台山原子力発電所は放射能漏れでも事故でもない
中国の台山原子力発電所の燃料棒一部損傷を中国政府が公表したことについて、懸念を示す報道が広がっている。
中国広東省の台山原子力発電所では、ヨーロッパ型の最新鋭の大型加圧型軽水炉(European Pressurized Reactor: EPR、電気出力175万kW)が2基運転中である。
この台山原発1号機の問題は、6月14日にCNNがまず報道し、続いて国内のメディアでも報じられることとなった。日経新聞は6月24日に『不透明な中国の原発情報公開』と題する社説を掲載した注1)。ネットで台山を検索すれば、すでに〝台山原発事故〟がサジェストされる始末である。報道ぶりが「これは事故なのではないか」というニュアンスであるのは、誤解に基づくミスリードであることを解説したい。

図1 台山原子力発電所 ©︎ 中国広核集団有限公司(CGN)
ことの発端は、放射能漏れを警告するCNNの報道を6月15日にSankeiBiz(北京発)が報じたことである。一方、同日付のパリ発SankeiBizは以下のように報じている注2)。
【パリ=三井美奈】放射能漏れが報じられた台山原子力発電所について、原発運営に参加するフランス電力(EDF)は14日、「原子炉1号機の1次回路内で、希ガスの濃度上昇が報告された」と明らかにし、中国側と設立した合弁企業に緊急会合の開催を求めたと発表した。(以下略)
ポイントは2つある。
- 1次回路内(1次冷却系内)に閉じ込められているのであれば、いわゆる環境への放射能漏れではない。ましてや事故ではない。
- 放射性の希ガス(Xe、Krなど)が燃料ピンの損傷により、1次冷却系内のみならず環境に放出されることは設計上〝想定された〟出来事であり、異常でも事故でもない。
通常時の放射性物質の環境への放出
原子炉からは通常運転時にも微量の放射性物質が放出されている。よく知られているのはトリチウムだが、それ以外の放射性物質も管理放出される。気体であれば、放射性希ガスのキセノン(Xe)、クリプトン(Kr)、ヨウ素(I)など、液体では、放射性のクロム(Cr)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、セシウム(Cs)、ストロンチウム(Sr)などである。これらの放射性物質は、核分裂反応の結果生じる物質(核分裂生成物)や冷却材に含まれる不純物が放射化したものである。
これらの放射性物質は、1次冷却系内に閉じ込められているが、ポンプや弁などから漏洩する冷却材中に混入している可能性がある。これらは放射能濃度を管理し、基準値以下であることを確認して、気体は排気筒から大気に放出され、液体は排水溝から海に放出される場合もある。
燃料ピンの破損は通常のできごと
EPRの原子炉内には、約7万本の燃料ピンがある。燃料ピンは直径が1cm程度で、長さは約5メートルである注3)。通常運転時の燃料ピンの破損について、米国の例であるが、破損原因とその発生数の統計データを表1に示す。

表1 米国における燃料ピン破損―原因と年毎発生数−(©︎Atomica注4))
燃料ピンが破損する原因としてわかっているのは、主に異物の混入やフレッティング(擦過―燃料ピン同士が擦れ合うこと)である。特に新しいタイプの原子炉の運転初期に、このような破損が起こることがあるが、異常とはみなされず、様子を見ながら運転を続けて、定期点検時に精査し原因を究明するのが普通である。
図2は日本の加圧水型軽水炉(PWR)における燃料ピン破損本数の推移である。1973年には10本程度破損したが、その後は数える程しかない。原子炉内の構造や部材の品質の改善、そして異物混入を極力避ける工夫により、時とともに発生数が減少する傾向がある。

図2 日本のPWRにおける燃料ピン破損数
今回台山原発1号機では5本程度の燃料ピンが破損したと推察されている。
台山原子力発電所は、世界で最初に稼働したEPRである。この他にはフランスとフィンランドに建設中のものがある。今回の燃料ピン破損は、新型原子炉開発の初期段階に発生しやすい設計想定内の事象である可能性が高く、今後の経緯を見守りつつ、異常や事故と印象づけかねないメディアのミスリードにも注意を喚起したい。
注1)https://www.nikkei.com/nkd/industry/article/?DisplayType=1&n_m_code=012&ng=DGXZQODK23CN60T20C21A6000000
注2)https://www.sankeibiz.jp/macro/news/210615/mcb2106151008009-n1.htm
注3)https://www.nrc.gov/docs/ML0522/ML052280170.pdf
注4)https://atomica.jaea.go.jp/data/pict/02/02070216/03.gif
関連記事
-
池田信夫アゴラ研究所所長。8月22日掲載。経産省横の反原発テントが、撤去されました。日本の官僚の事なかれ主義を指摘しています。
-
昨年3月11日以降、福島第一原子力発電所の事故を受け、「リスクコミュニケーション」という言葉を耳にする機会が増えた。
-
2015年12月8日開催。静岡県掛川市において。出演は田原総一朗(ジャーナリスト)、モーリー・ロバートソン(ジャーナリスト、ミュージシャン)、松本真由美(東京大学客員准教授、キャスター)の各氏が出演。池田信夫アゴラ研究所所長が司会を務めた。原子力をめぐり、メディアの情報は、正確なものではなく、混乱を広げた面がある。それを、メディアにかかわる人が参加し、検証した。そして私たち一般市民の情報への向き合い方を考えた。
-
GPIFがサステナ投資方針を月末公表へ、ESGの姿勢明確化―関係者 ブルームバーグ 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、サステナビリティー(持続可能性)投資に関する方針を初めて策定し、次期基本ポートフォリオ(資
-
前回、日本政府の2030年46%削減を前提とした企業のカーボンニュートラル宣言は未達となる可能性が高いためESGのG(ガバナンス)に反することを指摘しました。今回はESGのS(社会性)に反することを論じます。 まず、現実
-
学生たちが語り合う緊急シンポジウム「どうする日本!? 私たちの将来とエネルギー」(主催・日本エネルギー会議)が9月1日に東京工業大学(東京都目黒区)で開催された。学生たち10名が集い、立場の違いを超えて話し合った。柔らかな感性で未来を語り合う学生の姿から、社会でのエネルギーをめぐる合意形成のヒントを探る。
-
今年3月11日、東日本大震災から一年を迎え、深い哀悼の意が東北の人々に寄せられた。しかしながら、今被災者が直面している更なる危機に対して何も行動が取られないのであれば、折角の哀悼の意も多くの意味を持たないことになってしまう。今現在の危機は、あの大津波とは異なり、日本に住む人々が防ぐことのできるものである。
-
アゴラ研究所の運営するネット放送の言論アリーナ。8月12日は「原子力発電は地域振興に役立つのか」というテーマで放送した。(Youtube)(ニコニコ生放送) 鹿児島県の新知事である三反園訓氏が川内原発の安全性確認調査を9
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間













