ゼロ」地政学的な意味①日米欧の分断』はこちら

3. 日米欧の弱体化

今回のゼロエミッション目標についての論評をネットで調べてみると、「中国の目標は、地球温暖化を2℃以下にするというパリ協定の目標と整合的である」、とするものが幾つかある。他方で、「今後も続々と石炭火力発電所を建設する計画がある等、どのようにしてゼロエミッションを達成するのか具体的ではない」という批判もいくつかある。

けれども、これはどちらも中国の指導者にとってはどうでもよいことだろう。

まず、リアリストの彼らだから、2060年ゼロエミッションなど、不可能なことは先刻承知であろう。現在知られている技術でこれを実現することは出来ない。

コロナ禍以前から懸案だった中国の大気汚染(Mackey/flickr)

コロナ禍以前から懸案だった中国の大気汚染(Mackey/flickr)

世界中どこでも、太陽光発電と風力発電と電気自動車に補助金をつければゼロエミッションが達成できると信じる向きがあるが、これは技術も経済も全く分かっていない人の言うことで、馬鹿げている。

ここでのトリックは、2050年ゼロエミッションという、更に実現不可能な目標を、欧州諸国が既に掲げていることである。日米の多くの自治体も、よせば良いのに、これに追随している。そしてこの全てが、具体的な計画など持ち合わせていない、不真面目なものだ。従って「具体的ではない」といって、中国を批判すれば、自分に跳ね返ってくる。

欧州はどうせいつかは約束を反故にするだろうから、中国はそれを厳しく批判した後で、自身もひっそり反故にすればよい。万一、欧州が2050年ゼロエミッションを達成するとしても、それはCO2を出さない技術が安価に利用できるということだから、その10年後にゆっくり達成すればよい。

そして何より、中国もゼロエミッションにすると言ったことで、欧州は引っ込みが付かなくなってしまった。これから巨額の温暖化対策投資を余儀なくされるだろう。これは経済的には自殺であり、欧州の国力は大いに弱まる。米国も、民主党が力を持つようになったら、同じく弱体化するだろう。このようにして敵の世論を利用して重いコストを課することも、「超限戦」の戦術の一つだ。

もちろん中国も、温暖化対策をすればコストはかかる。だが2030年や2060年までは時間があるので、欧州はその間に音を上げるだろう。もし本当にCO2を減らさねばならなくなったとしても、欧州が実現することを10年遅れでやれば良いということで、費用は大幅に少なくて済む。

それだけではない。温暖化対策と言えば、太陽光発電、風力発電、それに最近は電気自動車が流行りである。この何れも、いまや中国が世界最大の産業を有している。欧州が巨額の温暖化投資をするとなると、中国経済は大いに潤うことになるだろう。

2060年ゼロエミッション目標は、どう転んでも、中国には良いことばかりで、悪いことは何もない。

4. 地球温暖化より安全保障を重視すべきだ

中国の指導者が気にしているのは、何よりも共産党独裁体制の維持である。彼らが地球温暖化を本気で心配しているとは思えない。というのは、彼らはリアリストなので、地球温暖化のリスクなど、さほど大きくないことをよく知っていると思われるからだ。

写真AC

写真AC

中国には温暖化予測の計算機実験をホラーとして伝え、自然災害があるごとに温暖化のせいにするメディアが無いので、惑わされることは無い。温暖化対策をしていないといって政府を批判する学者やNGOもいないので、対応する必要も無い。

その一方で彼らは、国益を増進するために、何を言えば自由陣営を分裂させ、弱体化させることが出来るか、よく研究している。今回のゼロエミッション宣言は、自由陣営の弱点を見事に一突きしている。

では日本はどうすれば良いのか?慌てて2050年ゼロエミッション宣言などをすると、術中に嵌ってしまう。それは経済的自殺であり、国力を大きく損ない、日本の基本的価値を危機に陥れることになる。すでに日本は2050年までにCO2の8割削減という努力目標があり、これですら不可能だから、深堀りする必要は無い。

日本にとって最も重要なことは、我が国に迫る安全保障上の脅威は現実かつ重大なものであり、中国にとって日本を含む自由陣営の弱体化は国益であるという事実を直視することである。

そして、それに比べるならば、台風豪雨猛暑等の地球温暖化の環境影響のリスクは小さいことを理解する必要がある。それが温暖化に関する政策と外交を間違えないための基盤となる。

This page as PDF
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

関連記事

  • 脱原発が叫ばれます。福島の原発事故を受けて、原子力発電を新しいエネルギー源に転換することについて、大半の日本国民は同意しています。しかし、その実現可能な道のりを考え、具体的な行動に移さなければ、机上の空論になります。東北芸術工科大学教授で建築家の竹内昌義さんに、「エコハウスの広がりが「脱原発」への第一歩」を寄稿いただきました。竹内さんは、日本では家の断熱効率をこれまで深く考えてこなかったと指摘しています。ヨーロッパ並みの効率を使うことで、エネルギーをより少なく使う社会に変える必要があると、主張しています。
  • 80万トンともいわれる廃棄ソーラーパネルの2040年問題 「有害物質によって土壌や地下水汚染が起きるのではないか?」についての懸念について、実際のところ、太陽光パネルのほとんどは中国製であるため、パネル性状の特定、必要な
  • 福島県内で「震災関連死」と認定された死者数は、県の調べで8月末時点に1539人に上り、地震や津波による直接死者数に迫っている。宮城県の869人や岩手県の413人に比べ福島県の死者数は突出している。除染の遅れによる避難生活の長期化や、将来が見通せないことから来るストレスなどの悪影響がきわめて深刻だ。現在でもなお、14万人を超す避難住民を故郷に戻すことは喫緊の課題だが、それを阻んでいるのが「1mSvの呪縛」だ。「年間1mSv以下でないと安全ではない」との認識が社会的に広く浸透してしまっている。
  • 英国イングランド銀行が、このままでは気候変動で53兆円の損失が出るとの試算を公表した。日本でも日経新聞が以下のように報道している。 英金融界、気候変動で損失53兆円も 初のストレステスト(日本経済新聞) 英イングランド銀
  • 元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 最近流れたニュース「MITが核融合発電所に必要となる「超伝導電磁石の磁場強度」で世界記録を更新したと報告」を読んで、核融合の実現が近いと思った方も多いかと思うが、どっこい、そん
  • 日本政府はGX(グリーントランスフォーメーション)を推進している。GXの核になるのは温室効果ガスの削減、なかでもゼロカーボンないしはカーボンニュートラル(ネットゼロ)がその中心課題として認識されてきた。 ネットゼロ/カー
  • 今年の8月初旬、韓国の電力需給が逼迫し、「昨年9月に起こった予告なしの計画停電以来の危機」であること、また、過負荷により散発的な停電が起こっていることが報じられた。8月7日の電気新聞や9月3日の日本経済新聞が報じる通り、8月6日、夏季休暇シーズンの終了と気温の上昇から供給予備力が250万キロワット以下、予備率が3%台となり、同国で需要想定と供給責任を担う韓国電力取引所が5段階の電力警報のうち3番目に深刻な状況を示す「注意段階」を発令して、使用抑制を呼びかけたという。
  • 日本は「固定価格買取制度」によって太陽光発電等の再生可能エネルギーの大量導入をしてきた。 同制度では、割高な太陽光発電等を買い取るために、電気料金に「賦課金」を上乗せして徴収してきた(図1)。 この賦課金は年間2.4兆円

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑