エネルギーの脆弱性が戦争を誘発する

2022年03月19日 18:00
アバター画像
アゴラ研究所所長

ゼレンスキー大統領の議会演説は、英米では予想された範囲だったが、ドイツ議会の演説には驚いた。

彼はドイツがパイプライン「ノルドストリーム」を通じてロシアのプーチン大統領に戦争の資金を提供していると、かねてから警告していたという。それに対してドイツは「ノルドストリームはビジネスだ」と相手にせず、この冬にノルドストリーム2を開通させる予定だった。

ロシアとの相互依存を深めたドイツの失敗

BBCによれば、ドイツがロシアからのパイプラインに依存する政策は、相互依存を深めて戦争の脅威をなくすドイツの国家戦略だったという。貿易や投資で経済の相互依存が強まるほど互いに戦争で失うものが多くなるので戦争は少なくなるという相互依存理論が、ブラント首相の東方外交のころからドイツ社民党の哲学だった。

冷戦期を通じてドイツは、東側との架け橋になろうとした。ノルドストリームはその架け橋になる予定だったが、プーチンはドイツの希望を打ち砕いた。ドイツが資源をロシアに依存して弱みを見せたことが、結果的には「ロシアが何をやってもドイツは報復できない」という侵略のインセンティブをプーチンに与えたのだ。

このようなドイツのエネルギー脆弱性を、ショルツ政権はさらに悪化させた。昨年末にドイツが3基の原発を停止し、今年中に原発ゼロにすることを決定した直後に、プーチンがウクライナ国境に軍を集結させたことは偶然ではないだろう。

ショルツ政権もノルドストリーム2を閉鎖し、国防予算を大幅に増額し、原発の運転を延長するなどエネルギー政策の転換をはかっているが、現在のノルドストリームは閉鎖できない。閉鎖すると3週間で天然ガスが枯渇してしまうからだ。

ゼレンスキーは「ドイツからの投資がロシア軍の資金源となった」と批判し、多くのドイツ企業が今もロシア国内で操業していることを糾弾した。ドイツがノルドストリームを遮断しなくても、プーチンが遮断すると脅している。

かつて世界の脱炭素化の先頭を走っていたドイツは、今やガスの遮断で国民の生命が脅かされる瀬戸際である。脱炭素化と脱原発を同時に進める愚かな政策がまねいた危機に同情する国は少ない。

日本の脆弱性が中国の軍事的冒険を誘発する

ドイツの状況は日本と似ている。日本も原発を止めたおかげで、きのうの東北地方の地震では東北地方で停電が起こり、東京では夜間に異例の節電要請が出された。幸い首都圏は停電しなかったが、日本の電力も綱渡りなのだ。

これは発電設備がないためではない。次の図のように再稼動した10基の原発に加えて、17基が運転できるが、原子力規制委員会が設置変更許可した原発でさえ7基が動いていない。それに加えて、再稼動した関電の美浜3号機までテロ対策(特重)で止められた。

資源エネルギー庁

規制委員会の更田委員長は美浜3号機について「基準を満たしていない状態になった施設の運転は看過できない」と脅したが、運転停止を命じることができなかった。この脅しには法的根拠がないからだ。

維新は特重で止まっている美浜3号機などの再稼働を求めたが、問題は特重だけではない。設置変更許可は再稼動の条件ではないのだ。これはエネ庁も電力会社も知っているが、今さら言い出せない。

ドイツのエネルギー脆弱性はウクライナ戦争を誘発したが、日本も脆弱性を抱えている。中国が台湾を攻撃すると、経済制裁が行われることは必至である。ロシアへの投資を止めるのは日本企業にとってはむずかしくないが、中国から撤退するのは致命的だ。

日本も脱炭素化と脱原発を同時に進めている点で、ドイツと似ている。日本経済もこれからますますLNGに依存するので、今のようにガス価格が何倍にもなると、電気代は倍増してもおかしくない。

日本のエネルギーが脆弱になると、中国に対して強い態度をとれなくなり、中国の軍事的冒険のインセンティブとなる。エネルギー安全保障は、国家の安全に直結するのだ。少なくとも設置変更許可の出た原発はすみやかに動かし、日本のエネルギーに強靱性を取り戻す必要がある。

This page as PDF

関連記事

  • 10月16日、ポツダムで開かれた記者会見で、「難民問題についてAfDはずっと先を行っているが、いったいCDUにはどのような戦略があるのか」という質問を受けたメルツ首相が、「もちろん、街の風景に問題があるため、内務省はさら
  • 2月26日付のウォールストリートジャーナル紙の社説は再エネ導入策による米国の電力網不安定化のリスクを指摘している。これは2月に発表された米国PJMの報告書を踏まえたものであり、我が国にも様々な示唆をあたえるものである。
  • (前回:再生可能エネルギーの出力制御はなぜ必要か③) 結局、火力発電を活かすことが最も合理的 再エネの出力制御対策パッケージをもう一度見てみよう。 需要側、供給側、系統側それぞれの対策があるが、多くの項目が電力需給のバラ
  • 温暖化ガス排出削減目標、国・地域の8割未提出 COP30まで2カ月 国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)事務局によると、10日時点で35年時点の削減目標を含むNDCを提出したのは日本や英国、カナダなど28カ国にとどまっ
  • エネルギーをめぐる現実派的な見方を提供する、国際環境経済研究所(IEEI)所長の澤昭裕氏、東京工業大学助教の澤田哲生氏、アゴラ研究所所長の池田信夫氏によるネット放送番組「言論アリーナ」の議論は、今後何がエネルギー問題で必要かの議論に移った。
  • 北海道はこれから冬を迎えるが、地震で壊れた苫東厚真発電所の全面復旧は10月末になる見通しだ。この冬は老朽火力も総動員しなければならないが、大きな火力が落ちると、また大停電するおそれがある。根本的な問題は泊原発(207万k
  • 監督:太田洋昭 製作:フィルムボイス 2016年 東日本大震災、福島第一原子力発電所事故から5年間が過ぎた。表向きは停電も電力不足もないが、エネルギーをめぐるさまざまな問題は解決していない。現実のトラブルから一歩離れ、広
  • このタイトルが澤昭裕氏の遺稿となった論文「戦略なき脱原発へ漂流する日本の未来を憂う」(Wedge3月号)の書き出しだが、私も同感だ。福島事故の起こったのが民主党政権のもとだったという不運もあるが、経産省も電力会社も、マスコミの流す放射能デマにも反論せず、ひたすら嵐の通り過ぎるのを待っている。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑