IPCC報告の論点56:予測における排出量が多すぎる(後編)

2022年04月26日 07:00
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

jittawit.21/iStock

米国のロジャー・ピールキー・ジュニアが「IPCCは非現実的なシナリオに基づいて政治的な勧告をしている」と指摘している。許可を得て翻訳をした。

非現実的なRCP8.5シナリオ

前回からの続き)

さらに悪いことに、3つの研究はそれぞれ、2100年の気候変動を予測するために、時代遅れでかつありえない極端なシナリオ、RCP8.5シナリオを利用している。つまり、社会が現時点で適応できずそのままになるだけではなく、将来の気候変動が極端なシナリオに基づいて予測されており、これもまたありえない話である。

ありえないことの上に成り立つありえないことは、脆弱性を減らし、回復力を高めるという適応の役割について、何の実際的な洞察も与えていない。このようなことは、熱狂的な支持団体が自らの主張の演出のために科学を利用する際にはあり得ることかもしれないが、IPCCにおいてはあってはならないことである。

将来の洪水リスクと影響の予測において、実際に温暖化への適応を考慮するとどうなるのか。IPCCは、適応を含む別の研究によれば、適応がない場合の洪水被害予測の95%は回避できることを本文で指摘している(4-69)。「予測される洪水被害は、適切な適応を行えば、絶対値で1/20に減らすことができる。」と。この主張を裏付ける研究(Winsemius et al.2015)もRCP8.5シナリオを使用している。ありえないような気候の未来であっても、効果的な適応策を講じれば、洪水による被害のほとんどを回避することができるのだ。

さらに、補足資料として、より適切な上限排出シナリオ(RCP4.5)の下での適応に関する分析が含まれており、気候や社会の変化を想定しても、実際に洪水被害は現在より減少する可能性があることがわかっている。適応は重要なのである。

もちろん、気候政策や政治において、適応については長い間問題視されてきた。しかし気温の上昇に伴って影響がますます悪化するだろうという終末論的な見方を支持するのではなく、気候が変化しても、適応の機会によって人間にとって好ましい結果をもたらすことができるのである。

第2作業部会(WG2)による洪水に関する文献の誤記は、他の現象についても報告書全体において繰り返されている。適応についてはしばしば無視されるか、あるいは最小限の言及となっており、気温が上昇し続けることによって影響が悪化するように示されている。実際には、適応は、将来の排出量と気温の変化の幅広いレベルにおいて、人類の未来をプラスに導く大きな可能性を持っている。緩和と適応はどちらも重要であり、IPCC 第2作業部会(WG2)は緩和に重点を置いたことで、自身と我々皆に大きな損失を与えたのだ。

そして、さらに悪いことに上記の洪水のケースで現れたRCP8.5シナリオは、この報告書の至る所にちりばめられてしまっている。実際、今回RCP8.5シナリオは、過去のどのIPCC報告書よりも大きな役割を果たしているのだ(下に示す表は、報告書で明示的に言及された各シナリオの数を示したもの)。このことが重要なのは、RCP8.5や同様の極端なシナリオは、現在ではありえないことだと広く理解されているからだ。

IPCC第1作業部会は昨年、このような極端なシナリオは可能性が低く、RCP4.5のようなシナリオの方が実現の可能性が高いと認めてさえいる。それでも、第2作業部会(WG2)の報告書ではRCP8.5シナリオが将来の予測を支配している(その中でRCP4.5シナリオはしばしば不適切にも「緩和の成功した場合」として提示されている。現在の諸国の政策では、世界はRCP4.5シナリオをさらに下回る方向にある)。

実際、このような極端なシナリオがあり得ないことを示す科学的文献―例えば2017年の研究で「RCP8.5は今後の科学研究の優先事項ではない」と結論づけられている-が多く蓄積される中、が、IPCCがなぜこのように信用できないシナリオへの依存を高める選択をしたのか不可解である。

下図のグラフは、IPCC第5次評価報告書(2013/14)から第6次評価報告書(2021/22)にかけて、ありえないシナリオへの依存度が高まっていることを表している。IPCCの執筆者たちにこの決定の正当性を明確にするよう求めたが、今のところ誰もその申し出に応じてくれてはいない。

IPCCコミュニティ内部では以前からこうした問題が指摘されていたため、ありもしないシナリオに頼っていることはますます不可解なことである。例えば、シナリオの第一人者による2016年の論文では、世界が実際に向かっている場所に対する現実的なシナリオの欠如は、「IPCCの第6次評価報告書における緩和と影響の研究から包括的な結論を引き出すことは困難である」ことを意味すると、先見の明をもって警告している。それが正しいことが証明されたのだ。

これまでのところ、IPCCは時代遅れのありえないシナリオに依存していることについての問題点をほとんど無視しており、このことがIPCCの仕事の信頼性を根本的に損なってしまっている。

熱心な研究者による多くの優れた研究が、第2作業部会(WG2)によって評価されていることは間違いない。だが第2作業部会(WG2)が扱ういくつかの分野の専門家である私にとっては、私が熟知している文献の表現に不足があることと、文書のあからさまな唱道姿勢が、この報告書全体に不信感を抱かせることになってしまった(そして、私はまだ、自分自身の研究を含め、極端な事象の扱いについては触れていない)。

これは非常に残念なことであり、IPCCが自らに課した高い要求基準を満たすことができていないことの現れである。気候変動緩和については本来担当である第3作業部会(WG3)に任せるべきだ。そして、報告書を評価ではなく主張(advocacy)のために使うという誘惑に負けず、つまるところ物事を正当に扱うべきである。

最後に杉山注:RCP8.5シナリオがありえないぐらい排出が多い点については、以前、本連載でも書いた(IPCC報告の論点①:不吉な被害予測はゴミ箱行きに)。それにも関わらず、最新のIPCC報告の被害予測の大半がこのようなありえないシナリオに基づいてしまっている、というのがここでのロジャー・ピールキー・ジュニアの指摘である。

参考までに、下図をご覧頂きたい。これは拙著「15歳からの地球温暖化」からの抜粋(詳しい説明はここでは省略)。

1つの報告書が出たということは、議論の終わりではなく、始まりに過ぎない。次回以降も、あれこれ論点を取り上げてゆこう。

【関連記事】
IPCC報告の論点①:不吉な被害予測はゴミ箱行きに
IPCC報告の論点②:太陽活動の変化は無視できない
IPCC報告の論点③:熱すぎるモデル予測はゴミ箱行きに
IPCC報告の論点④:海はモデル計算以上にCO2を吸収する
IPCC報告の論点⑤:山火事で昔は寒かったのではないか
IPCC報告の論点⑥:温暖化で大雨は激甚化していない
IPCC報告の論点⑦:大雨は過去の再現も出来ていない
IPCC報告の論点⑧:大雨の増減は場所によりけり
IPCC報告の論点⑨:公害対策で日射が増えて雨も増えた
IPCC報告の論点⑩:猛暑増大以上に酷寒減少という朗報
IPCC報告の論点⑪:モデルは北極も南極も熱すぎる
IPCC報告の論点⑫:モデルは大気の気温が熱すぎる
IPCC報告の論点⑬:モデルはアフリカの旱魃を再現できない
IPCC報告の論点⑭:モデルはエルニーニョが長すぎる
IPCC報告の論点⑮:100年規模の気候変動を再現できない
IPCC報告の論点⑯:京都の桜が早く咲く理由は何か
IPCC報告の論点⑰:脱炭素で海面上昇はあまり減らない
IPCC報告の論点⑱:気温は本当に上がるのだろうか
IPCC報告の論点⑲:僅かに気温が上がって問題があるか?
IPCC報告の論点⑳:人類は滅びず温暖化で寿命が伸びた
IPCC報告の論点㉑:書きぶりは怖ろしげだが実態は違う
IPCC報告の論点㉒:ハリケーンが温暖化で激甚化はウソ
IPCC報告の論点㉓: ホッケースティックはやはり嘘だ
IPCC報告の論点㉔:地域の気候は大きく変化してきた
IPCC報告の論点㉕:日本の気候は大きく変化してきた
IPCC報告の論点㉖:CO2だけで気温が決まっていた筈が無い
IPCC報告の論点㉗:温暖化は海洋の振動で起きているのか
IPCC報告の論点㉘:やはりモデル予測は熱すぎた
IPCC報告の論点㉙:縄文時代の北極海に氷はあったのか
IPCC報告の論点㉚:脱炭素で本当にCO2は一定になるのか
IPCC報告の論点㉛:太陽活動変化が地球の気温に影響した
IPCC報告の論点㉜:都市熱を取除くと地球温暖化は半分になる
IPCC報告の論点㉝:CO2に温室効果があるのは本当です
IPCC報告の論点㉞:海氷は本当に減っているのか
IPCC報告の論点㉟:欧州の旱魃は自然変動の範囲内
IPCC報告の論点㊱:自然吸収が増えてCO2濃度は上がらない
IPCC報告の論点㊲:これは酷い。海面の自然変動を隠蔽
IPCC報告の論点㊳:ハリケーンと台風は逆・激甚化
IPCC報告の論点㊴:大雨はむしろ減っているのではないか
IPCC報告の論点㊵:温暖化した地球の風景も悪くない
IPCC報告の論点㊶:CO2濃度は昔はもっと高かった
IPCC報告の論点㊷:メタンによる温暖化はもう飽和状態
IPCC報告の論点㊸:CO2ゼロは不要。半減で温暖化は止まる
IPCC報告の論点㊹:アメダスで温暖化影響など分からない
IPCC報告の論点㊺:温暖化予測の捏造方法の解説
IPCC報告の論点㊻:日本の大雨は増えているか検定
IPCC報告の論点㊼:縄文時代には氷河が後退していた
IPCC報告の論点㊽:環境影響は観測の統計を示すべきだ
IPCC報告の論点㊾:要約にあった唯一のナマの観測の統計がこれ
IPCC報告の論点㊿:この「山火事激増」の図は酷い
IPCC報告の論点51:気候変動で食料生産が減っている?
IPCC報告の論点52:生態系のナマの観測の統計を示すべきだ
IPCC報告の論点53:気候変動で病気は増えるのか?
IPCC報告の論点54:これは朗報 CO2でアフリカの森が拡大
IPCC報告の論点55:予測における適応の扱いが不適切だ(前編)

This page as PDF
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

関連記事

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑