「カーボンニュートラル」という呪文
元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智
「2050年二酸化炭素排出実質ゼロ」を「カーボンニュートラル」と呼ぶ習慣が流行っているようだが、筆者には種々の誤解を含んだ表現に思える。

MichellePatrickPhotographyLLC/iStock
この言葉は本来、バイオマス(生物資源:木材や草、畜糞など)に含まれる有機炭素の起源が、大気中CO2であることから、燃やしても元に戻るだけなので大気中CO2は正味で増えないことを指す。これを拡大解釈して、人間社会からの大気中へのCO2の排出量と吸収量が等しくなる状態を「カーボンニュートラル(CN)」と呼んでいる。
排出「実質」ゼロと言う言葉も、排出を実際にゼロにするのは難しいので、吸収量を見込んだり他国に付け替える(排出権取引)などの手練手管を弄して、見かけ上と言うか、計算上「排出ゼロ」であるかのように見せて「実質ゼロ」と言い張るわけである。しかし、これには問題が多い。
一つは、人間社会からのCO2排出量に対して吸収分とされる量が、現実には極めて小さいことが指摘される。「吸収」の主力は、CCS(Carbon Capture and Storage:CO2を回収・圧縮して海底や地中に埋める技術)と森林吸収分、あとは排出権取引程度しかなく、排出量に比べると微々たる量にしかならない。
CCSはコストもエネルギー消費も伴い、正味で人間社会や環境に利益をもたらすか、相当疑わしい。現実にも、コストの壁が厳しく、環境影響も不明確で実用化されていない。
森林吸収は後述するが、少なくとも日本では実質的な効果が期待できない。後は結局、他国にカネを払って排出を肩代わりしてもらう「排出権取引」しかないが、こんな「辻褄合わせ」で「実質ゼロ」=「カーボンニュートラル」などと称するのは、やめてもらいたい。これは、ほとんど詐欺行為に近い。
さて、本家本元のバイオマスの「カーボンニュートラル」についても、誤解が多い。最近はプラスチックに代わって、紙製品や木綿など、バイオマス製品が環境に優しいエコな素材として取り上げられる機会が増え、その中には、バイオマスは「カーボンニュートラル」の性質があるからと言う宣言文句が多く見られる。バイオマス=カーボンニュートラルと、反射的に連想する人が多いらしく、まるで呪文のように唱えるといった印象である。しかし、これにも種々の問題がある。
まず、バイオマスがカーボンニュートラルである場合と言うのは、自然状態で生えている木や草を刈って燃やすようなケースに限られる。「お爺さんが山へ芝刈りに」行った時代には、確かにカーボンニュートラルと言えた。しかし、木材をチェーンソーで刈り、トラクターで運び工場で加工して木質燃料を作ると、油や電気など外部エネルギーを投入してしまう。この段階ですでに、カーボンニュートラルは成立しなくなる。外部エネルギー投入分だけ、CO2排出量が多いからである。
その意味で、バイオ燃料がカーボンニュートラルと言うのは、全くの誤りである。どんな場合にも製造のために工場で加工しているし、エタノールでは蒸留工程で使われるエネルギーが大きい。
トウモロコシや藻類など、栽培植物を原料とする場合には、肥料・農薬・農業機械や設備などたくさん使うので、投入エネルギーがさらに大きくなり、カーボンニュートラルが成り立たないだけでなく、場合によってはエネルギー収支がマイナスになってしまう。産出される燃料のエネルギーよりも、それを得るために投入したエネルギーが大きくなる場合がそうで、特に珍しいわけではない。
実際、筆者が以前調べて計算した結果では、日本の農産物のほとんどは、生産段階で投入されている人為的エネルギー(燃料・電力等)の方が、収穫された作物の保有エネルギーより大きかった。米や麦のようなエネルギー源の作物でさえそうなのである(無論、太陽エネルギーは投入エネルギーとして算入していない)。温室栽培のメロンやイチゴなどは、投入エネルギーの塊と言ってよく、これらが高価である本質的な理由はそこにある。
さらに言えば、国産と言えども、米や麦は輸入化石燃料で作られ、卵・牛乳・肉類なども、主に輸入飼料で生産されているので、起源をたどれば国産ではない。国内食料自給率は、カロリーベースで37%(平成30年度)などとされているが、実質的に「純国産」のものなど、ほとんどないに等しい。
何が言いたいかと言えば、脱炭素などにうつつを抜かしているヒマは我々にはなく、化石燃料が無くなるまでに、国民が食べて行ける方策を模索しなければならないと言うことである。
その場合、化石燃料の代わりとしてバイオマスに期待するのは、やめてもらいたい。そんなことをすれば、資源がすぐに枯渇してしまう。
バイオマスの利用優先順位を考えると、
- 人間の食料
- 家畜の食料(飼料)
- 化学品原料(木材・紙・繊維その他)
- 燃料
となるはずで、バイオマスは人間社会にとって更新性の資源であり大事に使えば長持ちするが、石油の代わりに使うのは無理である。
バイオ燃料を「カーボンニュートラル」として船や飛行機の燃料にまで使おうとするのは、全くバカげた行為である。藻類からのジェット燃料で飛行機を飛ばすとして、国際便1機を飛ばすのに、どれだけの栽培面積と時間・費用がかかるのか、見積もったら簡単に分かりそうなものである。
森林吸収についても、過度の期待は禁物である。林野庁のHPには、森林の地球温暖化防止機能としてのCO2森林吸収分についての記述があり、36〜40年生スギの年間炭素吸収力を1ヘクタール当り2.4トンと見積もっている。
確かに、若い森林ならば、光合成による固定量から呼吸量を差し引いても余りが出て正味の固定になるが、同HPの図にもあるように、それは限られた期間での現象で、樹木が老齢化すると正味固定量はゼロに近づく。
従って、毎年コンスタントに炭素固定量を見込むには、一定面積の若い森林を常に維持しなければならず、今の日本の森林にそんなことを期待するのはとても無理である。その前に、日本の森林は手入れ不足で瀕死の状態にあるから、林業の振興を通じてその立て直しを図るのが先決課題である。
またそもそも、木材として固定された炭素も、建材等に使われた後は廃棄され、焼却されるか朽ち果てるだけなので、炭素は結局CO2となって大気に還る。つまり、長い目で見れば正味の固定でなくなる。
バイオマスは、地球生態系の中で絶えず循環する炭素の一形態なので、本来「固定」できないものなのである。故に、森林吸収量を固定炭素としてカウントするのは誤りである。CCSも単なる「埋立て」で、これらを頼りにしたCNなど、ナンセンスと言うしかない。
■
松田 智
2020年3月まで静岡大学工学部勤務、同月定年退官。専門は化学環境工学。主な研究分野は、応用微生物工学(生ゴミ処理など)、バイオマスなど再生可能エネルギー利用関連。
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