エルベ川に沈んだ誇り:崩壊するmade in Germany

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ドレスデンで橋が崩れた日
旧東独のドレスデンはザクセン州の州都。18世紀の壮麗なバロック建築が立ち並ぶえも言われぬ美しい町で、エルベ川のフィレンツェと呼ばれる。冷戦時代はまさに自由世界の行き止まりとなり、西側から忘れられたまま40年が過ぎたが、今では雄々しく復活。ライプツィヒと並んでザクセン州の牽引役だ。
そのドレスデンで昨年9月、市の中心のカロラ橋が、何もしないのに突然、エルベ川に崩落。偶然、その数日前に日本からのお客さんと一緒にこの橋を渡っていた私はビックリ仰天だった。

崩落したカロラ橋
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市電、歩行者、自転車の通る橋と、自動車用の橋が、2本くっついて架かっていたカロラ橋だったが、落ちたのは市電の方。しかも、市電が数分前に通過していたというから冷や汗ものだ。崩落時に歩行者も自転車もいなかったことだけが、不幸中の幸いだった。
ただ、発展途上国でもあるまいし、何もしないのに、ドイツで橋が勝手に落ちるか!? 東独時代の建造とはいえ、落ちるまで気づかずに使っていたのは現在の施政者の責任だろう。これが昼間だったら大惨事で、ヘタをすると、下を通る遊覧船まで巻き込んでいたかもしれない。恐ろしや。
それから8ヶ月以上が過ぎた5月末、また日本からの来客と共にドレスデンを訪れたが、ポッキリ折れた橋の残骸は、未だに川底に斜めに落ちたままで、衝撃的な光景。

崩落事故から8ヶ月経過してもなお残骸が残されたまま
筆者提供
それを見ながら家人が一言、「Made in Germany…」。彼の専攻は建築工学で、専門は橋(!)。ドイツの高度な建築技術を誇り、人生の半分を世界中の建築プロジェクトに捧げてきた人間としては、さぞかし複雑な気持ちだったに違いない。ちょっと可哀想。
ドイツ「技術大国」神話の崩壊
それにつけても最近のドイツの落ちぶれ方は激しい。列車は遅延、道路は凸凹、郵便はいつ着くかわからず、着かないかもしれない。日本の郵便局から小包みを出そうとして、「何日ぐらいかかりますか?」と訊いたら、「ドイツ…、ちょっとわかりませんねえ」という答えだった。30年ぐらい前までは日独間の郵便は、どちら向きでも必ず4〜5日で着いたことを思うと、この国は着実に退歩している。
中でも日本人旅行者がとりわけ驚くのが、デジタル化の遅れ。外の市場のスタンドでクレジットカードを使おうとした友人を、「ダメに決まってるでしょ」と制したら、「パリやバルセロナでは屋台でも使えた」と言うので、こちらの方が驚いた。日本では使えるのだろうか?
なお、今回分かったのだが、ドイツではクレジットカードは、ホテルやレストランでもVISA以外はほぼ不可だった。タクシーはOKという建前だが、少し田舎に行くとモバイル回線が遅すぎて、携帯電話もインターネットも接続不良になる地域が多いのが現実。ドイツ人はそれをよく承知なので、カードだけに頼れるなどとは思っていない。いずれにせよ、ドイツは技術大国と信じる日本人は、皆、とても驚く。
デジタル後進国の実態と足かせ
前ショルツ政権はそれまでのメルケル政権を批判し、“ギガバイト作戦”を開始した。2025年の終わりまでに全所帯の50%、30年までには100%に光ファイバーなどブロードバンドを接続するとしたが、結局はあまり進まなかった。現在、ドイツはインターネットの平均速度の世界ランキングで55位という悲惨さだ。
5月29日の公営放送ARDによれば、例えばヘッセン州で、昨年夏に高速インターネットに接続されていた所帯は、全体の27%(同州デジタル庁の発表)。ヘッセン州というのは、世界の重要な金融機関の集中するフランクフルトのある州だから、デジタル環境の完備している地域と、していない地域の差が激しいということだろう。
一方、一番進んでいるのはハンブルクで、全所帯の73%が高速。一番遅れているのがチューリンゲン州で16%のみ。つまり、州によっても格差が激しい。ちなみに現在、固定ブロードバンドの平均速度で世界首位を競っているのは、アラブ首長国連邦、シンガポール、香港など。
また、モバイル回線の方も、上位はアラブ首長国連邦、カタール、クウェートなど中東の国々が進んでおり、EUではブルガリア、デンマーク、オランダ、ノルウェーなども上位にいるが、ドイツはこちらも56位とのこと。ドイツのデジタル化が進まないのは、マスト1本を建てるだけでも必要となる膨大な書類や、煩雑で無意味な規則が大きな障害と言われる。これらは言うまでもなく、その他の様々な投資や開発の妨げにもなっている。
5月末、連邦ネットワーク庁が無料のアプリを開設し、それを使って国民にモバイルインターネットの受信情報を提供してもらい、一体、どの程度、電波網に穴ボコが開いているのか、実態調査をした。というのも、当局の認識ではデジタル環境はすこぶる良いはずなのに、なぜか利用者からの苦情が絶えないからだ。
その結果が6月6日に発表されたが、G2のみの場所、あるいは全くインターネットが使えない場所は全体の2%ほどだったが、それ以外に、非常に繋がりにくいという場所が14%もあることがわかった。これらの改善が必至だ。
なお、産業の発展に不可欠といわれる5G網の整備に関しては、中国のファーウェイのセキュリティ問題が未解決のまま。EUの多くの国は情報漏れを嫌ってファーウェイを締め出しているが、ドイツは、ファーウェイ抜きでは5G通信網を構築できないということで、禁止はできない。いずれにせよ、デジタル環境の悪さは、スタートアップ誘致の足を引っ張る大きな原因の一つだ。
ドイツ化する日本、他人事ではない未来
そうする間に、5月21日には、今年のドイツの経済成長が+0.4%から0%に下方修正された。過去2年はマイナス成長なので、実際には3年連続の縮小が危惧される。
これらを5月に発足したばかりの新政府がどこまで挽回できるか、産業界の期待は大きいが、肝心のメルツ首相は自らを外交の達人と思っているようで、世界のあちこちを嬉々として飛び回っている。そんなわけで、ウクライナの救済には熱心でも、国内企業の救済はなかなか進まない。
なお、将来はAIの開発、利用も急激に進めなくてはならず、そのためには膨大な電気が必要になる。それなのにメルツ氏は直近のウクライナのゼレンスキー大統領との会談で、たとえ戦争が終わってもロシアとドイツの海底ガスパイプライン「ノルトストリーム」の修繕はしないと約束したらしい。ドイツはすでに原発もないし、石炭火力も段階的停止の途上なので、どうやって安価で安定した電力を得るつもりなのか。米国のガスはロシアガスより格段高い。
ただ、不思議なことにドイツの公営メディアは、現在、その話題にはほとんど触れない。首相もメディアも、一体どこの国益のために働いているのだろう? ふと気づくと、なんだか嫌になるほど日本の状況と酷似しているではないか。
ただ、日本はエネルギーだけでなく、お米まで逼迫。ひょっとすると米騒動で、故意に他の問題がかき消されているのかと勘ぐりたくもなる。
さらに解せないのは、つい最近までさんざん“頭が悪い”と言われていた政治家が、備蓄米放出でヒーローになっていること。急に頭が良くなったのか、それとも本当は悪くなかったのか?
この際、どちらでもいいが、この勢いで、このヒーローに、「エネルギーと食料は自給しなければならない!」とはっきり言ってもらい、国民の目を覚まさせるというシナリオは、日本政府にはないのだろうか? インバウンドにばかり頼っておらず、made in Japanの名声こそを世界中で復活させたいというのが、私の願いである。
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