スコープ3でCO2は減らせない
石油メジャーの米シェブロンは23日、シェールオイルや海底油田の開発を手掛ける米ヘスを530億ドル(約8兆円)で買収すると発表した。
(中略)
再生可能エネルギーだけでは世界の需要を賄えないとの見方から、石油メジャーによる化石燃料の大型投資の動きが鮮明になってきた。
(中略)
マイケル・ワースCEOは23日のアナリスト向けの説明会で「この組み合わせはシェブロンの長期のパフォーマンスを強化する」と話した。
石油メジャーの米シェブロンが米ヘスを買収すると報道されていました。このシェブロンに対して、米運用会社ストライブ・アセット・マネジメントが2022年9月に送った公開書簡が現在でも見られます。
この書簡でスコープ3について言及されている部分がとても分かりやすいので抜粋します。
世界最大の資産運用会社でシェブロンの第3位の株主であるブラックロックは当時、「炭素集約型産業の企業はスコープ3の排出削減目標を設定することをめざすべきと考える」「この提案は、シェブロンやその同業他社に期待するものと一致する」と述べている。これは、いくつかの理由から不可解である。
まず、スコープ3の排出量計算では、同じ排出量単位を実質的に二重、三重、四重にカウントしている。例えば、ピザを配達するために1ガロンのガソリンが使われたとする。これは約8,800グラムの二酸化炭素を排出したことになる。この8,800グラムは、シェブロンのスコープ3排出量だけでなく、ピザを製造したドミノ、ピザを配達したウーバー、ウーバーの運転手がリースした車を製造したフォード、社員会議のためにピザを注文したフェイスブックのスコープ3排出量にもカウントされるのだ。
もし、すべての企業がスコープ3の排出枠を設定した場合、削減が必要な排出量の合計は、排出量そのものよりも無限に多くなってしまうという、ナンセンスな命題がある。
第二に、仮にダブルカウントの問題が解決されたとしても、シェブロンは、従業員がハイブリッド車を運転しているかハンヴィーを運転しているか、事務用品が近隣から配送されているか海外から配送されているか、外部のIT企業が借りているデータセンターは石炭で動いているか風力で動いているかなどを知ることは不可能であろう。
シェブロン社は、自社のガスがソーラーパネルやトラクターを運ぶトラックの動力源として使われているかどうかを知らない。このような判断をしようとすると、ただでさえ資源を必要とする作業がさらに膨大な量になる。また、企業がこの問題を避けるために、実際の測定値ではなく、業界の平均値に基づいた推計値を使用する場合、その結果は不正確であるばかりか、排出量の削減の進展の妨げとなる。
第三に、仮にシェブロンが各顧客の燃料利用状況をすべて把握していたとしても、シェブロンが顧客の行動を変えて排出量を削減させるためには、意図的に燃料販売を減らす以外に実現可能な方法はないのである。ドミノ、ウーバー、フォード、フェイスブック、そして外部のIT企業は、シェブロン社ではなく、それぞれのオーナーに報告する。これらは、スコープ3排出量削減の実施に関する無数の技術的問題のうちのいくつかに過ぎない。
(太字は筆者)
お見事!ダブルカウント、実測の難しさ、推計の弊害、行き着く先はビジネス縮小しかないなど、簡潔かつ的確にスコープ3の実態が説明されています。このワースCEO宛の書簡が今回の買収に影響したのかは分かりませんが、シェブロン社は脱炭素と真逆のビジネス展開を始めたと言えそうです。
さて、前回指摘した通り現状の(そして残念ながら今後も)スコープ3はスコープ1・2と異なり実測値が得られないため推計値となります。
それでも、研究者や学者がスコープ3の手法を研究したり、またはマクロ分析としてたとえば業界団体など一定の企業群における傾向を把握するためにスコープ3を推計する分には構わないと筆者も考えています。業種や業態によって、サプライチェーンの上流、製造段階、製品の使用段階、リサイクル段階などCO2排出量が多い工程に目星をつける程度の利用であればよいのです。
しかしながら、推計のスコープ3をミクロな企業個社に適用して算出したり、さらに2030年の削減目標や2050年の実質ゼロ目標などを設定しても意味がありません。推計値は内部管理に全く使えないし、CO2排出量が分からないので具体的なCO2削減施策など打てないからです。なんら管理できない成り行きの推計結果を毎年開示するだけになります。
最近の企業向けスコープ3勉強会やセミナーで、講師から「スコープ3を開示しないとサプライチェーンから排除されます」「不正確でもよいのです」「未来に向けてまずは開示しましょう」などといった説明を耳にします。正気の沙汰とは思えません。不正確なCO2排出量を開示するよう推奨するのはグリーンウォッシュの教唆であり、環境表示ガイドラインや各社の企業行動指針に反します。
前回も指摘した通り、スコープ3の算出は手段であって目的はサプライチェーンにおけるCO2削減のはずです。昨今スコープ3の算出・開示に取り組む日本企業が急増していますが、「推計値は管理できない」という現実に直面した瞬間に形骸化します。手段が目的化してしまい、スコープ3データの活用先として残るのは統合報告書やウェブサイト上での情報開示だけとなることは自明です。意味がないのでやめようと考えても、CDPやTCFDに影響するためやめられません。
米証券取引委員会(SEC)がスコープ3算出・開示の義務化を検討していることに対して、米国では負担増や産業の弱体化になるといった反発の声が上がっています。無駄な作業の義務化に反対するのは産業界として当然です。推計であっても「スコープ3の開示は企業価値向上につながる!」と本気で考える企業があれば自主的に開示すればよいだけです。
ところが、日本ではこのような議論が産業界から起こらないどころか大手企業が競うようにスコープ3算出へ邁進しています。スコープ3の規制など存在しないのに、サプライチェーンを通して事実上の義務化が広まれば日本の産業界は疲弊する一方です。その結果CO2が減ればよいのですが、推計なのでCO2削減効果を測定することができません。推計でなく実測に着手する企業も出始めていますが、横車を押すようなものでサプライヤーや社内の間接部門から悲鳴が上がっています(➡下請けいじめを避ける方法はこちら)。
実測によるスコープ3の全容把握は不可能であり、無理に進めればほとんどの大手企業が自社の行動指針や調達方針で表明している優越的地位の濫用に抵触する可能性があります。一方、推計によるスコープ3については、そもそもCO2排出量が分からないので削減施策が打てないばかりか、現実世界ではサプライヤーや電力会社や運送会社や従業員が努力したCO2削減分も測れないため、もはや何をやっているのか分かりません。やはりデータが不正確ではダメなのです。
つまり、スコープ3でCO2を減らすことなどできません。そもそも目的と手段が一致していないことに早く気が付くべきです。
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