COP26:議長国英国の狙いと見通しとは
今月末からCOP26が英国グラスゴーで開催される。もともと2020年に開催予定だったものがコロナにより1年延期しての開催となったものである。

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英国はCOP26の開催国となった時点から鼻息が荒かった。パリ協定の実施元年にあたる2020年で英国が目指したのは野心レベルの引き上げである。パリ協定においては産業革命以降の温度上昇を1.5℃~2℃に抑制し、そのために世界全体で今世紀後半のできるだけ早い時期にカーボンニュートラルを目指すとの規定がある。しかしグレタ・トウーンベリをはじめとする環境活動家たちは1.5℃安定化を達成するため、2050年に全球カーボンニュートラルを目指すべきだと咆哮してきた。それに国連のグテーレス事務総長も乗っかって世界各国に2050年カーボンニュートラル目標表明と2030年の目標引き上げを求めている。
英国はCOP26までに各国が次々と目標を引き上げ、COP26においてパリ協定締約国が1.5℃目標、2050年カーボンニュートラルを目指すとの強い意志を表明するというシナリオを考えていたのである。
意気上がる環境関係者の気勢をそいだのが世界を席巻したコロナ禍であった。各国はコロナ対応で手いっぱいとなり、当然のことながら温暖化に対する関心は大きく低下した。COP26も1年延期を余儀なくされた。それだけに環境関係者たちは温暖化問題重視を掲げるバイデン氏が米大統領選を制したことに狂喜した。環境原理主義的傾向を強める欧州にとって、これまでのどの政権よりも自分たちに近い政権が誕生したことは百人力と思えただろう。
2021年に入ってからの一連の動きを見ていると米欧が連携して温暖化アジェンダを前に進めようとしていることがわかる。その皮切りがバイデン政権の主催で2021年4月に開催した気候行動サミットである。この会合に主要40か国の首脳が集い、2050年カーボンニュートラルを表明し、目標を引き上げる。2021年6月の英国主催のG7サミットでは1.5℃目標、2050年カーボンニュートラル、2030年目標引き上げに対する強いコミットと、化石燃料特に石炭のフェーズアウト方針を打ち出す。これをイタリア主催のG20プロセスにつなぎ、G20ワイドで前向きなメッセージを出した上でCOP26を迎える。大体そんなシナリオを考えていたのであろう。
しかし現実は英国や米国の思惑どおりには進んでいない。2050年全球カーボンニュートラルを実現するためには、2030年までに世界全体で45%程度排出量を削減する必要がある。先進国がいくら高い目標を掲げても、中国、インド等の新興国が大幅に目標を強化しない限り、45%減など絶対に不可能である。
現在の目標では中国は2030年まで排出増大を続け、インドは2030年以降も排出増が続くというものになっているからである。だからこそ気候サミットに先立つ4月と9月の二度にわたってケリー特使が中国を訪問し、2060年カーボンニュートラル目標と2030年ピークアウト目標の前倒しを働きかけたのである。
しかし、覇権主義的行動や人権抑圧等で欧米諸国からのプレッシャーを受けている中国は温暖化問題を外交上のカードと位置づけ、ケリー特使やシャルマ議長の働きかけに応じていない。9月の国連総会で習近平国家主席が海外における石炭火力新設をやめると表明したが、既に一帯一路で建設に合意すいたものをキャンセルするとは言っていない。石炭火力を売ることをやめて太陽光パネル、蓄電池、風車を売ればいいのだから、中国にとっては痛くも痒くもないだろう。したたかな中国に環境原理主義に走る欧米が適当にあしらわれているように見える。
果たして4月の気候行動サミットでは先進国が2030年目標引き上げを表明したが、中国、ロシア、インド等は目標引き上げを表明しなかった。6月のG20気候変動・エネルギー大臣会合では議長国イタリアが(おそらく英国とも連絡を取りつつ)、1.5℃目標、2050年カーボンニュートラルや石炭火力早期フェーズアウトを盛り込もうと企図したが、中国、インド、ロシア、サウジアラビア等の強い反発を受けて共同声明には盛り込まれなかった。10月末のG20でも大きな進展はないだろう。
ボリス・ジョンソン英首相は世界中からCOP26に120か国を超える首脳を集め、今世紀半ばまでに全球カーボンニュートラルを確保し、1.5℃を射程に入れるべく、先進国は2030年まで、途上国は2040年までの石炭火力フェーズアウト、2035年までにガソリン車を禁止し、電気自動車への切り替えの加速、自然エネルギーへの投資促進、森林破壊の抑制、途上国支援のための資金動員等を打ち出したい考えだ。
しかしパリ協定では1.5℃~2℃安定化、今世紀後半のカーボンニュートラルを目指すと明記されているのに1.5℃、2050年カーボンニュートラルをごり押しすることはパリ協定を再交渉するようなものだ。また年限を区切って特定のエネルギー源を排除するようなやり方が中国、インド等の賛同を得られるとはとても思えない。
そもそも欧州を席巻しているエネルギー危機は、変動電源である風力を遮二無二導入する一方、石炭火力を排除し、天然ガス依存が高まったことに起因するものだ。英国自身、電力不足を賄うため、古い石炭火力を再稼働させているではないか。
英国や米国が1.5℃目標や脱化石燃料に固執すれば、ただでさえ微妙なバランスの上に構築されたパリ協定体制が崩れ、先進国、途上国対立が再燃し、世界中から首脳を集めて大失敗した2009年のCOP15(コペンハーゲン)のようなことになりかねない。英国は現実的でしたたかな外交で知られる国だ。話が温暖化になるとどうしてこうも理念先行になってしまうのだろうか。
岸田総理の初外遊はCOP26になるとの報道がある。実現すればジョンソン首相とのバイ会談もあるだろう。2030年の電源構成で石炭が19%とされていることに物言いがつくかもしれない。しかしこれは日本のエネルギーコストの高騰を抑制するための安全弁でもある。「人の話に耳を傾ける」能力が裏目に出ないことを切に期待したい。

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