トーンダウンしたIPCC第6次評価報告書

2021年08月10日 10:30
アバター画像
アゴラ研究所所長

IPCC第6次評価報告書(AR6)の第1作業部会(自然科学的根拠)の政策決定者向け要約(SPM)が発表された。マスコミでは不正確なあおりやデータのつまみ食いが多いので、環境省訳を紹介しよう。注目される「2100年までの気温上昇」については、こう書いている。

B.1 世界平均気温は、本報告書で考慮した全ての排出シナリオにおいて、少なくとも今世紀半ばまでは上昇を続ける。向こう数十年の間に二酸化炭素及びその他の温室効果ガスの排出が大幅に減少しない限り、21世紀中に地球温暖化は1.5℃及び2℃を超える

現在までに工業化前から1.09℃上昇したので、これは今世紀中に2.6~3.1℃上昇するという予想である(中央値2.7℃)。これは次の図のSSP2-4.5シナリオに対応する。

気温上昇の予想は2018年の特別報告書とほぼ同じ

これを今までの報告書と比べてみよう。2013年に出た第5次評価報告書(AR5)では、RCP4.5(SSP2-4.5相当)で2100年までに1.8℃上昇となっていたのが、2018年の特別報告書(SR1.5)では2.5℃に上昇したが、今回は2.7℃とほぼ同じである(赤の下線)。

2050年ごろまでの中間予測については、AR5で1.4℃としていたのが、SR1.5では(RCP4.5で)1.7℃になったのに対して、今回は(SSP2-4.5で)2021~40年で1.5℃上昇とほぼ同じだ(青の下線)。ただし期間が異なるので、厳密な比較はできない。

これを日本のマスコミが「1.5℃上昇が早まった」と報道しているのはミスリードである。SR1.5では「2031~2050」と設定していた期間を今回は「2021~2040」と10年早めただけで、温度は1.7℃から1.5℃に下がっている。

AR5からSR1.5にかけて大きく予想気温が上がったので、その調子だと今回はもっと深刻な数字が出るのではないかという予想もあったが、結果的にはSR1.5とほぼ同じだった。これは石炭の消費がピークアウトし、再生可能エネルギーが普及するなどの対策がきいた面もあるだろう。

日本への影響は今後80年間で60cmの海面上昇

もう一つ重要な指標である海面上昇については、AR5では(RCP4.5で)32~63cmとしていたのに対し、今回は(SSP2-4.5で)2100年までに44~76cm(平均60cm)となっている。「可能性が低くとも影響の大きいストーリーライン」として、南極やグリーンランドの氷山が溶けて2m近い海面上昇が起こるケースも「排除できない」としている。

重要な違いは、従来マスコミ報道のメインになっていたRCP8.5の「何もしないシナリオ」が、今回は参考値になっていることだ。AR1.5ではRCP8.5をメインシナリオとして「1.5℃上昇で止めないと大変だ」とあおっていたが、今回のSSP5-8.5は「可能性の低いシナリオ」である。

日本で確実に起こる気候変動の影響は、今後80年間で約60cmの海面上昇である。これは毎年7mm程度で、1日の潮位変化1.5mに比べれば、誤差の範囲である。熱帯では洪水が重要な問題になるが、日本では堤防で防ぐことができる。

この他にも異常気象などの影響がいろいろ書いてあるが、全体としてはおさえたトーンで、防災対策による地域適応の重要性を強調しているのが今までとの違いである。大気の組成を変える効率の悪い対策より、気象情報や堤防などのインフラ整備のほうがはるかに有効だ。

世界中の氷山が溶ける「ティッピングポイント」はあるのか

今回のAR6の最大の特徴は「地球温暖化が人為的なものだ」と断定し、温度上昇の予測幅を従来の半分にして精度を高めたことだろう。2100年までに3℃上昇、2050年までに1.5℃上昇というメインシナリオは、今までとあまり変わらない

ただ長期的には、気温が氷山の溶けるティッピングポイントを上回ると、2300年に最大7mまで海面が上がるという「可能性の低いシナリオ」も出ている。

C.3 氷床の崩壊、急激な海洋循環の変化、いくつかの複合的な極端現象、将来の温暖化として可能性が非常に高いと評価された範囲を大幅に超えるような温暖化など、「可能性の低い結果」も、排除することはできず、リスク評価の一部である

AR6は来年9月まで何度にもわけて発表され、今年11月のCOP26の資料となる。今回の報告書は「1.5℃上昇で止めないと大変だ」と警告して話題になったSR1.5に比べると、全体にはトーンダウンしているので、このティッピングポイントがあるかどうかが、議論の焦点になるのではないか。

This page as PDF

関連記事

  • GEPRは日本のメディアとエネルギー環境をめぐる報道についても検証していきます。筆者の中村氏は読売新聞で、科学部長、論説委員でとして活躍したジャーナリストです。転載を許可いただいたことを、関係者の皆様には感謝を申し上げます。
  • 昨年発足した原子力規制委員会(以下、規制委員会)の活動がおかしい。脱原発政策を、その本来の権限を越えて押し進めようとしている。数多くある問題の中で、「活断層問題」を取り上げたい。
  • EUと自然エネルギー EUは、パリ協定以降、太陽光や風力などの自然エネルギーを普及させようと脱炭素運動を展開している。石炭は悪者であるとして石炭火力の停止を叫び、天然ガスについてはCO2排出量が少ないという理由で、当面の
  • 国民民主党の玉木代表が「再エネ賦課金の徴収停止」という緊急提案を発表した。 国民民主党は、電気代高騰対策として「再エネ賦課金の徴収停止」による電気代1割強の値下げを追加公約として発表しました。家庭用電気代の約12%、産業
  • 広野町に帰還してもう3年6ヶ月も経った。私は、3・11の前から、このままでは良くないと思い、新しい街づくりを進めてきた。だから、真っ先に帰還を決意した。そんな私の運営するNPOハッピーロードネットには、福島第一原子力発電所で日々作業に従事している若者が、時々立ち寄っていく。
  • 大阪のビジネス街である中之島で、隣接する2棟のビルの対比が話題という。関西電力本社ビルと朝日新聞グループの運営する中之島フェスティバルタワーだ。関電ビルでは電力危機が続くためにその使用を減らし、夏は冷暖、冬は暖房が効かない。
  • 言論アリーナ「地球温暖化を経済的に考える」を公開しました。 ほかの番組はこちらから。 大停電はなぜ起こったのかを分析し、その再発を防ぐにはどうすればいいのかを考えました。 出演 池田信夫(アゴラ研究所所長) 諸葛宗男(ア
  • アゴラ研究所の運営するインターネット放送「言論アリーナ」。4月21日の放送では「温暖化交渉、日本はどうする?」をテーマに、放送を行った。出演は杉山大志(電力中央研究所上席研究員・IPCC第5次報告書統括執筆責任者)、竹内純子(国際環境経済研究所理事・主席研究員)、司会は池田信夫(アゴラ研究所所長)の各氏だった。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑