環境政策の不合理を数字で確認

Yuliya Taba/iStock
環境規制の流行りは移り変わるが、果たして、それは本当に必要な規制なのだろうか?
環境規制の合理性を考えるには、同じ費用を別の対策に使った場合、もっと多くの人命を救えなかったか、という比較をすべきである。
この問題について有名なのが、タミー・テンギスらが1995年に発表した研究である。研究者らは、米国で分析されていた587件の救命対策を集め、「1人の寿命を1年延ばすために、いくらかかるか」という共通の尺度で比較した※1)。
有害物質規制は医療よりも221倍も非効率
まず、対策分野別の中央値を見てみよう。

表A 分野別の寿命1年延長当たり費用
注:最後の行は「環境」部門に分類された有害物質管理対策であり、有害物質管理144件の内数。倍率は筆者計算。金額は1993米ドルに統一されている。
出所:Tengs et al.(1995), Table I※1)。
医療では、寿命を1年延ばすための費用の中央値が1万9,000ドルだった。事故・傷害防止では4万8,000ドルである。
これに対して、有害物質管理では280万ドル、環境部門に限ると420万ドルだった。医療に比べ、それぞれ約150倍、約221倍である。
環境庁の規制は他省庁より100倍も効率が悪い
次に、政府機関別の数字を見てみよう。これは、研究に収録された政府規制案のうち、費用対効果を計算できたものの中央値である。

表B 規制機関別の寿命1年延長当たり費用
注:機関名は、FAA=連邦航空局、CPSC=消費者製品安全委員会、NHTSA=道路交通安全局、OSHA=労働安全衛生局、EPA=環境保護庁。倍率は筆者計算。
出所:Tengs et al.(1995)※1)。
EPA関係の規制案の中央値は、寿命1年当たり760万ドルだった。航空安全規制案の約330倍、消費者製品安全規制案の約112倍、道路交通安全規制案の約97倍、労働安全規制案の約86倍である。
もちろん、航空と環境では守ろうとする対象が違う。環境規制には、生態系の保全、非致死的な疾病の軽減、生活の質の改善など、寿命延長だけでは表せない便益もある。テンギスら自身も、この限界を明記している※1)。
しかし、それだけで100倍、300倍という差が説明されたことにはならない。費用が100倍なら、寿命延長以外の便益が相当に大きいことを示す必要がある。「環境だから金額では測れない」と言うだけでは、合理性の説明を放棄したにすぎない。
放射線の排出規制の非効率は100万倍にもなる
さらに具体的な対策を並べると、差は一段と大きくなる。

表C 代表的な対策の寿命1年延長当たり費用
注:「0ドル以下」は、対策費用より医療費などの節約額が大きいことを意味する。倍率は筆者計算。
出所:Tengs et al.(1995), Appendix A※1)。
シートベルト着用義務は、寿命1年当たり69ドルだった。これに対して、原子力発電所の放射線排出基準では1億ドルとなる。両者の比は実に約145万倍に上る。
もちろん以上は概算であり、テンギスら自身も、元の分析に含まれる仮定の不確実性、標本の偏り、非致死的な健康便益や生態系便益が十分に算入されていないことを明記している。
そのうえで、限られた資源をより効率的な対策に移せば、より多くの命を救えると結論している※1)。
「自然は安全、人工は危険」という思い込み
なぜ、これほど費用対効果の悪い対策が支持されやすいのだろうか。
一つの理由は、「自然物は安全で、人工物は危険だ」という思い込みである。例えば合成農薬や食品添加物は、たとえ残留量がごく微量でも、「人工物」であるというだけで特別に規制が強化されやすい。
この非対称性を示す有名な指標が、ロイス・ゴールド、ブルース・エイムズらのHERP(ハープ)指数である。HERPは、ヒトの平均的な1日曝露量を、げっ歯類の半数に腫瘍を生じさせると推定された慢性投与量「TD50」で割り、百分率で示したものだ※2)。
HERP(%)= ヒトの1日曝露量 ÷ げっ歯類のTD50 × 100
これはヒトの実際の発がん確率ではなく、高用量の動物実験結果と日常曝露量を組み合わせ、同じ物差しで「潜在的ハザードの優先順位」をつけるための粗い指標である。
1992年の『Science』論文に掲載された、食品中の天然化学物質と合成農薬残留物の比較から、代表例を抜き出したのが次の表である。

表D 天然化学物質と合成農薬残留物のHERP指数
注:原論文Table 3から抜粋。数値は当時の米国の曝露推計とげっ歯類試験データに基づく。
出所:Gold et al.(1992), Table 3※2)。
この表では、コーヒー中のカフェ酸のHERPは、禁止前のDDT残留物の50倍である。キャプタン残留物と比べれば約1,700万倍になる。
つまり、高用量動物試験という物差しを公平に適用すれば、微量の合成農薬より先に、コーヒー、レタス、リンゴ、香辛料などの日常食品が上位に並んでしまう。それなのに、社会は天然成分をほとんど問題にせず、合成物質の微量残留だけを、桁違いに厳しく規制している※2)。
これは著しく非効率なやり方だ。最小の費用で最大のリスク削減を図るには、天然物と人工物を分けることには意味がない。
環境規制が合理的であるためには、他の分野の政策と同じく、投入した費用に見合う便益を示さなければならない。
【参考文献】
※1)Tengs, T. O., Adams, M. E., Pliskin, J. S., Safran, D. G., Siegel, J. E., Weinstein, M. C., and Graham, J. D. (1995), “Five-Hundred Life-Saving Interventions and Their Cost-Effectiveness,” Risk Analysis, 15(3), pp. 369–390. (DOI/公開PDF)
※2)Gold, L. S., Slone, T. H., Stern, B. R., Manley, N. B., and Ames, B. N. (1992), “Rodent Carcinogens: Setting Priorities,” Science, 258(5080), pp. 261–265. (DOI/公開PDF)
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