原子力規制委員会は「活断層」判断の再考を
原発の地元の嘆き、社会混乱
昨年発足した原子力規制委員会(以下、規制委員会)の活動がおかしい。脱原発政策を、その本来の権限を越えて押し進めようとしている。数多くある問題の中で、「活断層問題」を取り上げたい。
昨年12月10日、規制委員会の専門家チームは日本原電敦賀発電所の原子炉の下に活断層があると報告した。これは事実上の原子炉の廃炉に結びつきかねない。田中規制委員長は、「(活断層か否かが)グレーや黒ならとめていただく」と発言しているためだ。
福井県の敦賀市の知人から同日、次のような電話があった。「こんなこと(廃炉)になれば、多くの失業者を生み、街の活力は削がれる。規制委員会に廃炉を命じる権限があるのですか。大阪万博の頃から一貫して国策を、そして都会の皆さんの生活を支えてきた私たちは、一体これからどうすればいいのですか。規制委員会の言っている科学的根拠もよくわからない。これはまるで弱いものいじめのようでもあり、スケープゴートにされてしまうのではないか」。
同様の混乱と嘆きは、青森県の東北電力の東通原発でも起こっている。不要な混乱を社会に引き起こしているのだ。そしてその判断は恣意的だ。
権限の曖昧さ、審査の妥当性、そして仮に活断層が原子炉近くにあったとしてそれが即座に危険ということに結びつくのか、という3つの問題を指摘する。
法律は活断層の存在で廃炉と決めていない
現行法のもとでは、規制委員会は活断層の有無をもって、既設の原発の停止や廃炉を命じる権限はない。原発と活断層をめぐっては「発電用原子炉建設に関する耐震設計審査指針」(2006年)、それを受けた「発電用原子炉施設の耐震安全性に関する安全審査の手引き」(2010年)という文章を、規制委員会の前身である原子力安全委員会が出しているにすぎない。
そもそも、その「手引き」には以下のように書いてあるだけだ。
「建物・構築物が設置される地盤は、想定される地震力及び地震発生に伴う断層変位に対して十分な支持性能をもつ必要がある。建物・構築物の地盤の支持性能の評価においては、次に示す各事項の内容を満足していなければならない。ただし、耐震設計上考慮する活断層の露頭が確認された場合、その直上に耐震設計上の重要度分類Sクラスの建物・構築物を設置することは想定していないことから、本章に規定する事項については適用しない」(19ページ)。そして、その後に地盤評価の説明が続く。
「想定していない」という記述は、何も規定がないことを示している。メディアで伝えられているように「活断層の上に設置してはならない」という文章はどこにもない。「想定せず」と「禁止」には大きな差がある。規定がなければ、新規定を設けてそれに基づいて判断するか、規定の意図を組んで行政が事業者との合意の上で適用するしかないだろう。
原子力規制委員会が既設の原子炉に対して出来ることはバックフィット(最新の知見に基づく追加的安全対策)の要請であり、その根拠となるのが設置後に明らかになった新知見である。その要請に応じられるかどうかは事業者が判断するのだ。
規制委員会は今年7月までに、安全基準を決め、それで稼動を判断する方針だ。審査に3年以上かかるという。その遅さも問題であるが、この新基準ができる前のいわば「かけこみダメだし」を行うことも間違っている。拙速に判断を下す必要はないのだ。
判断の妥当性への疑問、そして無意味さ
判断は妥当なのかという問題もある。そもそも前述の安全委員会の「指針」では、断層が活断層か否かに関しては、「変動地形学的調査、地表地質調査、地球物理学的調査等を適切に組み合わせて十分な調査を実施した上で総合的に評価する」としている。
12月中旬に規制委員会が敦賀、東通に行った評価の実体は、変動地形学などを専門とする学者5名によるたった2日間の現地調査と2時間の審議に基づいている。つまり、指針がもとめている地表地質調査、地球物理学的調査等をも組み合わせての「十分な調査」も、その上での「総合的評価」も、まったく行われていない。そして事業者からの反論も、受け付けていない。また過去に行政が認可した経緯も精査していない。
一連の判断が正しいか疑問だ。判断の根拠がほとんど示されていないのだ。
そして活断層があれば原子炉は地震の際に壊れるものなのだろうか。ここに一冊の本がある。標題は「活断層とは何か」(東京大学出版会、1996年)。著者のひとりに、当時の東京大地震研究所の教授・島崎邦彦(現規制委員長代理)の名がある。規制委員会の活断層の専門家チームの座長だ。
1995年の阪神・淡路大震災の原因となった活断層とは一体なにかを説いた書である。本書にきわめて印象的な一枚の写真がある。同震災の野島地震断層近傍の家屋(北淡路小倉)とある。本文によれば、写真では、コンクリートの塀で囲まれた住宅の敷地を地表地震断層が横切っている。断層は、鉄筋コンクリートづくりの母屋からわずか数メートル北側をかすめて走っているが、この家屋は基礎を破壊されなかったために倒壊を免れたと解説されている。倒壊を免れたというより、ほぼ原型を止めている。ちなみに、2007年7月の東京電力柏崎刈羽発電所で、新潟県中越沖地震では近くの活断層が動いた。しかし、同原発の原子炉は安全に停止した。
仮に地震があって断層が動いたとしても、そのことが原子炉の安全確保に甚大な影響をおよぼさなければ、規制の目的は満たされるはずだ。原子力事故対策の基本である「止める、冷やす、閉じ込める」の安全確保の3原則が完遂されればよい。
活断層か否かという単純な判断で原発の安全は確保できないのだ。それを机上の議論で認定することで、原発を廃炉にすることは非常に無意味と言える。
混乱を是正する政治介入も
活断層の有無と、原発の安全評価の結果の妥当性は別物である。活断層問題は、安全評価の「入り口論」に過ぎず、その入り口で「活断層である」と門前払いをせんとするのは、安全評価の目的と精神、そして安全文化そのものに真っ向から立ち向かうものである。
規制委員会に課せられているのは、根拠不明の活断層裁定によって原発を止めることでも廃炉にすることでもない。原子力を活用して国民全体の福利を向上することが、原子力政策の目的である。それを安全に運営する事が規制委員会の役割である。しかし現実に規制委員会が行っているのは、恣意的な暴走と目的を満たさない怠慢と言えよう。
政治がこの問題を看過しつづければ、それは責任を問われることになる。規制委員会は独立性を与える代わりに、国会での委員の承認を必要とする。ところが、その承認を得ないまま、昨年9月に民主党政権によって委員長と4人の委員が任命された。その人々の行政手腕と活動内容に疑問がある以上、人事の再検討も行うことは可能だ。
規制委員会にも、政治にも、叡智と胆力をもって、透明性を確保し説明責任を果すことが今求められている。
略歴
澤田 哲生(さわだ てつお)
1957年生まれ。東京工業大学原子炉工学研究所助教。工学博士。京都大学理学部物理科学系卒業後、三菱総合研究所入社、ドイツ・カールスルーへ研究所客員研究員(1989-1991年)をへて東工大へ。専門は原子核工学、特に原子力安全、核不拡散、核セキュリティなど。最近の関心は、社会システムとしての原子力が孕む問題群への取り組み、原子力・放射線の初等中等教育。近著は、「誰も書かなかった福島原発の真実」(2012年、WAC)。
(2013年1月15日掲載)

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