ESGの旗を振る欧米金融機関が人権抑圧の香港で事業拡大

2021年07月02日 07:00
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

環境(E)・社会(S)・企業ガバナンス(G)に配慮するというESG金融が流行っている。どこの投資ファンドでもESG投資が花ざかりだ。

もっともESG投資といっても、実態はCO2の一部に偏重しているうえ、本当に環境に優しいものが投資対象になっているのかは疑わしいようだ(藤枝氏記事)。

そしてそのESG投資の旗を振っている欧米の大手金融機関が、人権抑圧にはお構いなしに中国での事業を拡大している。

cozyta/iStock

いま中国は外資導入を進める政策を実施している(ロイター)。金融機関はこれを儲ける機会だと捉えているようだ。

ゴールドマンサックスは、中国工商銀行と資産運用業務をする合弁企業を設立した(ロイター)。

ブラックストーンは、中国の不動産大手SOHO中国を買収した(東洋経済オンライン)。

人権抑圧が問題になっている香港でも事業拡大が伝えられている。

ゴールドマン・サックス、シティグループ、UBSなど大手銀行は今年、それぞれ香港で数百人規模の採用を行い、陣容を大幅に拡大した。例えばシティは、採用と配置転換により年初来で人員を1500人増強した。採用規模は前年同期の2倍に膨らんだ。香港の人員は約4000人になった(ロイター)。

そして香港取引所では、米金融大手JPモルガン・チェース元幹部のニコラス・アグジン氏が、香港取引所(HKEX)の最高経営責任者(CEO)に就任した(共同)。

以上はいずれもこの5月から6月にかけて起きたことだ。

欧米の大手金融機関は、香港から逃げ出すどころか、逆に香港での事業を拡大している。狙いはもちろん、香港を窓口とした中国との取引きによる利益だ。

中国側もこれで潤っている。今年1-5月に中国本土系を中心とする企業が香港市場の上場で調達した資金は、過去4年間の同期間の合計を突破したという(ロイター)。

米国の制裁はどうなっているかというと、制裁対象になった企業は香港での投資対象からは外されている。しかし中国本土の投資家は、売りに出された制裁対象企業の株を積極的に買っているそうだ(日経

香港を拠点にする米企業は4割以上が撤退を検討しているという報道もある(Bloomberg)。

しかしながら、大手の欧米金融機関が全然撤退しないどころか事業を拡張するのであれば、今後、香港も中国も経済的に全く困らないだろう。

金融機関はみなESG投資に熱心だ。

ゴールドマンサックスも、JPモルガンもESGファンドに力を入れていて、投資を募っている。

ブラックストーンは、投資先にESG関連での定期報告を要請することになった、と報道されている。

ESG投資は「環境にやさしい」ということで富裕層に人気があるという。

だがその一方で、同じ欧米金融機関が、人権抑圧にはお構いなしに香港に投資を続け、結果として香港における人権抑圧を容認してしまっている。

この欧米金融機関の行動が中国に送っているメッセージは深刻だ。「人権侵害をしても、香港ひいては中国の経済に悪影響は無い」というメッセージを送ってしまっているのだ。

ESGのSは社会であり、人権は当然含まれる。ESGのGは企業ガバナンスであり、企業経営の健全性が問われる。

人権を無視して企業経営を進めることは、本来は大きなリスクをはらむはずだが、欧米金融機関はたいしたリスクではないと踏んでいるのであろう。

欧米の政府はこのような金融機関の行動をどう思っているのだろうか。

「資本主義者は自分の首を吊る縄まで売りに来る」とは金の亡者ぶりを嘲笑ったレーニンの言だ。

いま北京政府はこの言葉を思い出し、笑いが止まらないだろう。

クリックするとリンクに飛びます。

「脱炭素」は嘘だらけ

This page as PDF
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

関連記事

  • 福島の原発事故以来、放射能への健康への影響、とくに飲食による内部被曝に不安を訴える人が増えています。現状では、ほとんど問題にする必要はありません。
  • 4月の日米首脳会談では、炭素税(カーボンプライシング)がテーマになるといわれています。EU(ヨーロッパ連合)は今年前半にも国境炭素税を打ち出す方針で、アメリカのバイデン政権も、4月の気候変動サミットで炭素税を打ち出す可能
  • 先進国では、気候変動対策の一つとして運輸部門の脱炭素化が叫ばれ、自動車業界を中心として様々な取り組みが行われている。我が国でも2020年10月、「2050年カーボンニュートラル」宣言の中で、2035年以降の新車販売は電気
  • 原子力規制委員会が原発の新安全設置基準を設けるなど制度の再構築を行っています。福島原発事故が起こってしまった日本で原発の安全性を高める活動は評価されるものの、活断層だけを注視する規制の強化が検討されています。こうした部分だけに注目する取り組みは妥当なのでしょうか。
  • 三井住友FG、脱炭素の国際枠組み脱退へ 邦銀にも波及 三井住友フィナンシャルグループ(FG)が脱炭素をめざす金融機関の国際的な枠組みから脱退することが4日、わかった。野村ホールディングス(HD)も同様の検討を進めている。
  • ドイツの地金 ロシアのウクライナ侵攻で、白日のもとに晒されたことがある。 それは、脱炭素政策に前のめりなドイツが実はロシアの天然ガスにドップリと浸かっているという事実である。ドイツのエネルギー政策の地金が出てきたとでも言
  • 現在の日本のエネルギー政策では、エネルギー基本計画(2014年4月)により「原発依存度は、省エネルギー・再生可能エネルギーの導入や火力発電所の効率化などにより、可能な限り低減させる」こととなり、電力事業者は今後、原発の新増設が難しくなりました。原発の再稼動反対と廃止を訴える人も増えました。このままでは2030年以降にベースロード電源の設備容量が僅少になり、電力の供給が不安定になることが懸念されます。
  • 東北電力についでBWR2例目の原発再稼動 2024年12月23日、中国電力の唯一の原子力発電所である島根原子力発電所2号機(82万kW)が発電を再開しました(再稼働)。その後、2025年1月10日に営業運転を開始しました

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑