イベリア半島広域停電ようやく当局が説明

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スペイン政府の初動説明:停電の概要と初期分析
2025年4月28日に発生したスペインおよびポルトガルにおける広域停電から2週間が経過し、スペインのサラ・アーゲセン環境移行大臣が初めて公に説明を行いました。発表内容は以下の通りです。
- 停電発生の30分前に「イベリア半島の系統とヨーロッパ大陸の他の地域で2回の変動」が記録された。
- 停電は、グラナダ、バダホス、セビリアの各変電所を起点として発生している。
- 原因が特定されていない3件の事故により、合計2.2GWの発電能力が失われた。
- 発電機停止の要因として、過剰電圧の影響を検討している。
しかし、これだけの情報では十分な分析は困難であるため、以下のような自ら収集可能なデータを整理・検討しました。
- 停電発生前1週間における太陽光発電(PV)および風力発電の出力推移
- スペインとフランスの連系線を通じた電力の輸出入状況(2019年頃と2025年の比較)
- スペイン国内における太陽光発電設備の地理的分布
再エネ出力と国際連系:日中ピーク時の電力流動
はじめに、事故発生前1週間におけるスペイン国内の太陽光発電(PV)および風力発電の出力状況について示します(図1)。黄色のグラフがPVの出力を示しており、特に朝8時台から急激に出力が増加していることがわかります。これは、スペインにおける太陽光発電の導入量が非常に多いことを物語っています。
しかし、事故が発生した4月28日の出力は、他の日と比較して特段高いとは言えないように見受けられます。おそらく、PVと風力発電の合計出力が22,000MW前後に達した時点で、系統安定化のために出力抑制が行われていた可能性があります。

図1 ヨーロッパの各国連系状況
次に、スペインとフランス間の連系線における電力の流れについて述べます。
図2は2019年4月のデータですが、ほとんどの時間帯でフランスからスペインへの電力供給が行われていることが確認できます。

図2 スペインとフランスの間の送電電力グラフ
2019年4月Energy-chartから
これに対し、図3に示す2025年4月のデータでは、電力の流れに大きな変化が見られます。とくに太陽光発電(PV)が高稼働となる日中の時間帯には、電力がスペインからフランスへと逆流している状況が確認されます。このような変化が系統に与える影響については、後ほど詳しく説明します。

図3 スペインとフランスの間の送電電力グラフ
2025年4月Energy-chartから
3つ目のデータは、図4に示したスペイン国内の太陽光発電(PV)の分布図です。これを見ると、日照時間の長い地中海沿岸、特にスペイン南西部に多くのPV設備が集中していることがわかります。この傾向は、日本において九州地方に太陽光発電が多く導入されている理由と類似しており、いずれも日射量の多い地域に設置が偏っていることを示しています。

図4 スペイン国内のPVの分布
電力流動の変化と中核都市への影響
これらの情報をもとに、スペイン国内における電力の流れを想定してみました。スペインの三大都市は「マドリード」「バルセロナ」「バレンシア」であり、日本と同様に、電力は基本的に大消費地へ向かって流れる傾向があります。
図5は私の想定図ですが、2019年以前は太陽光発電(PV)の出力がまだ小さく、スペインはフランスから電力を定常的に輸入していました。そのため、国内の電力の流れとしては、例えばフランスからの電力が北東側から、南西部の火力や水力などの電源が反対側から、それぞれマドリードなどの中核都市に向かって流れ込む――すなわち東西からバランスよく収束するような形になっていたと考えられます。このような電力分布は、系統の安定性という観点からも、理想的な形態の一つといえるでしょう。

図5 2019年以前のスペイン国内の電力の流れ(筆者の想定)
2025年の流動逆転と送電線集中ルート
ところが、2025年になると、日中帯に限ってはフランスとの連系線における電力の流れが逆転し、スペインからフランスへの送電が行われるようになっています。この送電の主な電源は、スペイン南西部に多く分布している太陽光発電(PV)です。
この状況から想定されるのは、2025年頃の日中帯には、スペイン南西部からマドリードを経由してフランス方向へと電力が大量に流れる構造になっていた、ということです(図6)。実際に4月28日に広域停電が発生したのは、PVの出力が最大となる12時台であり、この時間帯の電力の流れと何らかの関係があった可能性が考えられます。

図6 2025年以後のスペイン国内日中帯の電力の流れ(筆者の想定)
図6に示したように、太陽光発電の多いスペイン南西部から、マドリードやバレンシア方面へ向かう電力の流れが強まっていることが想定されます。電力の流れが特に大きいと考えられるルートには、太く、ピンク色の矢印を用いて強調しています。
さらにこの図には、冒頭でアーゲセン環境移行大臣が説明した、停電が最初に発生したとされる「グラナダ」「バダホス」「セビリア」の3地点も重ねて表示しています。これにより、電力の流れの集中と事故発生地点との位置関係が視覚的に把握でき、系統負荷との関連性を考察するうえで重要な手がかりとなります。

図7 停電がはじまったとされる3変電所の場所を×印で記入
単発事故が広域停電に至った要因
図中に記号が多くなり、やや見づらくなってしまい申し訳ありませんが、停電が始まったとされる3つの変電所(グラナダ、バダホス、セビリア)は、いずれもピンク色の矢印――すなわち電力の流れが大きいと想定されるルート――の根元付近に位置しています。これは偶然ではないと考えています。
もちろん、単に電力の流れが多いからといって、それだけで停電が起きるわけではありません。ここで注目したいのは、アーゲセン環境移行大臣の説明に含まれていた「原因が特定されていない3件の事故によって、2.2GWの発電力が失われた」という点です。原因が特定できていないとはいえ、事故の概要くらいは説明があってしかるべきですが、その説明すらありませんでした。
私の推定では、これらは送電線に関連した事故だったのではないかと考えています。たとえば、単発的な短絡事故や地絡事故といった、特に珍しくはない類の送電線事故です。これらの事故は、通常であれば停電には至らず、多くの人にとって「発生していない」ように感じられるかもしれません。しかし、実際には日本国内でも年間数百件の送電線事故が発生しており、そのうち停電に至るのはごくわずかです。スペインでも、同程度の発生頻度である可能性は高いと考えられます。
とはいえ、今回のように広域停電にまで発展する事例は極めて稀であり、スペインにおいては、2021年7月に発生した山火事によるスペイン~フランス連系線の事故以来の大規模な事象であると思われます。
ただし今後は、再生可能エネルギーの大量導入によって系統がより複雑化・脆弱化し、これまでなら単発で収束していた送電線事故が、連鎖的に影響を及ぼし、広域停電につながるケースが増加するのではないか――このような懸念を抱かざるを得ません。
送電線において、単発的な地絡事故や短絡事故が発生しても、直ちに停電に結びつかないのには理由があります。多くの送電線には、あらかじめ迂回ルートが構成されており、その冗長性によって事故時の供給継続が可能になっているためです。
例えば、送電線の構造としては、図8に示すように6本の導体(電線)が張られているものが一般的です。これは、三相交流を用いた2回線構成となっており、1回線に障害が発生しても、もう1回線を使って電力を迂回させることで、送電を継続できる仕組みになっています。

図8 日本の一般的な送電線
九州電力webから
ただし、この場合でも送電容量は減少します。ちょうど、2車線の道路が工事などにより1車線に減少したときを想像してみてください。車両が少なければスムーズに合流できる一方、交通量が多い場合には合流地点で渋滞が起こり、場合によっては追突事故が発生することもあります。
電力系統も同様で、流れる電力量が少ない場合には1回線でも問題なく対応できますが、大きな電力が流れている状況では、負荷が集中することで「渋滞」や「事故」が発生します。電気の世界では、これが「脱調現象」として現れ、電圧や周波数の大幅な変動、さらには停電につながることもあります。
今回のイベリア半島における広域停電の背景として、私は次のようなシナリオを想定しています。
太陽光発電の大量導入により、スペイン南西部では日中帯に限って電力が東向きに大量に流れる“重潮流”状態が常態化していました。そこに、送電線の単発的な事故が3件も重なったことで、通常であれば系統が耐えられるはずのトラブルが、より深刻な事象へと発展したと考えられます。
特に、再生可能エネルギーは火力や水力、原子力と比べて系統に与える「慣性力」が弱く、系統安定性に貢献しにくい特性があります。そのため、事故によって一部のPVや風力発電が停止し、需給バランスが急速に崩れたことで、連鎖的に火力・水力・原子力発電も停止。結果として広域的な停電が発生した――というのが、私の考える有力なシナリオです。
イベリア半島大規模停電まとめ
今回のイベリア半島における大規模停電の背景には、いくつかの構造的な問題があると考えられます。
第一に、太陽光発電(PV)は日照条件の良い地中海沿いの南西部に集中し、風力発電は風況の良い北西部に偏在しているという地理的配置があります。しかし、それらの発電電力を大消費地に届けるための送電インフラの整備が追いついていない状況でした。
第二に、再エネ大量導入以前は、フランスからの電力輸入も含め、マドリードなどの大都市には東西両方向からバランスよく電力が供給されていたのに対し、2025年現在では、南西部のPVから日中に大量の電力が東方向へ流れる「一方向の重潮流」構造が形成されています。
このような中で、単発の送電線事故が3件発生。通常であれば問題にならない事故でしたが、**大量の再エネが稼働していた時間帯に起きたことで系統が脱調(電圧や周波数の大きな変動)**を起こしました。電圧変動に脆弱なPVや風力が停止し、続いて火力などの回転機系発電も停止。その結果として、広域停電に発展したと考えられます。
この時、日中帯だったため系統内における回転機発電(火力・水力・原子力)の比率が相対的に低く、慣性力が不足していたことも、被害を拡大させた要因の一つだと思われます。
日本はどうか?
日本においても、類似の構造的リスクが存在します。たとえば、九州から中国・関西方面への電力の流れについては、事故が発生しても系統が不安定化しないよう、あらかじめ流量を抑制しています。いわゆる再エネ発電の出力抑制は、そうした系統安定性のために必要な措置なのです。
しかし、マスコミでは「貴重な再エネ電気を捨てている」といった批判ばかりが強調されがちです。こうした抑制措置を十分に行っていれば、スペインのような大規模停電が日本で起こる可能性は低いと考えられます。
ただし、今後さらに再エネ導入量が増え、「もっと流せるはず」といった主張をする御用学者や政治的圧力が現れた場合、同じようなリスクを抱える可能性も否定できません。
以前から指摘しているように、発電所の建設と送電線の建設は本来一体で計画すべきものです。実際、送電線も発電所も、計画から環境アセスメントを経て運転開始に至るまで、通常10年近い時間がかかります(ただし、PVについては環境アセスメントの規制が緩和されており、環境への影響に配慮されないまま建設されるケースも多いのが実情です)。
かつての発送電一貫体制のもとでは、こうした開発が効率的かつバランスよく行われてきました。しかし、電力の自由化以降、この調和は崩れ、発電と送電の責任の分離による非効率が目立ち始めています。
スペインの事例は、自由化の先にある危機の一端を示したとも言えるでしょう。日本も同じ道をたどる前に、早急にエネルギー政策の再評価と方向転換が必要ではないでしょうか。

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