ゼロカーボンの旗手:N-RHESのメリットと可能性

Ron and Patty Thomas/iStock
共存共栄への可能性
私は再エネ派の人々とテレビ番組やシンポジウムなどで討論や対話をする機会が時々ある。原子力推進派のなかでは稀な部類であると思っている。メディアでもシンポジウムでも、再エネvs.原子力という旧態依然の構図である。そのような機会に「再エネと原子力は共存共栄の道を探り、実現すべきではないか」と言えば、再エネ派からは「ありえない」と一笑に付される。
本当にありえないのだろうか?
実は、共存共栄のアイデアは米国などで提案されている。「原子力–再エネハイブリッドシステム(Nuclear-Renewable Hybrid Energy System: N-RHES)」と呼ばれる注1)。
このシステムの概念では、原子力と再エネの共存共栄への道は3つのケースに分類される。
① 原子力と再エネが強く結合されたケース
② 熱的に結合されたケース
③ 緩く結合された給電のみのケース
である。
ここではケース①について、そのメリットと可能性を紹介し、2050年ゼロカーボン(NetZero注2))に向けて旗手になりうることを伝えたい。
システム構成
原子力と再エネが強く結合されたケース①の概念は図1のようになる。このケースでは、原子力および再生可能エネルギーの各要素は、共通の電力回路で結合されて統合的に制御される。その結果、このシステム全体の電力グリッドへの接続は1つになる。このケースではシステムを統合的に運用することが容易であり、結果的に収益の最適化もしやすい。統合的に運用するには、当然ながら単一の事業者が全体を運営することが望ましい。

図1 原子力と再エネが強く結合されたハイブリッドシステム(N-RHES) ©️Idaho National Laboratory
N-RHESのメリット
図1より、N-RHESのシステムが、変動する再生可能エネルギー源を単独で電源として利用するよりも優れた電気供給システムになることは明らかである。原子力と再エネを組み合わせることで、実質的にゼロカーボンでありながら、家庭、産業、運輸で必要となる電力のみならず熱が安定供給できるようになる道を拓くのである。主たるメリットをまとめると以下のようになる。
- 原子力と再エネのバランスをはかることで、エネルギー生産のコストを低減し、変動性が解消できる。
- 原子炉の運転にほとんど影響を及ぼすことなしに、再エネ電気を含めて給電指令に対応できる。なお、再エネ単独では給電指令に対応できない。
- 現状の原子力発電所は原子炉で発生する熱の約60%を捨てている(廃熱)が、その廃熱を活用すると同時に集光型太陽熱システムや蓄熱システムと統合して、熱を必要とする他の産業分野に供給することができる。
- 余剰の熱や電気を利用して飲料水や水素も製造可能になる。
再エネvs.原子力から協働へ
いいことずくめのようにも思えるが、実際にはこのシステムを使えるものにするには少なからぬ課題がある。例えば、需要と供給のバランスを常に維持しなければ停電に陥るので、発電および熱供給側の各コンポーネントと需要側の各コンポーネント(送電網につながる需要家、処理プラントなど)から時々刻々発生する信号を統合的に処理するシステム開発は必須である。
その問題は最近革新が著しい高速処理のコンピュータやA Iが切り拓いていく可能性が高い。サイバーテロに対する強靭性も当然求められる。
いずれにしても、原子力vs.再エネといういまだに根強くある偏狭で姑息な溝を橋渡しして、再エネと原子力の共存共栄の道を協働して開いていくことが、2050カーボンニュートラルの実現のための近道になるのではないだろうか。
注1)https://www.energy.gov/sites/default/files/2016/06/f32/QTR2015-4K-Hybrid-Nuclear-Renewable-Energy-Systems.pdf
注2) 英語圏ではNetZeroが比較的よく使われている。カーボンニュートラルと明確な使い分けはない。https://www.ecology-plan.co.jp/information/16211/

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筆者は1960年代後半に大学院(機械工学専攻)を卒業し、重工業メーカーで約30年間にわたり原子力発電所の設計、開発、保守に携わってきた。2004年に第一線を退いてから原子力技術者OBの団体であるエネルギー問題に発言する会(通称:エネルギー会)に入会し、次世代層への技術伝承・人材育成、政策提言、マスコミ報道へ意見、雑誌などへ投稿、シンポジウムの開催など行なってきた。
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