トランプ次期政権を前にゴールドマン・サックスがNZBAから離脱
12月6日のロイターの記事によれば、米大手投資銀行ゴールドマン・サックスは、国連主導の「Net-Zero Banking Alliance:NZBA(ネットゼロ銀行同盟)」からの離脱を発表したということだ。
米金融機関はこれまで、共和党系の州当局の反ESG(環境・社会・ガバナンス)キャンペーンの圧力で、「ネットゼロ保険同盟(NZIA)や投資家イニシアティブの「ClimateAction100+」などからの離脱が相次いでいた。大手米銀が、銀行が主体的に取り組む「NZBA」から離脱するのは今回が初めてである。
この動きは、アメリカ国内で強まる反ESG圧力の影響を象徴するものであり、また2025年1月にトランプ氏が政権復帰することにともなう政策環境の変化が影響を及ぼしていると考えられる。

Vitalii Petrushenko/iStock
NZBA離脱の背景
NZBAは、金融機関が2050年までにネットゼロ排出を達成することを目指し、目標設定や進捗報告を義務付ける国際的な枠組みだ。ゴールドマン・サックスは今回の離脱理由について明確な説明をしていないが、共和党系州政府や政治家からの反ESGキャンペーンの影響が大きいとされている。
共和党は、ESG投資や気候変動対策を「市場原理への干渉」として批判しており、一部の州ではESGに関連する活動を行う金融機関に対して契約停止や規制強化を行っている。
また、過去のトランプ政権はパリ協定からの離脱を決定し、化石燃料産業への支援を優先してきた。これにより、金融機関や企業に対して気候変動対策への取り組みを義務付ける圧力が大幅に緩和された。このような政策環境が、ゴールドマン・サックスの戦略的判断に影響を与えた可能性がある。
ゴールドマン・サックスの戦略
ゴールドマン・サックスは、2019年に、2030年までに7500億ドルの持続可能な金融支援を行う計画を発表し、その75%以上をすでに達成したと報告した。
同社CEOは、NZBAからの離脱後も独自に脱炭素化目標を進める姿勢を示し、エネルギー産業への資金提供と脱炭素化技術への投資を両立する必要性を強調、「エネルギー産業支援と気候変動対策は相反するものではない」と述べている。
今回のNZBA脱退についても、ゴールドマンは顧客の持続可能性目標を支援し、自社の気候目標を自主的に達成する能力を強調した。この動きは、国際的な枠組みに依存せず、規制環境や市場状況に柔軟に対応するための戦略的な選択と考えられる。
トランプ氏の政権復帰による影響
パリ協定からの再離脱
トランプ氏は、第一次政権時代にパリ協定を「不公平で経済的負担が大きい」と批判して離脱を決定した。CPAC(保守政治行動会議)議長のマット・シュラップ氏も、就任後のDAY1に同協定への再離脱を発表するのではないかと匂わせていた。
国内規制の緩和
トランプ次期政権によって、国内での気候関連規制が大幅に緩和されると見られる。これにより、企業や金融機関が気候目標を追求する義務が軽減され、NZBAのような国際枠組みに参加する必要性が低下する。
化石燃料産業の支援
トランプ氏は化石燃料産業を積極的に支持しており、石炭や石油、天然ガスへの投資を優先する政策を再び展開するであろうし、これにより、金融機関も化石燃料関連事業を継続的に支援する圧力を受ける可能性がある。
ESG投資と金融業界への影響
トランプ政権の復帰や共和党主導の反ESGの動きは、金融業界に以下の影響を与えると考えられる。
ESG投資への批判の増加
反ESGの動きは、気候変動対策を推進する金融機関に対して圧力を加え、ESG投資を制限する環境を作り出す。特に共和党主導の州では、ESG関連の取り組みを行う金融機関が公共契約から排除されるリスクがある。
国際市場での孤立?
パリ協定からの離脱や気候変動対策の後退は、米国の金融機関が国際市場で孤立するリスクを高める可能性があると言われる。その背景には、EUなどが気候関連の情報開示を義務付けており、米国の金融機関がこれに対応しない場合、競争力を失うかもしれないという事情があるからだ。
しかし、「COP29閉幕、『気候資金』年3000億ドル拠出で合意 現行3倍増ながら途上国不満も」というヘッドラインに見られるように、パリ協定以降の動きは南北問題の再燃の様相を呈しており、ラブロック氏の言葉ではないが、「600年にわたる植民地主義」がもたらした「宿痾」の表出とも言えるのではなかろうか。パリ協定は形骸化の兆しを我々に示している。損得に目ざとい事業者が方向転換を図ったとも捉えられる。
最後に
ゴールドマン・サックスのNZBAからの離脱は、アメリカ国内で強まる反ESG圧力や共和党系州政府の政策が影響していると考えられる。トランプ次期政権の実現によって、パリ協定からの再離脱や国内規制の緩和が進み、気候関連の枠組みへの参加がさらに不要とみなされる可能性がある。
一方で、ゴールドマン・サックスは、独自の戦略で気候変動対策を進める姿勢も示している。今後、国際的な枠組みや政策環境の変化に対応しつつ、金融業界がどのように持続可能性を追求するかが注目される。
それに対して、未だにESG投資に期待する周回遅れの我が国の政府、金融機関はどのような対応をしていくのであろうか。

関連記事
-
2017年1月からGEPRはリニューアルし、アゴラをベースに更新します。これまでの科学的な論文だけではなく、一般のみなさんにわかりやすくエネルギー問題を「そもそも」解説するコラムも定期的に載せることにしました。第1回のテ
-
元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 前稿で科学とのつき合い方について論じたが、最近経験したことから、改めて考えさせられたことについて述べたい。 それは、ある市の委員会でのことだった。ある教授が「2050年カーボン
-
福島では、未だに故郷を追われた16万人の人々が、不自由と不安のうちに出口の見えない避難生活を強いられている。首都圏では、毎週金曜日に官邸前で再稼働反対のデモが続けられている。そして、原子力規制庁が発足したが、規制委員会委員長は、委員会は再稼働の判断をしないと断言している。それはおかしいのではないか。
-
海洋放出を前面に押す小委員会報告と政府の苦悩 原発事故から9年目を迎える。廃炉事業の安全・円滑な遂行の大きな妨害要因である処理水問題の早期解決の重要性は、国際原子力機関(IAEA)の現地調査団などにより早くから指摘されて
-
民主党・野田政権の原子力政策は、すったもんだの末結局「2030年代に原発稼働ゼロを目指す」という線で定まったようだが、どうも次期衆議院選挙にらみの彌縫(びほう)策の色彩が濃く、重要な点がいくつか曖昧なまま先送りされている。
-
「気候変動の真実 科学は何を語り、何を語っていないか」については分厚い本を通読する人は少ないと思うので、多少ネタバラシの感は拭えないが、敢えて内容紹介と論評を試みたい。1回では紹介しきれないので、複数回にわたることをお許
-
さまよえる使用済み燃料 原子力の中間貯蔵とは、使用済み核燃料の一時貯蔵のことを指す。 使用済み燃料とはその名称が示す通り、原子炉で一度使用された後の燃料である。原子炉の使用に伴ってこれまでも出てきており、これからも出てく
-
ウクライナ戦争は世界のエネルギー情勢に甚大な影響を与えている。中でもロシア産の天然ガスに大きく依存していた欧州の悩みは深い。欧州委員会が3月に発表したRePowerEUにおいては2030年までにロシア産化石燃料への依存か
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間