安倍政権の残した「動かない原発」

2022年07月11日 21:00
アバター画像
アゴラ研究所所長

きのうのシンポジウムでは、やはり動かない原発をどうするかが最大の話題になった。

安倍晋三氏の首相としての業績は不滅である。特に外交・防衛に関して日米安保をタブーとした風潮に挑戦して安保法制をつくったことは他の首相にはできなかったが、彼がやり残した課題も多い。その最たるものが、今の電力危機の原因になっている「動かない原発」の問題である。

この根本的な原因は、民主党政権が原子力規制委員会というバカの壁をつくったことだが、法的には再稼動は規制委員会の権限ではなく、内閣が「安全審査は運転と並行してやってください」といえばすむことだった。田中俊一委員長も、2014年2月の答弁書で「委員会が再稼動を認可する規定はない」と答弁した。

安倍政権の見込み違い

ところが安倍内閣は2014年10月に「原子力規制委員会により世界で最も厳しい水準の規制基準に適合すると認められた場合には、その判断を尊重し原子力発電所の再稼働を進める」という方針を閣議決定し、これが今も内閣の方針として継承されている。

これは逆にいうと、委員会が規制基準に適合すると認めるまで再稼動しないという意味である。原子炉等規制法にはそんな規定はないが、これが「有権解釈」として実質的な拘束力をもち、今日に至っている。

これは安倍氏が選挙対策として強調した面が強く、安全審査は2~3年で終わるだろうと関係者は高をくくっていた。規制委員会の前身である原子力安全委員会の安全審査は、1基で1ヶ月ぐらいで終わったからだ。

しかし内閣直属の三条委員会としてつくられた規制委員会には、エネ庁からの情報がほとんど入らず、電力会社からの出向も原則として認めなかったため、素人集団として出発した。人事も片道切符だったので、優秀な人材が集まらなかった。

田中委員長は「費用対効果の評価は委員会の仕事ではない」とか「確率論的リスク評価はやらない」と公言し、各原発でゼロから審査をやったため、1基の審査に何年もかかるようになった。

これはまずいと電力業界もエネ庁も思ったが、いったん閣議決定された法解釈を変えることは容易ではない。変更するにはバックフィットは運転と並行して行うと法律に明記するしかない。2020年の改正では「起動後は運転を継続しながら審査を行う」としたのだが、安倍内閣は方針を変えなかった。

安全審査の流れ(原子力規制委員会)

「特重」の大きな弊害

特に問題が大きいのは、特重(特定重大事故等対処施設)の扱いである。これは2001年の9・11のような航空機テロで原発が破壊されたときの対策として、山の中に予備の中央制御室をつくるものだ。これは原子炉本体とは独立の設備なので、その安全審査のために本体を止める必要はない。

今の更田委員長も、これについては「特定重大事故等対処施設がないことが直ちに危険に結びつくとは考えておりません」と認めている。逆にいうと、彼が「運転と並行して審査する」と決めれば、高浜1号・2号などの特重待ちの原発は、すぐ動かせるのだ。

安倍氏は憲法改正を最大の課題とし、そのために票を減らすような政策は避けるという点では一貫した戦略をもっていたが、それが結果的には法解釈の硬直化をもたらし、電力不足を招いている。岸田政権に大英断ができるとは考えにくいが、せめて特重だけでも動かせば、この夏や冬の電力不足は改善する。

This page as PDF

関連記事

  • アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクGEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。
  • 前回に続いて、環境影響(impact)を取り扱っている第2部会報告を読む。 今回は朗報。衛星観測などによると、アフリカの森林、草地、低木地の面積は10年あたり2.4%で増えている。 この理由には、森林火災の減少、放牧の減
  • 元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 前回書ききれなかった論点を補足したい。現在の日本政府による水素政策の概要は、今年3月に資源エネルギー庁が発表した「今後の水素政策の課題と対応の方向性 中間整理(案)」という資料
  • 前回に続いてルパート・ダーウオールらによる国際エネルギー機関(IEA)の脱炭素シナリオ(Net Zero Scenario, NZE)批判の論文からの紹介。 A Critical Assessment of the IE
  • 2022年の年初、毎年世界のトレンドを予想することで有名なシンクタンク、ユーラシアグループが発表した「Top Risks 2022」で、2022年の世界のトップ10リスクの7番目に気候変動対策を挙げ、「三歩進んで二歩下が
  • 昨年発足した原子力規制委員会(以下、規制委員会)の活動がおかしい。脱原発政策を、その本来の権限を越えて押し進めようとしている。数多くある問題の中で、「活断層問題」を取り上げたい。
  • 「インフレ抑止法」成立の米国・脱炭素の現状 8月16日、米国のバイデン大統領は、政権の看板政策である気候変動対策を具体化する「インフレ抑止法」に署名し、同法は成立した。 この政策パッケージは、政権発足当初、気候変動対策に
  • (前回:温室効果ガス排出量の目標達成は困難①) 田中 雄三 トレンドで見る発展途上国のGHG削減 世界銀行の所得分類 GHG排出量に関するレポートは、排出量が多い国に着目したものが一般的ですが、本稿では、国の豊かさとの関

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑