変貌するCOPとその行く末

2022年11月29日 06:50
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国際環境経済研究所主席研究員

COP27が終わった。筆者も後半1週間、エジプトのシャルム・エル・シェイクで開催された国連「気候変動枠組条約」締約国会合であるCOPの場に参加してきたが、いろいろな意味でCOPの役割が変貌していることを痛感するとともに、会期を延長して土曜の深夜に合意・採択された決定文書に新たに盛り込まれたロス&ダメージ(損失と損害)に関する条項は、今後このCOP交渉の場に大きな歪や亀裂をもたらすことを予感させている。

dinn/iStock

COP27の様子

先ずCOPの会場であるが、シャルム・エル・シェイクの国際会議場が構える広大な敷地の中に、おびただしい数の巨大な仮設ホールが配置され、その中には締約国各国や国際機関、NGOなどが出展する数多のパビリオンが、それぞれが主催するイベントを行うイベントスペースと、気候変動対策への取り組みをアピールする企業などの展示物を並べるという、日本でいえば年末の「エコプロ展」の様相を呈していた。

日本政府もジャパン・パビリオンで2週間にわたり様々な講演、パネルディスカッションなどのイベントをホストし、その脇では日本企業によるCO2排出削減技術、気候変動への適応技術などの先端的な技術や取り組みが展示され、多くの海外からの来訪者の関心を引いていた。

一方で、本来COP交渉の主役である各国政府交渉団の部屋や、交渉に使われる会議室、総会が行われるプレナリーホールは会場のずっと奥に押しやられ、あまり人が立ち入らない領域になっていた。

従来からもCOPの場は政府間交渉と民間やNGOによる催しのハイブリッドのイベントになりつつあることは感じていたが、このCOP27の会場の構成は、その主役が、政府から民間に、交渉から実践アピールの場に移ったことを象徴している。

その観点では3万6~7千人が参加したとされるCOP27は大いに盛り上がり成功したといえるのだろう。政府を批判するデモ活動が制限された高級リゾート地に何万人もが集まって、お祭り騒ぎをするだけと批判して、グレタ・トゥーベリ女史は参加を拒否したが、国際見本市的イベントへと変貌しつつあるCOPの本質をついているのかもしれない。

さらにCOP27の会場では、主催国エジプトはもとよりUAE、サウジアラビア、インドネシア、インドといった途上国のパビリオンが巨大化していて、おおいに存在感を示していたのに対し、従来COP会場内でも特等地に大きく出展して威容を誇ったEUのパビリオンが大きく縮小し、正直言って存在感が薄れた印象をもった。

ケリー元国務長官を大統領特別補佐官として会期を通して送り込んだ米国は、入り口近くの大きなパビリオンで存在感をアピールしていたのと対照的である。欧州諸国がウクライナ紛争によるエネルギー供給危機と拙速なESG投資による化石資源インフレという国内政治問題に直面し、理想と現実の乖離に苦悩していることを象徴しているように見えたのは筆者だけだろうか。

「ロス&ダメージ」への補償:途上国支援基金を設立へ

今回のCOPで注目すべきは、途上国が長年求めつつも先進国の抵抗で具体化されてこなかった「ロス&ダメージ」への補償のための基金設立について、会期を1日延長する厳しい交渉の末、最終的に合意し、来年のCOP28までにその具体的な建付けや規模等について案をまとめて合意を目指す、という作業計画も設定されたことである。

途上国はこの「気候変動枠組条約」の会議の場において、自分たちは先進国が過去に排出した温室効果ガスによって引き起こされている気候変動による自然災害の被害者であり、フィリピンやパキスタンで発生した深刻な水害や、アフリカの干ばつによる飢饉などについて、「加害者」である先進国が賠償金を支払うべきだと、一貫して主張してきた。

これは昨年のグラスゴーCOP26で英国が展開した、世界全体が気温上昇を1.5℃以内に収めるという目標に野心度を引き上げなければ、今にも地球が破滅して人類の生存の危機を招く、といったキャンペーン(気候変動と今起きている自然災害の因果関係はIPCC報告書などでも必ずしも科学的に立証されていない)のブーメラン効果でもある。

未だ貧しく社会インフラも整わない途上国では、既にそうした気候変動による被害が顕在化しており、先進国が主張するとおり、温室効果ガスがそれを引き起こしているのだとすると、その責任は産業革命以来大量の温室効果ガスを排出しながら経済発展を進める一方で、温暖化に加担してきた先進国が負うべきだ・・というわけである。

従来EUや米国など主要な先進国は、そうした無制限な損害賠償責任を負うことになりかねない「ロス&ダメージ」への資金拠出については否定し、あくまで自国にもメリットのある途上国の削減活動への資金協力と、途上国の経済開発とその裨益にもつながる適応分野への資金協力の範囲に資金問題をとどめる戦略をとってきたのだが、グラスゴーに向けて展開された1.5℃目標への野心度引き上げを促す、終末論的なレトリックを逆手にとられて、「だったら汚染者である先進国が賠償責任を負うべき」という途上国のロジックに説得力を与えることになったのである。

そうした中でも、EUは「ロス&ダメージ」での譲歩と引き換えに途上国、中でも中国やインドなどの新興国の削減野心度の1.5℃目標への引き上げ(2025年排出ピークアウトや石炭火力の段階的廃止等)のコミットを取ろうと、交渉に躍起になったようであるが、結局パリ協定の合意内容を大きく逸脱する後者が受け入れられることはなかった。

ウクライナ紛争が国際秩序に亀裂をもたらす中、COP27での交渉決裂が国際的な気候変動対策の取り組みへのモーメンタムを失わせることを恐れたEUは、結局「ロス&ダメージ」の補償のための新たな資金による基金の設立に妥協し、そのような資金拠出が議会に阻まれることが必至の米国も、最後まで抵抗を示したようだが、最終的にCOP決裂の批判を浴びることを嫌って妥協せざるをえなかったというのが、合意の背景と思われる。

変貌するCOP:世界に新たな対立を生じさせる危険性

しかしこの「ロス&ダメージ」基金は今後の気候変動枠組み条約、ならびにパリ協定の施行に大きな影を投げかけることになるだろう。

先ず先進国からの資金拠出であるが、欧州諸国はコロナ対策に続くウクライナ紛争でのウクライナ支援(難民受け入れを含む)での巨額の政府財政拠出、さらにはその余波としての化石燃料インフレ対策としての際限のない財政支出拡大で、向こう数年間、「新たな資金拠出」どころではなくなるだろう。

米国はそもそも台風や干ばつなど、毎年のように途上国でおきる自然災害に対する気候変動の影響の寄与度がはっきりしない中、事実上無限の賠償責任を負うような「ロス&ダメージ」には強く反対してきたのだが、実際の資金拠出となると同様の理由による議会の超党派による反対に直面して、1ドルも拠出されないという事態も予見される。貯金箱を作ることは決まったものの、その貯金箱はほとんど空っぽのままになりかねない(そうした中で付き合いのよい日本がいったいいくら拠出するのか、少なくとも欧米の動きをよく見て拙速な判断は避けるべきだろう)。

そうなると、今回のCOP27の最大の成果をこの「ロス&ダメージ」と捉えて賞賛する途上国に、先々大きな失望と先進国への不信感をもたらし、国際的な協調的取り組みが必須の前提となる「パリ協定」下での気候変動対策が、機能不全に陥る事態を招きかねない。

一方仮に先進国が苦しい国内財政事情を抱えながらも、何とか一定額を基金に入れて形は整えたとしても、今度はその有限な基金のカネを誰にどのようにして配分するかで途上国間の争いが起きかねない。

例えば今年のようにパキスタンで深刻な水害が起きた場合、復興のために巨額の「賠償金」が必要だとクレームすることになるが、同様の水害がカリブ海の島国でもハリケーンの襲来で起きたとした場合、有限の基金の中からいったいどうやって公平に配分するべきか、また次年度以降にいくら残しておくべきか、といった問題を巡って、すぐにでも補償金が欲しい当事者国と、将来の被害に備えて基金を残しておきたい非当事者国の利害対立が生じて調整が難航するのは必至だろう。

そもそも2024年以降にこの基金に資金拠出されることになったとして、今年起きたパキスタンの水害や数年前に発生したフィリピンの水害が賠償の対象にならないのか?といった、ほとんど解のない議論のパンドラの箱を開けてしまうのではないだろうか。「ロス&ダメージ」は国連の中の南北対立を先鋭化させると共に、南南対立をも喚起しかねない危険な仕組みなのである。

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