バイオエタノールはカーボンニュートラルであるという誤解

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「世界で遅れる日本のバイオ燃料 コメが救世主となるか」と言う記事が出た。筆者はここでため息をつく。やれやれ、またかよ。バイオ燃料がカーボンニュートラルではないことは、とうの昔に明らかにされているのに。
この記事ではバイオエタノールをカーボンニュートラル(CN)であるとし、その理由を以下のように述べている。
エタノールは、トウモロコシやサトウキビなど植物の糖分を発酵させてつくる。そのエタノールを車の燃料として使えば、走行中に二酸化炭素(CO2)は発生するが、そのCO2はもともと植物が光合成で大気から固定したものである。つまり、CO2は増えも減りもしない(カーボンニュートラル)。このため、エタノールをガソリンに混ぜれば、その混ぜた分だけガソリンが節約され、CO2の発生が減ることになる。
確かに、トウモロコシその他のバイオマスを構成する有機物中の炭素は、全部、大気中CO2が固定されたものである。そこだけを見れば、カーボンニュートラル(CN)である。しかし、話はそう簡単ではない。
トウモロコシやサトウキビを栽培するには、肥料・農薬・農業機械などを用いるから、化石燃料を使用している。つまり、コメも含めて、農作物が収穫された時点で、それらには多くの外部エネルギー(大半は化石燃料)が投入されており、CNとはほど遠くなっている。
さらに、エタノールを作る際には、発酵済み原料(アルコール濃度は20%以下)を蒸留してアルコール濃度95%以上にまで高める必要がある。ここに使われるエネルギーは、バイオエタノール製造工程で一番大きい。これらは、各種データに基づいた計算で実証されている。
この件は、以前にもアゴラに書いた。だから、日本でバイオマスが無条件にCNであるなどと考える人は減っているはずだと楽観していたのだ。しかし、現実は厳しかった。
そこにも書いたが、復習すると、バイオマスがCNである場合と言うのは、例えば自然林や草を素手で刈ってそのまま燃やすようなケースである。これが、山へ車で行き、チェーンソーで刈り、トラクターで運び工場で切ったり加工してバイオ燃料を作ると、その過程で油や電気など外部エネルギーを使ってしまうので、その分だけCO2を排出し、CNから外れてしまうのである。
従って、そのバイオ燃料が「どの程度にCN的であるか」を評価するには、バイオ燃料の製造過程でどれだけのエネルギー投入があったかを正確に見積もる必要があり、工学的な解析の対象になるのである。
実はこの問題は、筆者の恩師久保田宏先生(東工大名誉教授)との共著「幻想のバイオ燃料」という本の中で詳しく述べられている。出版されたのは2009年4月、今から14年も前である。同時期に筆者は、この中のバイオ燃料に関するエネルギー収支の部分だけをまとめて、査読付き学術論文として出している(S. Matsuda:“ Validity of Bio-Ethanol as a Countermeasure against Global Warming”, J. Environ. Inf. Sci. , Vol.37, No.5, pp.1-6 (2009.3))。
そこでは、バイオ燃料を製造・使用した際にCO2発生量がどの程度削減できるかを定量的に評価する方法を提案し、具体的な計算式も示してある。
結果として、ブラジルでのサトウキビからのエタノール生産だけがCO2削減率に優れるが、それ以外の米国でのトウモロコシからのエタノール、大豆・ヒマワリ等からのバイオディーゼル燃料生産などではこの値が悪く、CO2削減どころか、却って発生量が増えると言う事実が示されている(上記の本の表2-09、p.55、または上記論文のTable 2)。
ブラジルの例が優れているのは、エタノール蒸留の燃料にバガス(茎の部分)を使っているからで、日本のコメで言えば、稲わらを燃料に使うことに相当する。しかし、そのような生産方式が持続可能であるかどうか、疑問である。日本では、稲わらの多くは家畜の敷料などに使われ、最終的には堆肥となって水田に還る。稲わらを燃やして灰だけを返すより、遙かにエコロジカルであるだろう。
筆者が上記論文を書いたのは大分前であり、掲載英文誌のHPを見てもVol.44以降しか載っておらず、筆者の論文はvol.37なので検索できない。そこで他人がこの論文を読むチャンスはあるのかと思い、ネットで検索してみたら、意外なことに別の論文が出てきた。
「バイオエタノールの環境対策としての有効性に関する考察」とある。中身を見て、驚いた。CO2削減効果の評価方法という節で展開されている式が、筆者らの本・論文とほぼ同一だったからである。記号は違うが、筆者論文の式4〜12と、この論文の式①〜⑦を見比べたら瞭然だろう。スタートの式4と①が同じなので、結果である式12と⑦が同一形式になるのは当然である。どちらが早いかは、問題にならない。筆者らのは2009年で、この論文は2011年であるから。
しかも解せないのは、引用文献に筆者らの本も論文も一切記載されていない点である。普通、学術論文を書く際には、先行研究の探索と言うのを十分に行って、自らの研究成果が既往のものと同じでないことを確かめるのが「お作法」であるのだが(or 全くの偶然の結果?)。
しかし、筆者はこれ以上追及しない。この論文はバイオエタノールが環境対策として有効性に劣ることを主張しており、言わば筆者らの数少ない「お仲間」と言えるのであるから。日本語で書かれており、筆者の英語論文より日本人には読みやすいので、広く多くの方々に読まれることを望む。
冒頭の記事に戻るが、そこには「国産のバイオ燃料や合成燃料の活用を目指す自民党有志の議員連盟」という組織が紹介されている。甘利明氏が会長だそうだ。そこの議員先生方には、例えば上記の本で、ぜひ大いに勉強していただきたい。「エタノール燃料を使えば、むしろ電気自動車よりカーボンニュートラルといえる」と熱く語ったそうだが、そんな程度の認識では困る。
なお、上記著書を書いた段階では、電気自動車の問題点についての認識が甘かったことを、反省材料として挙げておこう。あれから14年も経ち、筆者にも電気自動車の抱える問題点は明確に見えてきた。以前に書いた「ネットゼロなど不可能だぜ」と主張する真っ当な論文、の紹介シリーズ(最終回記事)を参照していただきたい。
ただしこの本では、自然エネルギーとしての太陽光発電の実用化・普及の課題を指摘しているし、環境ビジネスを投資の対象とすべきでないと言う、本質的な問いかけがあり、最後に科学技術者の責任を強く問う、と言う節で終えており、今読んでも種々考えるための材料には事欠かない。
議員連盟の先生方に認識していただきたいのは、バイオ燃料や合成燃料の「CO2削減効果」だけを見て囃し立てるのは、科学・技術を知らない人の行いであると言うこと。それらの燃料が、どのような過程で作られるのか、どれだけのエネルギー投入や環境負荷を伴うのかなどを、正確に認識しなければならない。そのための計算自体は大半が小中レベルの四則演算だが、式の意味を良く理解しなくては。「掛ける」は割と易しいが、「割る」は結構間違いやすいのでご用心。
「カーボンニュートラルと言う呪文」にも書いたが、日本の農産物の殆どは、生産段階で投入されている人為的エネルギー(燃料・電力等)の方が、収穫された作物の保有エネルギーより大きい。コメや麦などの、エネルギー源の作物でさえそうなのである(太陽エネルギーはもちろん算入していない)。つまり、作物が収穫された段階で、CNどころかCO2を借金しているに等しい。
この計算結果を発表したのは「堆肥と化学肥料のエネルギー的考察」と言う論文で、1981年に出ている(ペトロテック、4巻10号、pp. 949-954)。当時筆者は博士課程の学生で、恩師久保田宏先生に命じられて各種の調査や計算を行い、この論文が出来上がった。当時こんなことを考えていた人はいなかったはずで、恩師の先見の明には、今でもただただ感嘆するしかない。
冒頭の記事で、水田が増えてコメの生産量が上がることを奨めているが、筆者もそれに賛成する。ただし、それは食料生産に役立つからであって、バイオ燃料のためではない。バイオマスの利用の優先順位は1)人間の食料、2)家畜の食料(飼料)、3)化学原料(パルプ、繊維等)、4)燃料となるべきなので、食料になる作物を燃料化するなど、もっての外なのである。
また、ゲノム編集技術を用いて超多収性のコメが出来上がり、収量が従来の2倍近いとあるが、手放しで喜んでよいか、しばし検討を要すると思う。というのは、収量が多い・生育が早い等の植物は、一般に土壌からの養分収奪が激しい性質を持つので。これは、ある意味、必然的でもあろう。養分をたくさん吸わずに多くの実がなるはずはないから。
従って超多収性のコメの場合にも、持続可能なコメ作りになるのかどうか、水田におけるその条件は何かなどを慎重に見定める方が良いと筆者は考える。せめて3年程度は連作して、収量や土壌などを調べていただきたい。
バイオマスは、上手く使えば再生可能な貴重な資源である。しかし、甘い夢は禁物である。バイオマス発電その他、言いたいことはまだあるが、今回はこの辺で。

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