日本の有機農業のために
先日のTBS「報道特集」で「有機農業の未来は?」との特集が放送され、YouTubeにも載っている。なかなか刺激的な内容だった。
有機農業とは、農薬や化学肥料を使わずに作物を栽培する農法で、病虫害に遭いやすく収穫量が少ないため何かと苦労の多い方式であるが、農業生産の環境負荷が小さく、また採れた作物の品質が一般に良好な点が注目されている。
海外では、有機農業の作付面積割合がイタリア16%、ドイツ・スペイン10%、フランス8.8%、お隣韓国でも2.3%だそうだが、我が国は僅か0.5%に留まる。日本の農水省はこれを25%まで引き上げる目標を建てているそうだ。筆者はこれに賛成するし、大いに期待もしている。化学肥料や農薬に頼らない農業の方が、土壌生態系その他いろいろな面で健全度が高く、持続可能性も高いと考えられるからである。
しかし上記したように、有機農業には障壁が種々立ちはだかっており、作付面積が少ないのも理由がある。農水省は、どのような方策を建てているのだろうか?

alle12/iStock
筆者の関連する分野では、有機肥料としての「堆肥」を、いかにして大量供給できるか?と言う問題がある。何しろ、有機農業で必要とされる堆肥は大量だから。
堆肥は農家で昔から手作りされてきたもので、畜糞と稲わらなどを混ぜて積み上げ発酵させて作る。堆肥の原料は有機系廃棄物ならほぼ何でも使え、上記番組内でも「堆肥の学校」と称して生ゴミを原料とする堆肥作りのワークショップが紹介されていた。しかしこれらは、極めて小規模である(意義はもちろんある)。
生ゴミ(食品廃棄物)は、有機肥料の原料として優れた特性を持っている。何しろ「口に入るもの」が原料なので、毒物や有害化学物質の混入が起きにくい(安全性)。この点は下水汚泥(心配なのは鉛などの重金属)や家畜糞(懸念材料は抗生物質や成長促進剤などの残留化学物質)よりも、製品堆肥の安全性において優れている(もちろん、下水汚泥や畜糞からでも品質管理をしっかりやれば立派な堆肥が作れる)。一方、生ゴミは一般に広く薄く排出されるので、大量に入手できるかと言う点に困難がある。
環境省の最新データでは、平成30(2018)年度の食品廃棄物等の発生量は約2530万トン(事業系1765万トン、家庭系766万トン)、このうち食品ロスは約600万トン(事業系324万トン、家庭系276万トン)と推計されている。なお、事業系とは食品製造業、食堂レストランなどの外食産業、コンビニなどの流通業、学校(給食)など、広範囲の業種を指す。このうち排出量が年間100トン以上の事業者は「食品リサイクル法」の対象となり、何らかの形での再生利用が義務づけられている。
実際にどのように再生利用されているかを見ると、事業系では有価物(大豆ミール、ふすま等)が830万トンあり、廃棄物は769万トン、このうち肥料化向け(堆肥の原料となった分)は207万トンある。食品廃棄物等全体の約8%に過ぎない。なお、上の区分は分かりにくいと思うが、現在の「廃棄物処理法」では「有価物は廃棄物ではない」との規定があり、有価で引き取られたものは廃棄物に数えないのでこのような区分になっている。
一方、家庭系廃棄物766万トンのうち、肥料化・メタン化等とされる再生利用は56万トンに過ぎず、大半(710万トン、93%)は焼却・埋立されている。これらの多くは、一般家庭から排出される可燃ごみの中に含まれているからである。
筆者はかなり以前(1990年代)から、都市ごみ中の生ゴミを発生源(多くは家庭)で処理できないかと考え、処理技術の研究を進めてきた。
その手始めに、当時市販されていた家庭用生ゴミ処理機を買い込んでは実験し、性能の良し悪し・分解メカニズムなどを調べた。その結果、それまで売られていた処理機の方式には致命的な欠陥が幾つかあることを見出し、それまでとは全く異なる「静置型」処理機を案出し、その性能を確かめた。その成果を論文に発表し、とあるベンチャー企業から売り出そうとしたが、そのビジネスはあえなく頓挫した(要因は資金不足その他)。世間知らずの研究者が商売に手を出しても上手く行かないものだと痛感させられた。
このベンチャービジネスに関わった数年間、筆者の研究者としての生産性はゼロに近く、今顧みると明らかに研究の空白期間だった。またその間ベンチャーに貸したお金は、経営者の自己破産で全部水泡に帰した。借用書など何の役にも立たないことを思い知らされた。
その後は真人間(?)の研究者に戻り、生ゴミの微生物分解過程の解析など地味な研究に勤しんでいたが、あるとき東京都の研究機関の方から「ある大型生ゴミ堆肥化施設が悪臭を出して操業停止に追い込まれている。何とか相談に乗ってくれないか?」との依頼電話が来た。
これがきっかけで、筆者は堆肥化施設の大型プラントの操作にも関わるようになった。それまでは家庭規模で1日数kg以内、業務用でも1日100kg程度の処理しか扱っていなかったのに、いきなり1日数十トン規模の大型プラントである。これは、試験管・フラスコの実験室規模から、化学工場へのステップアップに近い。
しかしこれは、筆者の本来の専門である化学工学の最も得意とするところ。ここで引き下がる手はないと思った。しかしそれは、その後どんな労苦が待っているか知らなかったからこそできた決心だった。
その後、数年間かけて種々の困難を切り抜け、その堆肥化施設は何とか再稼働にまでこぎ着けた。実験室での基礎実験、青森県八戸市の同型プラントでの実操業時のデータ収集、長野県での脱臭施設実験など、必要なことは全部行った。それらを「改善報告書」にまとめて自治体に提出し、再稼働を認めてもらったのである。
その間、住民説明会を何度も開いた。初めの頃は冷たい視線にさらされたが、回数を重ねるうち理解を示して下さる住民も増え始め、最後は社長が「今度失敗したら撤退すると約束します!」と言ったので「それほど言うならやってみるがいいさ」ということで認めていただいた。
この例でも分かるように、都市部での大型生ゴミ堆肥化プラントには困難が多い。一つ間違えば酷い悪臭が出る。実際に失敗例は数多く、都市部ではこの種のプラント操業は無理だとする論者も多い。また、この種の施設の運営は「長年の経験」に頼っている部分が大きく、工学的な解析に基づくエンジニアリングが未熟であることも指摘できる。
一例を挙げるなら、発酵槽に吹き込む空気の量(通気量)をどのように設定するか、計算で求めている施設は筆者の知る限り皆無で、ほぼ全部が「経験値」として設定していた。そこで筆者は、通気量を科学・技術的に計算で求める方法を案出し、論文でも発表した。これは2015年の話だが、最近、海外からこの論文の続編を書かないかとのお誘いがあり、書く材料はあるので考え中である。
生ゴミ処理は廃棄物の処理システムの問題であり、また微生物処理技術の対象でもあり、筆者から見て語るべきことは多い。本稿だけでは語り尽くせないので今後も書き続けるが、ここらで今回のまとめを書いておきたい。
本稿前半に書いたように、日本の有機農業を推進するためには大量の有機質肥料が必要で、それらを供給するには、筆者が関わったような大型堆肥化施設が日本国中に多数存在しなければならない。そのためのプラント・エンジニアリングの確立も急務であるが、大量に排出されている食品廃棄物等を如何に有効利用するかというシステム開発も同時に大きな課題と言える。
これらは一個人・一企業でなし得ることではなく、農水省を中心に、一次産業から三次産業まで社会全体で取り組むべき課題である。

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