日本メディアが報じない異論続出のEU気候変動対策案

2021年07月17日 07:00
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

EUの行政執行機関であるヨーロッパ委員会は7月14日、新たな包括的気候変動対策の案を発表した。これは、2030年までに温室効果ガスの排出量を1990年と比べて55%削減し、2050年までに脱炭素(=実質ゼロ、ネットゼロ)にする目標を達成するための手段、という位置づけだ。

日本でも各社が報じているが、ガソリン・ディーゼル自動車禁止と国境炭素税の話題ばかりだ(朝日NHK読売)。

Francesco Scatena/iStock

本稿では、それ以外にも、経済負担が明らかになるにつれて、EU内部で温暖化対策に異論が続出していることを紹介しよう。

以下、主な情報源はフィナンシャルタイムス(その1その2)およびポリティコである。

・14日の対策案発表直前のEU委員会では、1人の委員(オーストリアのヨハネス・ハーン予算局長)が反対票を投じた。他の6人の委員は、炭素価格を自動車にも適用したり自動車メーカーに厳しい排出基準を課す計画に反対意見を述べた。

・ドイツに次ぐEU第2位の規模を誇るスペインの自動車産業団体は、自動車だけが不当な扱いを受けているとして、スペイン政府は「自らの立場を検討する」ように求めた。つまり唯々諾々とEU委員会の対策案に従うな、ということだ。

・ドイツの自動車メーカーのロビー団体であるVDAは、この案はサプライヤーを含む企業にとって「ほとんど達成不可能」であるとした。(しかし電気自動車に350億ユーロの投資を行っている欧州最大の自動車メーカーであるフォルクスワーゲンは、この案を歓迎している)。

・航空業界では、ルフトハンザが、野心的な温暖化対策と炭素価格の導入は「正しくかつ必要」であるとしながらも、グローバルな競争相手に対して不利になる、と述べた。

・世界的な航空業界団体であるIATAの代表であるウィリー・ウォルシュは、「課税によってジェット燃料を高価にすることは、競争力に関するオウンゴールであり、代替燃料の技術開発を促進せずむしろ妨げるものだ、と述べた。

・欧州の航空業界団体であるA4Eは、この案で航空料金が高くなるとし、反対した。

・来年行われるフランス大統領選において、現職のマクロンと極右のルペンに次ぐ有力候補である共和党のザビエ・ベルトランは、風力発電は景観破壊である、として反対している。氏はこの6月にフランス北部のオート・ド・フランスの首長選で圧勝した。EU委員会の対策案では、加盟国は再生可能エネルギーの導入を強化することが謳われているが、これとは逆方向の動きだ。

・保守的なキリスト教民主党の首相候補であるアルミン・ラシェ氏は、航空機利用を減らすためとして航空券の最低価格設定を求める左派勢力を「夏休みの楽しみを人々から奪うものだ」と非難した。一方、国民の約10%の支持を得ている(がドイツでは極右とレッテルを貼られている)政党「ドイツのための選択肢」は、観光のための費用の上昇やディーゼル自動車の禁止について政府を非難した。今年9月に行われるドイツの連邦選挙では、「2030年迄に70%のCO2削減」という無謀な目標を掲げる緑の党が政権の中枢に入る可能性が高いと見られており、気候変動は重要な争点になる。

・5月の欧州理事会では、スロベニア、ラトビア、ポーランド、ルクセンブルグの首脳が、欧州委員会が提案しているETSの対象を輸送機関と建築物にまで拡大するという計画に対し、自国の「最も貧しい市民に不公平な打撃を与える」という理由で反対した。ポーランドでは、電力の約70%と住宅用暖房の約40%を石炭に依存している。

・英国では住宅用のガスボイラ禁止などを盛り込んだ「暖房と建築の戦略」の発表が、与党内からの異論の噴出によって、秋まで延期された

今回のEU執行部の提案は、今後はEU加盟国との交渉段階に入るが、これは難航し、合意されるとしても何年もかかるとの見通しがある。

日本のメディアは「EUは環境先進国だ」と決めつけたがり、異論を軽んじる。だが実態はどうなのか、よく注視する必要がある。

クリックするとリンクに飛びます。

「脱炭素」は嘘だらけ

This page as PDF
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

関連記事

  • 国際環境経済研究所のサイトに杉山大志氏が「開発途上国から化石燃料を奪うのは不正義の極みだ」という論考を、山本隆三氏がWedge Onlineに「途上国を停電と飢えに追いやる先進国の脱化石燃料」という論考を相次いで発表され
  • 去る10月8日、経済産業省の第23回新エネルギー小委員会系統ワーキンググループにおいて、再生可能エネルギーの出力制御制度の見直しの議論がなされた。 この内容は、今後の太陽光発電の運営に大きく関わる内容なので、例によってQ
  • いまだにワイドショーなどで新型コロナの恐怖をあおる人が絶えないので、基本的な統計を出しておく(Worldometer)。WHOも報告したように、中国では新規感染者はピークアウトした。世界の感染はそこから1ヶ月ぐらい遅れて
  • ニュージーランド議会は11月7日、2050年までに温室効果ガス排出を「実質ゼロ」にする気候変動対応法を、議員120人中119人の賛成多数で可決した。その経済的影響をNZ政府は昨年、民間研究機関に委託して試算した。 その報
  • スマートジャパン
    スマートジャパン 3月14日記事。環境省が石炭火力発電所の新設に難色を示し続けている。国のCO2排出量の削減に影響を及ぼすからだ。しかし最終的な判断を担う経済産業省は容認する姿勢で、事業者が建設計画を変更する可能性は小さい。世界の主要国が石炭火力発電の縮小に向かう中、日本政府の方針は中途半端なままである。
  • 政府は「2050年カーボンニュートラル」を宣言し、「2030年CO2排出46%削減」という目標を決めましたが、それにはたくさんお金がかかります。なぜこんな目標を決めたんでしょうか。 Q1. カーボンニュートラルって何です
  • 福島では、未だに故郷を追われた16万人の人々が、不自由と不安のうちに出口の見えない避難生活を強いられている。首都圏では、毎週金曜日に官邸前で再稼働反対のデモが続けられている。そして、原子力規制庁が発足したが、規制委員会委員長は、委員会は再稼働の判断をしないと断言している。それはおかしいのではないか。
  • 「いまや太陽光発電や風力発電が一番安い」というフェイクニュースがよく流れている。だが実際のところ、風力発電を大量に導入しているイギリスでは電気代の上昇が止まらない。 英国のシンクタンクGWPFの報告によると、イギリスの再

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑