トランプ政権最初の100日:Drill Baby Drillが突き当たった現実

ホワイトハウスXより
4月29日、トランプ大統領は就任100日目にあたり、ミシガン州で支持者を前に演説し、「私たちの国の歴史上、最も成功した政権の最初の100日間を祝うためにここにいる。毎週、不法移民の流入を終わらせ、雇用を取り戻している」と成果をアピールした。また、連邦政府職員の削減や、政府の事業の見直しなどを進めたことを挙げ「この100日間で、首都ワシントンは100年間で最も大きな変化を遂げた」と豪語した。
エネルギーに関しては、「ガソリン価格が大幅に低下している」、「我々は米国のエネルギーに対する過激な左派の戦争を終わらせた。我々は彼らの石炭への攻撃を止めました。先日、自分は『石炭という言葉を使うなら、清潔で美しい石炭と言わなければならない』と言った。中国は毎週巨大な石炭発電所を建設している一方、我々は石炭を使えなかった。しかし自分はそれに承認を与えた。自分は馬鹿げた風車に承認を与えない。我々はグリーンニュース詐欺を終わらせた。アラスカのANWRを再開し、Drill Baby Drill を実施している」と述べた。
同日、ホワイトハウスではリーヴィット報道官、ベッセント財務長官が記者会見でトランプ政権の100日の成果をPRした。エネルギーに関するポイントは以下のとおりである。
- トランプ大統領はジョー・バイデン氏の無謀なエネルギーと化石燃料への攻撃を終了し、アメリカのエネルギー優位性を回復した。クリス・ライトエネルギー長官とダグ・バーグム内務長官は、その取り組みに毎日全力で取り組んでいる。
- この大胆なアプローチにより、石油と天然ガスの価格は大幅に下落している。ガソリン価格は7%下落している。エネルギー価格も同様に下落している。
- 内務省は、アメリカ湾での石油生産を1日あたり10万バレル増加させる新たなオフショア掘削政策を発表した。
どの政権であっても最初の100日の成果報告が自画自賛になることは変わらない。しかしトランプ政権に対する評価は厳しい。世論調査機関ラスムッセンが政権発足後から提示しているサポート・インデックス(強い支持マイナス強い不支持)を見ると政権発足当時の+6が4月28日には▲10に落ち込んでいる(図1)。

図1 トランプ政権のサポートインデックス
出典:Rasmussen
世論調査機関Pew Research Centre が政権発足100日に合わせて行った世論調査をみるとトランプ大統領の仕事ぶり、関税引き上げ、連邦政府機関の縮小いずれも不支持が支持を上回っている(図2)。

図2 トランプ政権に対する評価
出典:Pew Research Centre
政策分野別にみると移民政策への好感度が高い一方、政権の統治方法や関税・貿易に対する拒否反応が強い(図3)。

図3 最も好感を持てる(好感の持てない)政策
出典:Pew Research Centre
4月30日に発表されたGDPの第1四半期が年率換算で前年比▲0.3%となったのも、大統領選において移民、経済でポイントを稼いだトランプ大統領にとっては痛手となろう。
トランプ政権が重視するエネルギー問題は「その他経済問題」に分類される。トランプ政権が強調するようにガソリン価格はここ数年来で最も下がっている(図4)。

図4 2022-2025のガソリン価格
しかし、これはトランプ大統領が推進するDrill Baby Drill によって国内エネルギー生産が増大し価格が下がったというものではない。むしろトランプ政権の施策は米国の国内エネルギー生産増大にマイナスに働いているとみるほうが当たっている。
トランプ関税が世界経済の減速をもたらすとの懸念から、WTIの先物価格は月間で13ドルも低下した。この下落幅は2021年11月のCOVID変異株拡大の時以来である。その結果、S&P 500 エネルギー指数は、関税措置を発表して以来、15%以上急落しており、特にシェールフラッキング業者と深海掘削業者を含むS&P オイルフィールド・サービス指数は、2020年半ばのパンデミック期以来の最大の下落を記録することとなった。
石油会社はトランプ大統領のキャンペーンを強く支持し、規制緩和や石油・ガス掘削のコスト削減・簡素化方針を歓迎してきたが、最近はトランプ大統領の貿易政策に対し深刻な懸念を表明しはじめている。
Marrion Oil and Gas(米国のシェール事業者)は「Drill Baby Drill と原油価格低下は両立不可。トランプ政権が経済を悪化させ、原油価格が生産コストと同水準かそれ以下で推移すれば、規制障壁を撤廃しても、企業は新たな井戸の掘削に消極的になることは不可避だ」と述べている。
そもそもトランプ関税が市場を急落させる前から、米国の大半の生産者は今年度の成長目標を2%から3%程度の控えめな水準に設定し、新たな井戸への投資ではなく株主への現金還元を優先してきた。原油価格がさらに下落すれば、更に新たな井戸への投資に対して保守的な姿勢を強める可能性が高い。
シェール石油企業が利益を出すためにはWTIが少なくとも$65で平均することが必要であるとされている。$60台前半になれば今後6ヶ月間で掘削を縮小する企業が増えることになる。しかしゴールドマン・サックスは、WTIの価格予想を2025年12月までに$58、来年末までに$51に引き下げた。
既に石油・ガス産業への影響は出始めている。テキサス州の石油・天然ガス産業は過去2年間で記録的な生産量を報告し、数ヶ月間雇用を増加させ、米国の雇用創出を牽引したが、2025年3月には上流部門(主に石油豊富なパーミアン盆地で掘削を行う部門)で700人の雇用を削減した。テキサスにおけるシェールのリグ数は2024年3月の376から2025年3月には290に低下した。
クリス・ライトエネルギー長官がCEOを務めたリバティ・エナジーの2025年第1四半期の利益は2022年第1四半期以来の最低水準を記録し、トランプ政権発足後、リバティの株価は40%下落した。このため米国の石油・ガス業界の経営者は全体的に悲観的な見方を示しており、企業見通し指数は12ポイント低下し、見通し不確実性指数は21ポイント上昇している。
石油価格はトランプ関税以外にも地政学的緊張、OPEC+の生産戦略の動向などにも影響を受けるが、現在の価格水準ではガソリン価格低下につながってもDrill, Baby, Drill にはとてもつながりそうにない。
またトランプ大統領が自画自賛した「美しい石炭」も「笛吹けど踊らず」になる可能性が高い。既存石炭火力の閉鎖がスローダウンするかもしれないが、新規の石炭火力が建設されると予想する専門家はいない。第一次トランプ政権においてもトランプ大統領は石炭支持の姿勢を打ち出したが、石炭火力からガス火力への転換を変えることにはならなかった。
外交、貿易、内政で猛威をふるうトランプ政権だが、関税に典型的なようにその行動・政策の予見可能性は低い。エネルギードミナンスを通じた米国製造業の復活というトランプ政権の目標は来年秋の中間選挙までに道筋がつくのだろうか。

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