先進国だけの脱炭素がもたらす独裁者の勝利

A Mokhtari/iStock
前回に続いてルパート・ダーウオールらによる国際エネルギー機関(IEA)の脱炭素シナリオ(Net Zero Scenario, NZE)批判の論文からの紹介。
脱炭素というけれど、実際には先進国しかしていない。下図は、OECDと非OECDに分けて、2050年脱炭素という目標がどう扱われているか示すものだ。上に行くほどコミットメントの度合いが高く、上から順に、①法制化されている、②政策文書になっている、③宣言しただけ、④提案されたり議論されているだけ、となっている。日本を含め多くの先進国では法制化されているが、多くの途上国ではたんに議論されているだけだったり、宣言されているだけだ。

いま先進国が躍起になっているロシアへの経済制裁についてすら、実施しているのは先進国だけで、途上国はほとんどしていない。まして、自国の経済を痛めつける脱炭素など、途上国がおいそれと実施するとは到底思えない。
さてIEAは、NZEを実施すると、比較的高コストな先進国の石油生産が減少する結果、相対的に低コストなOPECに世界の石油生産シェアがシフトして、現状の35%から52%に達する、としている。これは石油ショックが発生した1973年に近い水準なので、これは問題である、としている。
しかし、本報告は、それどころでは済まない、としている。脱炭素に熱心なのは先進国だけなので、アメリカやイギリスなどの先進国だけがNZEに従って石油生産を減らすことになり、OPECのシェアはもっとずっと高くなるだろう、とする。
下図は、非OPECだけがNZEに従って石油生産を減らし、OPECはNZEに従わず、現状の政策を維持する(STEPS)とした場合、OPECのシェアが82%に達する、と言う試算だ。

先進国だけが脱炭素に邁進すると、世界の石油市場は空前の水準でOPECに牛耳られるという訳だ。超ド級の石油ショックが起きるかもしれない。
NZEでもう一つ困るのは、PV・風力・EVのために莫大な金属鉱物資源が必要だが、これが中国に牛耳られていることだ。下図は、化石燃料(上)と金属鉱物資源(下)について、採掘(左)と処理(右)の世界シェアを示すものだ。石油・ガスは米国などが多くなっているが、金属鉱物資源は中国のシェアが圧倒的になっている。
中国は「金属鉱物資源のOPEC」であり、PV・風力・EVを推進するとその中国への依存がますます高まることになる。

OPECの多くの国は独裁国家であり、中国も共産党独裁国家である。NZEを推進することで、世界は独裁国家に資源を依存することになる。これで日本などの民主主義は維持できるのだろうか? NZEを進めることによるこの副作用はあまりにも大きすぎるのではないか?
■
関連記事
-
アゴラ研究所の運営するエネルギー問題のバーチャルシンクタンクGEPRはサイトを更新しました。
-
美しい山並み、勢い良く稲が伸びる水田、そしてこの地に産まれ育ち、故郷を愛してやまない人々との出会いを、この夏、福島の地を訪れ、実現できたことは大きな喜びです。東日本大震災後、何度も日本を訪れる機会がありましたが、そのほとんどが東京で、福島を訪れるのは、2011年9月の初訪問以来です。
-
元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 5月22日に放映されたNHK・ETVの「サイエンスZERO」では、脱炭素社会の切り札として水素を取り上げていたが、筆者の目からは、サイエンス的思考がほとんど感じられない内容だっ
-
チェルノブイリの現状は、福島の放射能問題の克服を考えなければならない私たちにとってさまざまな気づきをもたらす。石川氏は不思議がった。「東さんの語る事実がまったく日本に伝わっていない。悲惨とか危険という情報ばかり。報道に問題があるのではないか」。
-
真夏の電力ピークが近づき、原発の再稼働問題が緊迫してきた。運転を決めてから実際に発電するまでに1ヶ月以上かかるため、今月いっぱいが野田首相の政治判断のタイムリミット・・・といった解説が多いが、これは間違いである。電気事業法では定期検査の結果、発電所が経産省令で定める技術基準に適合していない場合には経産相が技術基準適合命令を出すことができると定めている。
-
捕鯨やイルカ漁をめぐる騒動が続いている。和歌山県太地町のイルカ漁を批判的に描写した「ザ・コーヴ」(The Cove)が第82回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞したのは、記憶に新しい。
-
IPCC報告は、国際交渉や各国に影響を与えてきた。放送に出演の澤昭裕氏は経産省環境政策課長として、温暖化対策に向き合った経験がある。「温暖化対策の国際的枠組みと日本の政策は今、どのようになっているのですか」という池田氏からの問いに、次のようにまとめた。
-
監督:太田洋昭 製作:フィルムボイス 2016年 東日本大震災、福島第一原子力発電所事故から5年間が過ぎた。表向きは停電も電力不足もないが、エネルギーをめぐるさまざまな問題は解決していない。現実のトラブルから一歩離れ、広
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間













