Trusted Flaggersとは何か:ドイツで進む言論統制の行方

2024年11月12日 06:50
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作家・独ライプツィヒ在住

sonmez karakurt/iStock

Trusted Flaggersとは何か?

EUでは、「安全で予測可能で信頼できるオンライン環境」を確保するために、加盟国各国がTrusted Flaggersを導入しなければならないと定めた法律が、すでに2024年2月17日より施行されている。

Trusted Flaggersとは何か? 直訳すると「信頼できる旗振り役」。しかし、この場合のflaggerは、「間違い検出器」という意味で用いられており、SNS(Facebookや、Xや、YouTubeなどのソーシャルネットワークサービス)やビデオプラットフォーム上で、「ヘイト(誹謗)」、「フェイク(嘘)」など違法な発信を探し出す機関のことを指す。

従って、Trusted Flaggerに認定されるためには、まずは違法なコンテンツを検出する専門知識を持っていること、SNSプラットフォームの運営会社から独立していること、そして、その任務を正確に、中立的に行えることが絶対条件とされる。

ドイツのSNS規制法とその影響の拡大

ただ、ややこしいことに、ドイツにはすでに2018年の1月より、SNS規制法(正式名称は Netzwerkdurchsetzungsgesezt)という、社民党がメルケル政権の下、自由を守るためという触れ込みで多くの反対を押し切って作った法律が存在する。それを力強く支持していたのが、当時、野党だった緑の党だ。

SNS規制法というのは、「200万人以上のドイツのIPアドレスの利用者を持つプラットフォームを運営する各社は、苦情に対応する部署をドイツ国内に作り、不適当な投稿が通報されれば、24時間以内に違法か否かを検討し、違法なものはただちに削除(違法か合法かの判断が難しい場合は7日以内)しなければならない」というもの。

すでにシェアされてしまった分も追跡削除が必要で、また、削除した書き込みは証拠として10週間保存しなければならない。しかも、それを守らなかった場合の罰金が、なんと最高5000万ユーロ(現行レートでは約80億円)と途方もない額である。

この法律により、当然、SNS運営会社にとって、寄せられる苦情の処理の審査は重荷となり、多くの会社がその任務を外注することになった。そして、それを受注したのが、民間会社やNGOだったのだ。

つまり、現在のドイツでは、権限が明らかでない民間会社やNGOが、苦情の入った投稿を審査し、合法か違法かを即座に決めている。そして、当然のことながら、合法か違法かが曖昧な投稿やビデオは、私たちの知らないまま、念の為、どんどん削除されていく。一度読んだはずの記事がどうしても見つからないということがあるのは、そのせいだ。

つまり、このSNS規制法がすでに問題含みだったというのに、今、そこにEUによって、まさに屋上屋を架すように、さらにTrusted Flaggersの設置が義務付けられたわけである。

Trusted Flaggers第1号「REspect!」の中立性懸念

ドイツでは、オンライン上の情報管理は連邦ネットワーク庁の管轄だ。ネットワーク庁は郵政省から派生した庁で、本来の仕事は送電線や通信インフラの整備、運営、および管理だったが、なぜか今ではネットの検閲係のような任務を受け持っている。Trusted Flaggersの認定も、今後、同庁が担当することになるが、10月1日、その第1号として、「REspect!」という組織が認定された。

ただ、ここで問題とされたのは、「REspect!」は法的には私立の財団でありながら、資金の多くが家庭省から出ていること。

緑の党リサ・パウス氏
Wikipediaより

しかも、この家庭省というのが曲者で、大臣のリサ・パウス氏(緑の党)が、ほとんど極左と言える極端な思想の持ち主で、彼女にとっての言論の自由の敵は、もっぱら右派なのだ。そこで今、このままでは情報の中立な管理が脅かされると危惧する声が高くなっている。

さらにいうなら、これを統括するネットワーク庁のクラウス・ミュラー長官も元・緑の党の政治家。ドイツはデジタル化が遅れており、それが投資が滞っている大きな要因となっているのに、肝心の長官はデジタルインフラの整備よりも、言論統制の任務の方に夢中だ。

いずれにせよ、「REspect!」には、「信頼できる届け出機関」として、Facebook、X、Instagram、TikTok、YouTube、Telegramなどを検閲する権限が公式に与えられたわけだ。しかし、緑の党の家庭省の資金で動いている組織が、本当に中立な判断を下せるのかどうか?

しかも、実際の流れは極めて複雑だ。「REspect!」はユーザーから通報のあったコンテンツのうち、違法と思われたものを連邦刑事庁に報告。その後、同庁が各種専門家と共に違法性の有無を確認し、疑いありとなれば、「REspect!」がSNS側にそれを戻し、適切な処理を行うよう促す。

ただ、ユーザーからの通報は何万、何十万に及ぶ可能性もあるだろうから、これらが全て正確に処理されることはおそらく困難だ。そこで、特定のコンテンツに狙いが定められていくのではないかという疑いも、当然湧いてくる。

フェーザー内相とパウス氏が進める「民主主義促進法」の影響

ドイツ政府の左傾は今に始まったことではないが、それが次第に政治の機構として固まりつつある。彼らの特徴は、自分たちと異なる意見を「極右」、「ナチ」、「差別主義」、「独裁主義」などと決めつけ、社会にとって害があるものとして排除しようとすること。

ナンシー・フェーザー内相
Wikipediaより

そして、現在、これを力強く進めているのがパウス氏であり、氏がスクラムを組んでいるナンシー・フェーザー内相(社民党)だ。内務省は警察や憲法擁護庁(国内向けの諜報機関)を配下に持つため、フェーザー氏の影響力はパウス氏よりもずっと大きい。

フェーザー氏はかつて、「極右が特別な脅威であると、どのように定義するのか?」という記者の質問に対し、「民主主義の基本秩序に明らかに反するのは極右だけで、その他の過激派の形態ではそれが見られない」という驚くべき持論を披露した。

要するに、駆逐すべきは右派で、極左はOKと信じている人物が、今、ドイツの言論の自由を“守って”いるのである。

実は、このフェーザー氏とパウス氏は2年以上も前から、「民主主義促進法(Demokratiefördergesetz)」という法案を通そうとしている。

これは、憲法擁護庁(連邦と各州にある)が、ある組織や人物を「極右」、あるいは「極左」と認定すれば、基本的人権、つまり、自由な言論、思想、行動などを制限できるとするもの。それどころか、認定まで行かなくても、疑いがあれば、電話やメール、銀行口座の動きなどを監視できる。しかも、疑いをかけるための具体的な根拠は要らないというとんでもない法律だ。

パウス氏はこれを、「民主主義の敵は、何が言論の自由の範囲内であるかを熟知している」ので、「(彼らが広める主張の中には)違法ではなくても、国家の平安を見出す危険なものがある」とし、それらも取り締まれるようにしたい。つまり、合法の範囲内であっても、“悪い思想”は排除できるようにすべきということで、恐怖政治の思想だ。もちろん、これは大勢の政治家、法律家、識者などから違憲であるとして警告されているが、本人たちは馬耳東風。

例えば7月、フェーザー氏は右寄りの言論誌である『コンパクト』を極右と決めつけ、事務所を早朝に家宅捜索、多くの物品を没収した上、禁止しようとしたが、これには流石に裁判所が待ったをかけた。これは常識で考えれば、内相が辞任してもおかしくないスキャンダルだが、今の政権の特徴は、どんな間違いを犯そうが、絶対に誰も責任を取らないことだ。

ただ、この動きに対して、自民党のベテラン議員、ヴォルフガング・クビキ氏はインタビューで、「社民党の内相自らが、民主主義に対する危険要素になるとは夢にも思わなかった」と語っている。また、実業家、兼作家のマルクス・クラル氏も、「ドイツにあるのは極右による危険ではなく、フェーザー氏らによる民主主義崩壊の危険だ」と弾劾。

それもあり、9月の旧東独の3州での州議会選挙では、政府の左傾、あるいは全体主義化に決然と反対する州民の意志が、選挙結果に現れた。しかし、これについても政府は、旧東独の住民が民主主義を理解できていないとして、自分たちの誤りは認めなかった。反省のない点は、何となく、現在の日本の状況にも似ている気がする。

3党連立政権崩壊後のドイツの行方と懸念

いずれにせよ、今の社民党政権が続く限り、ドイツはとんでもない方向に進む危険がある・・と思いきや、11月6日の夜、ショルツ首相が突然、リントナー財相(自民党)を解任。内部抗争の絶えなかった3党連立がついに崩壊した。当面、社民党と緑の党が、過半数割れで政治を運営するのだろうが、その後、どうなるかは全く見えない状況だ。

社民党と緑の党が、邪魔者なしで左翼イデオロギーに特化していくのか、あるいは、過半数割り政府がさらにレームダック化していくのか。どちらにしても、言論の自由をこれ以上圧迫するなど、往生際の悪いことだけはやめてほしい。

ドイツの進んでいこうとしている道は、かなり気味が悪い。彼らは戦争の準備さえ、着々と進めているようだ。そのために必要なのはもちろん言論統制。

日本人もボーッとしていると、国民の自由度が次第に縮小していくかもしれない。自由は、失ったことに気づいた時にはもう遅い。今、ジョージ・オーウェルの「1984年」をもう一度読み返すことには、意義があるかもしれない。

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