ドイツの脱炭素は蜃気楼

2022年02月28日 07:00
アバター画像
東京工業大学原子炉工学研究所助教 工学博士

gremlin/iStock

ドイツの地金

ロシアのウクライナ侵攻で、白日のもとに晒されたことがある。

それは、脱炭素政策に前のめりなドイツが実はロシアの天然ガスにドップリと浸かっているという事実である。ドイツのエネルギー政策の地金が出てきたとでも言えばいいのか。

ノルドストリーム2

ドイツは現在ロシアから年間563億立法メートルの天然ガスを輸入している。そのほとんどがロシアから北海を経由する海底ガスパイプラインであるノルドストリーム1(年間総ガス容量550億立法メートル)によって運ばれている。

ロシアの天然ガス輸出総量の28%がドイツ向けである。そして、この量はドイツ国内の天然ガスの総消費量の約6割に相当する。

ドイツはノルドストリーム1に加えて、同じ規模のノルドストリーム2を2018年から敷設開始し2021年9月に完成した。

ノルドストリーム2は天然ガスによるロシアの世界支配において極めて枢要な位置を占める。EU主要国であるドイツのロシアへの依存性を高めるとともに、ドイツは他のEU諸国に対して天然ガス供給のハブになるという経済的のみならず政治的旨味がある。

しかしながら、ドイツのみならず欧州がロシア産天然ガスへの依存を強めるなどの理由で、米国やウクライナそして中東欧特にバルト諸国の反発があって運用は先延ばしされたままだった。さらにここにきてロシアのウクライナ侵攻を受けて、ドイツのオーラフ・ショルツ首相はノルドストリーム2事業の無期限停止を発表した。

ロシアの天然ガスによる世界支配 ©︎原田大輔 
週刊エコノミストOnline

ドイツの脱原発、脱褐炭を支える天然ガス

EUタクソノミーで原発と抱き合わせで天然ガスがグリーン裁定されれば、表向きはともかくも内心最もほくそ笑むのはドイツである。

ドイツは、2035年までに全ての褐炭および石炭火力発電所を廃止することを昨年決めた。また、原子力発電所は、残る3基が今年中に閉鎖されることが決まっている。どちらの決定も、ウクライナ侵攻以前、ノルドストリーム2の無期限凍結以前になされている。

2020年のドイツの電源構成は図に示す通りである。

ドイツの電源構成(2020年)
出典:ドレスデン情報ファイル

変動再エネ、つまり風力と太陽光はそれぞれ23.5%、8.9%である。これらはほぼ頭打ち状況で今後の増量は困難である。

その一方で廃止を決めた原子力発電と褐炭・石炭発電は、合計で約25%ある。天然ガスは16%。

この構図が示すのは、脱原発と脱褐石炭でごっそり欠ける穴埋めをノルドストリーム2の天然ガスで補填するという魂胆である・・・。

それは今や蜃気楼となった。

This page as PDF
アバター画像
東京工業大学原子炉工学研究所助教 工学博士

関連記事

  • トランプ政権の猛烈なスタートダッシュに世界が圧倒されている。ホワイトハウスのHPには、サインしたばかりの大統領令が、即日、続々とアップされた。下手な報道を見るよりも、こっちを見た方がよほど正確で早い。 トランプ政権はエネ
  • 前回の本コラムで、ドイツで言論統制が進みつつある実情に触れ、ジョージ・オーウェルの「1984年」を読み直したいと書いた。その後、私は本当に同書を50年ぶりで読み返し、オーウェルの想像力と洞察力に改めて驚愕。しかも、ここに
  • 地球温暖化予測に使う気候モデルは、上空(対流圏下部)の気温も海水面温度も高くなりすぎる、と言う話を以前に書いた。 今回は地上気温の話。米国の過去50年について、観測値(青)とモデル計算(赤)の夏(6月から8月)の気温を比
  • IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 前回の論点⑳に続いて「政策決定者向け要約」の続き。前回と
  • 「もんじゅ」の運営主体である日本原子力研究開発機構(原子力機構)が、「度重なる保安規定違反」がもとで原子力規制委員会(規制委)から「(もんじゅを)運転する基本的能力を有しているとは認めがたい」(昨年11月4日の田中委員長発言)と断罪され、退場を迫られた。
  • 米国海洋気象庁(NOAA、ノアと読む)の気温計測データについて最新の批判報告が出た。(報告書、ビデオクリップ) 気温計測する場合は、温度計を格納している通風筒を芝生の上に設置し、その周り100フィートには建物や木はあって
  • 「トンデモ本」というのを、ご存じだろうか。著者の思い込み、無知などによる、とんでもない話を書いた本の呼び方だ。「日本トンデモ本大賞」というものもあり、20年前の第1回は、「ノストラダムス本」が受賞している。当時、かなりの人が1999年7月に人類は滅亡するという、このトンデモないこじつけの予言を信じていた。2011年は大川隆法氏の『宇宙人との対話』が選定されている。
  • 真夏の電力ピークが近づき、原発の再稼働問題が緊迫してきた。運転を決めてから実際に発電するまでに1ヶ月以上かかるため、今月いっぱいが野田首相の政治判断のタイムリミット・・・といった解説が多いが、これは間違いである。電気事業法では定期検査の結果、発電所が経産省令で定める技術基準に適合していない場合には経産相が技術基準適合命令を出すことができると定めている。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑