熱波が30倍も起こり易くなったという気候詐欺のカラクリを教えます

jittawit.21/iStock
大寒波が来ているので、暑くなる話題を一つ。
2022年3月から4月にかけてインドとパキスタンを熱波が襲った。英国ガーディアン紙の見出しは、「インドの殺人的な熱波は気候危機によって30倍も起こりやすくなった(The heatwave scorching India and Pakistan has been made 30 times more likely by the climate crisis)」だった。
これは、どのような意味だろうか?
地球温暖化で平均気温は上昇するが、そのとき、熱波が平均気温の上昇よりもはるかに温度上昇するというわけではない。
実際のところ、この「30倍も起こりやすくなった」という記事の根拠となった論文でも、気候変動による産業化以前からの熱波の温度上昇は1℃だとしている一方で、この地域の平均的な温暖化は1℃をわずかに上回っている。したがって、この場合、平均気温の変化よりも、熱波の温度の変化のほうがむしろ小さいことになる。
これはよくあることであり、稀なことではない。IPCC のまとめでも、陸地における1年を通して平均した気温は、その年の最も高い気温よりも、より速く温暖化している、となっている。
「30倍起こりやすい」という見出しを見ると、読者は、「平均気温の上昇とは不釣り合いに熱波が発生しやすくなり、熱波が30倍も頻繁に起きるようになっている」と誤解してしまう。しかし実際には、熱波の頻度はまったく変わっていない。以前より1℃気温が高くなっている、それだけの話だ。
実際、「30倍」という数字は、奇妙な理屈の産物である。ここでは「熱波」とは、ある気温の閾値(しきい値)を超えることだと研究者は定義している。しかし、この定義だと、閾値よりわずかだけ低い熱波は「存在しない」ことになる。つまり、閾値よりも1℃低い熱波は熱波でないことになるのだ。
熱波を垂直飛びに例えてみよう。バスケットボール選手の垂直跳びが平均で70cm だとする。もっと高く跳ぶこともあれば、低く跳ぶこともある。ごく稀に、例えば100回に3回、72cmも高く跳ぶことがあるとする。
ここで、彼らが新しい靴を履き始め、その靴がすべてのジャンプを1cm上げると想像してみよう(これは、背景となる地球温暖化が平均して気温を1℃上げることの例えである)。
この靴を履いたからといってジャンプがさほど高くなるわけではない。だが、靴を履くことによって、ジャンプしたときに100回に3回ではなく、10回に1回の割合で72cmに達することになるというわけだ(図1)。

図1 バスケットシューズ詐欺
横軸はジャンプの高さ(cm)、縦軸は100回ジャンプしたうちの回数。
旧製品(青)に比べて新製品(オレンジ)は1cmだけ平均して高く飛べるだけのことだが、
(72センチ以上の)「大ジャンプの頻度が10倍になる!」と宣伝する。
しかし、これは誤解を招く表現だ。靴が理由で、選手のジャンプがとんでもなく高くなったように聞こえてしまうからだ。
悪徳な靴メーカーのマーケティング担当者であれば、「靴がすべてのジャンプを1cm増加させる」と単に述べるよりも、「大ジャンプが10倍も増加する」と言いたがるかもしれない。だが、これは詐欺に近い。
このような宣伝が詐欺ではないような、例外的な場合もあるかもしれない。それは、72cmのジャンプが特に意味のある閾値である場合だ。例えば、バスケットボールをダンクシュートするために、少なくともその高さまでジャンプする必要があるといった場合である。これと同様に、もしも気温に重要な意味のある閾値が存在するならば、その閾値を突破するリスクの頻度を述べることに意義が出てくる。
しかし、気温については、そのような意味のある閾値は存在しない。
ならば、「(Xcm以上の)大ジャンプをする頻度が何倍になるか」ではなく「何cm高くジャンプできるか」に答えるほうが誠実な情報提供であるのと同様に、「(X度以上になる)頻度が何倍になるか」ではなく、「何℃高くなるか」を誠実に情報提供すべきである(図2)。

図2 「熱波が10倍」気候詐欺。
横軸は最高気温の高さ(℃)、縦軸は100回の熱波のうちの回数。
温暖化前(青)に比べて温暖化後(オレンジ)は1℃だけ平均して高くなっただけのことだが、
(35℃以上の)「熱波の頻度が10倍になった!」と宣伝する。
バスケットボール選手の場合、新しい靴はジャンプを1cm高くしたにすぎない。2022 年のインド・パキスタンの熱波の場合、地球温暖化によって気温が1℃高くなっていたにすぎないのである。
これが誤解のないように科学的知見を伝える最も誠実な方法だ。わざと誤解を招くような奇妙な表現をし、気候危機を煽り立て、地球温暖化対策に駆り立てることは詐欺的な行為である。
■

関連記事
-
前回、環境白書の示すデータでは、豪雨が増えているとは言えない、述べたところ、いくつかコメントがあり、データや論文も寄せられた(心より感謝します)。 その中で、「気温が上昇するほど飽和水蒸気量が増加し、そのために降水量が増
-
日本でも、遺伝子組み換え(GMO)作物が話題になってきた。それ自体は悪いことではないのだが、このブログ記事に典型的にみられるように、ほとんどがGMOと農薬を混同している。これは逆である。GMOは農薬を減らす技術なのだ。
-
刻下の日本におけるエネルギー問題(電力供給問題)が中小企業に及ぼす負の影響について、安定供給・価格上昇・再生可能エネルギー導入・原発再稼働などの側面から掘り下げてみたい。
-
国際環境経済研究所(IEEI)版 新型コロナウイルスの緊急事態宣言が7都府県に発令されてから、およそ3週間が経ちました。様々な自粛要請がなされる中、宣言の解除予定である5月を心待ちにされている方もいらっしゃると思います。
-
前代未聞の原発事故から二年半を過ぎて、福島の被災者が一番注意していることは仲間はずれにならないことだ。大半が知らない土地で仮の生活をしており、親しく付き合いのできる相手はまだ少ない。そのような状況では、連絡を取り合っている元の町内の人たちとのつながりは、なにより大切なものだ。家族や親戚以外にも従来交流してきた仲間とは、携帯電話やメールなどでよく連絡を取り合っている。仕事上の仲間も大切で、暇にしていると言うと、一緒に仕事をやらないかと声を掛けてくれる。
-
はじめに 欧州連合(EU)は、エネルギー、環境、農業、工業など広範な分野で「理念先行型」の政策を推進し、世界に対して強い影響力を行使してきた。その中心には「グリーンディール」「Fit for 55」「サーキュラーエコノミ
-
アゴラ研究所の運営するエネルギー問題のバーチャルシンクタンクGEPRはサイトを更新しました。
-
関西電力大飯原発をはじめとして、各地の原発の再稼働をめぐって混乱が続いている。政府は再稼働を進めようとするが、地元の首長や住民の反対によって実現は不透明なままだ。そして5月5日に日本の全原発が停止した。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間