日本のプルトニウム利用計画に対する内外の理解を深めよ――原子力委員会による「上限」設定に反対する

2018年06月29日 06:00
アバター画像
外交評論家、エネルギー戦略研究会(EEE会議)会長、元外交官、初代外務省原子力課長

3.11から7年が経過したが、我が国の原子力は相変わらずかつてない苦境に陥っており、とくに核燃料サイクルやバックエンド分野(再処理、プルトニウム利用、廃棄物処分など)では様々な困難に直面している。とりわけプルトニウム問題については、周知のように我が国は現在、国内外に合計47トンの分離プルトニウムを所有していることから、反原発派やマスコミは、「日本は原爆6,000発分のプルトニウムを持っており、国際的に疑惑を招いている」等と言い触らして、ことさら一般市民の不安を煽っている。

日本が所有する分離プルトニウムのうち、大部分(約37トン)は英仏で再処理されたもので、現在も両国に保管され、厳重に管理されている。残りの約10トンが実際に日本に保管されているが、周知のように、これらのプルトニウムは、全国の原子力発電所の核燃料、研究炉の燃料のみならず、およそ原子力平和利用に係るあらゆる核物質と共に、すべて、核不拡散条約(NPT)に基づき、国際原子力機関(IAEA)の保障措置・査察下に置かれており、軍事転用はできない仕組みになっている。また、とくに青森県・六ケ所村の再処理工場には、稼働開始後は、IAEA査察官が常駐し、24時間査察可能になっている。 なお、プルトニウムの在庫量はキログラム単位で毎年原子力委員会によって公表されているが、このようなことを実施しているのは世界中で日本だけだ。

しかも、我が国が保有するような、軽水炉の使用済み燃料から抽出されたプルトニウム(原子炉級プルトニウム)では、不純物が多く、実用的な核爆弾は製造できないとされている。原爆6,000発分というのは全く不正確で誤解を招くものだ。しかも、これだけのプルトニウムが日本国内に裸のまま蓄積されていて、いつでも核兵器製造に転用される危険性があるかのように言うのは故意によるものであり、日本の核燃料サイクル政策を貶めるものと言わざるを得ない(こうした諸点については、昨年末出版された拙著『小池・小泉「脱原発」のウソ』(飛鳥新社)の第6,第8章、特にp.209~214で詳しく解説してある。)

こうしたプルトニウムを含む核物質の管理状況は日頃一般市民の目に触れることは無く、実態はほとんど全く理解されていない。このため、上記のような偏向した報道に基づく誤解や不安が一般市民の間に広がっており、それが原子力発電に対する不安や海外における疑惑を増幅する原因となっていると考えられる。現実には、上述のように、日本の核物質管理と保障措置・査察の受け入れ状況は、長年の地道な努力と実績によりIAEAも太鼓判を押しているところで、日本はNPT/IAEA体制下の模範生と自他ともに認められているが、このことも残念ながら一般にはほとんど全く理解されていない。

他方、3.11以後原発再稼働は遅れており、現在再稼働は9基のみ。そのうち、「プルサーマル」(MOX燃料使用)が行われるのは4基(高浜3,4号、伊方3号、玄海3号)。「もんじゅ」は2016年に廃棄が決定し、フルMOXの大間原発の建設工事も停滞しているため、プルトニウムの早期の大量消費のめどは立っていない。このような状況で、もし六ケ所再処理工場が3年後に本格的操業を開始すれば、約8トン(年間平均)のプルトニウムが生成されるので、トータルのプルトニウムの在庫量は増加する。反原発市民団体や一部メディアはこの点を問題視し、六ケ所工場の廃止を叫んでいる。

こうした反対派の宣伝活動に影響されたせいか、原子力委員会は、いわゆる「余剰プルトニウム(使用目的の無いプルトニウム)を持たない」との原則に基づき、今後は、分離プルトニウムの在庫量を無暗に増加させないために、六ケ所村再処理工場の稼働率に一定の上限を設けることを検討中で、7月17日の現行日米原子力協力協定の自動延長の機会に、日米共同声明を発出する意向とも伝えられる(各紙報道参照)。

しかしながら、六ケ所工場の稼働率は、民間電力会社が主として経済的、経営的観点から合理的に決定すべきものであって、原子力委員会がアプリオリに決定するのは筋違いである。まして、プルトニウムの在庫量削減について日米政府で共同声明を出すのは愚策であり、その必要はないと考える。原子力委員会は従来から国内におけるプルトニウムの在庫量を毎年1回公表しているので透明性は十分確保されており、「余剰(使用目的の無い)プルトニウムは持たない」との既存の方針を再確認するだけに止めるべきである。

さらに、原子力委員会は、原子力規制委員会と共同して、この際改めて、日本における核不拡散、核物質管理、保障措置・査察(safeguards)、核セキュリティ・テロ対策など、とりわけプルトニウム管理の状況について、一般市民の理解促進に努めるべきである。さらに、海外に対しても積極的に実情を説明し、唯一の被爆国である日本の原子力平和利用活動の現状について正しい理解が得られるように、そして、いつまでも「痛くもない腹」を探られることがないように、内外向けの広報活動を一段と強化すべきである。

This page as PDF
アバター画像
外交評論家、エネルギー戦略研究会(EEE会議)会長、元外交官、初代外務省原子力課長

関連記事

  • GEPRを運営するアゴラ研究所は毎週金曜日9時から、アゴラチャンネル でニコニコ生放送を通じたネットテレビ放送を行っています。2月22日には、元経産省の石川和男氏を招き、現在のエネルギー政策について、池田信夫アゴラ研究所所長との間での対談をお届けしました。
  • 立春が過ぎ、「光の春」を実感できる季節になってきた。これから梅雨までの間は太陽光発電が最も活躍する季節となるが、再エネ導入量の拡大とともに再エネの出力制御を行う頻度が多くなっていることが問題となっている。 2月6日に行わ
  • GEPRを運営するアゴラ研究所は毎週金曜日の午後9時から、インターネットの映像配信サービス、ニコニコ生放送で「アゴラチャンネル」という番組を放送している。22日は、アゴラ研究所の池田信夫所長をホスト、元経産官僚の石川和男氏をゲストにして「原発停止、いつまで続く?」というテーマで放送した。
  • 28年前、旧ソ連邦のウクライナで4号機が放射能を火山のように噴出させて以来、チェルノブイリの名前は原子力の悪夢のような面の同義語となってきた。そのチェルノブイリでは現在、巨大な国際プロジェクトが進行している。高い放射能を帯びた原子炉の残骸を、劣化したコンクリート製の「石棺」ごと、今後100年間以上封じ込める巨大な鋼鉄製シェルターの建設作業だ。
  • 報道にもあったが、核融合開発のロードマップが前倒しされたことは喜ばしい。 だが残念ながら、いま一つ腰が引けている。政府による原型炉建設へのコミットメントが足りない。 核融合開発は、いま「実験炉」段階にあり、今後2兆円をか
  • 3人のキャスターの飾らない人柄と親しみやすいテーマを取り上げることで人気の、NHK「あさイチ」が原子力発電を特集した。出演者としてお招きいただいたにもかかわらず、私の力不足で議論を深めることにあまり貢献することができなか
  • 次世代の原子炉をめぐって、政府の方針がゆれている。日経新聞によるとフランス政府は日本と共同開発する予定だった高速炉ASTRIDの計画を凍結する方針を決めたが、きのう経産省は高速炉を「21世紀半ばに実用化する」という方針を
  • 11月15日から22日まで、アゼルバイジャンのバクーで開催されたCOP29(国連気候変動枠組条約締約国会議)に参加してきた。 産業界を代表するミッションの一員として、特に日本鉄鋼産業のGX戦略の課題や日本の取り組みについ

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑