「CO2を食べる自販機」という「おとぎ話」

francescoch/iStock
アサヒ飲料が周囲のCO2を吸収する飲料自動販売機を銀座の商業施設内に2日間限定で展示したとの報道があった。内部に特殊な吸収剤を搭載しており、稼働に必要な電力で生じるCO2の最大20%を吸収することが出来るそうだ。使い終わった吸収剤はハウスメーカー向けのタイルやコンクリートなどに使うこともできるとある。
アサヒ飲料は既に23年に「CO2を食べる自販機」を国内初公開し、その時はCO2吸着剤が飽和すると回収し、工場でCO2を放出させ炭酸飲料や肥料原料に再利用する循環スキームを示していたが、今回はそのスキームを放棄し、使用後の吸収剤を建材等に再利用する仕組みらしい。
何だか良いことずくめみたいに聞こえるが、この種の「CO2吸収・活用」話には、舞台裏を良く見ると「な〜んだ」とガッカリするケースが多い。
通常、CO2吸収剤として使われるのは、アミン系薬品か、水酸化カリウムKOHや水酸化カルシウムCa(OH)2などのアルカリ物質である。この場合、使用後にタイルやコンクリートに使うとあるので、おそらくCa(OH)2を使って炭酸カルシウムCaCO3にしていると推測される。石灰水によるCO2の検出実験と同じである。Ca(OH)2は消石灰とも呼ばれ、野球場や運動会などの白線に使われる、あの白い粉である。
さて、石灰(水)に空気を吹き込めば中のCO2が吸収されるのは事実だが、大気中CO2濃度はかなり薄くて400ppm程度しかない(都会なら多少高いとしても)。パーセントにすると0.04%に過ぎない。だから普通に大気と接するだけでは効率的なCO2吸収は期待できないので、化学工業装置としての「ガス吸収装置」では、固体または液体の吸収剤と気体の接触面積をできるだけ大きくする工夫をしている。この自販機内に置かれた吸収装置でも、その種の工夫を凝らしているはずだ。
また、わざわざ動力を使って空気輸送するのは損なので、冷却ファンの空気流とか自販機から出る廃熱による自然対流などを利用するだろう。
こうした工夫を凝らしても、普通の空気からCO2を効率的に吸収するのは結構大変で、だから1台の自販機の消費電力はそんなに大きくないはずだが、使用電力分に相当するCO2の最大20%程度しか吸収できないわけである。
ちなみに、生成する炭酸カルシウムCaCO3は、純度が高ければ食品添加物や薬品にも使われるが、この場合は各種のほこりなども含まれるので建材等にしか使えないのだろう。実を言えば、人工透析患者である私は、以前に血中リン濃度を下げる薬として炭酸カルシウム(炭カル)を服用していたのであるが、その薬の名前は「カルタン」だったと言う笑い話(?)がある。
いずれにせよ、アルカリ系物質などを使って大気中CO2を吸収する試みは、人為的CO2起源地球温暖化説が出て以来、これを根本的に解決する手段として大いに期待されたのであるが、実際にはほとんど効果が得られていない。エネルギー的に見て間尺に合わない(=吸収に要するエネルギーが吸収されるCO2エネルギー換算値より大きい)か、コスト的に勘定に合わない(=要するコストが回収CO2の節約コストより大きい)場合が大半だからである。
経済的制約も大きく、例えばアミン系薬品をコンクリート構造物に含浸させる技術などは、日本国内で3億トン以上のCO2固定ポテンシャルを持つとの試算もあり期待も大きいが、課題は何と言ってもコストなのである。
以前に話題になった「世界最小のCO2回収装置」とする「ひやっしー」も、その一例だろう。これは朝日新聞に載って結構な騒ぎになった。
CO2回収サブスク賛否 手がける村木風海さんの主張と専門家の批判
しかし実はこの装置、水酸化ナトリウムNaOHでCO2を吸収するだけのものだった。この記事には、山下誠・名大教授の科学的で的確な批判も載っているが、一方で「スゴイ!天才」「衝撃と歓喜!」と言った賞賛の声もあったらしい。私は、この記事を見た瞬間に吹き出した。まさに、噴飯物。
むろん、山下教授の指摘が正しいが、手元には水酸化ナトリウム製造のCO2原単位などのデータがないので、経済計算で別途に検討してみた。その根拠は、一般に、高いものほど製造などにエネルギーを多消費していると言う経験則による。
考えてみればある意味当然で、人間の活動には何らかのエネルギー消費が伴うから、エネルギー多消費なものは高くつくはずなのだ。例えば、金が高いのは、鉱石中の含有率が低いため、多量の鉱石を掘り出し、含まれる僅かな金を抽出するために多量の労力とエネルギーを消費するからだ。鉱物資源は一般にそうであり、工業製品も、手間ヒマかけたものほど値段が高いのが普通である。
なお断っておくが、物の値段は製造時のエネルギー消費量だけに比例するものではない。何らかの希少価値があれば、物の値段は上がる。例えば、ただのボールと大谷選手が本塁打を打ったボールでは、製造原価や製造エネルギーが同じでも値段は全然違ってくる。この種の例は、むろん除外して考える。
さて「ひやっしー」である。使用する化学基礎物質の価格をネットで調べてみた。
・炭酸ナトリウム(無水500g:890円 Na2CO3:106 g/mol)
890円/500g ×106 g/mol=188.7 円/mol
・水酸化ナトリウム(1mol/L 1L水溶液:2813円)
NaOHそのままで2813円/mol
実際には、CO2を1モル吸収するには、NaOHが2モル要る。化学式では、
2NaOH+CO2 → Na2CO3+H2O
(5626円) (189円)
つまり「ひやっしー」とは、5600円以上するNaOHにCO2を吸収させて189円のNa2CO3を製造する過程に過ぎないわけである。要するに、大損。エネルギー計算で検討しても、大筋こんな結論になるはずだ。
この場合、CO2の1モル=44gを吸収するのに正味5437円かかっている。つまり1グラム当り123.6円、1トン(=106 g)当りでは123.6×100万円=約1.2億円かかる。大規模にやれば多少コストダウンできるとしても、これではお金がいくらあっても間に合わない。
高いナトリウム系薬品を使うから特に不利なので、銀座の自販機のように消石灰を使えば20kg2060円、つまり1kg100円程度で実行でき、生成する炭酸カルシウムは500g760円なので1kg1500円以上する(この場合は高精製品だが)。つまり経済的価値が上がる。だから、同じCO2吸収装置ならば「ひやっしー」よりも銀座の自販機の方が優れている。
ちなみに、CO2を地中または海底に沈めるCCS事業の目標コストはトン2万円である。私の見立てではこんなに安く出来ないと思うが、トン10万円もかかったら実用性はないだろう。また、排出権取引の現状の相場はトン数千円だそうだ。これでは皆が排出権取引に飛びついてしまう。CO2自体は何も減らないのにお金だけ流出する、この詐欺まがいの排出権取引に…。
「ひやっしー」の発案者は、東大理1から工学部に進み、その後中退、在学中に東大で講義したこともあるそうだが、私から見ると、この人の頭脳は計り知れないというか、どうかしている。
「ひやっしー」への批判についても「科学の尺度だけで計れないビジネスの話をやっているので、科学界からの批判はあるかもしれないが、そうやって研究停滞させていたら何も解決しない」と主張しているそうだ。
しかし、この主張には致命的な欠陥がある。研究開発というのは、科学的に正しいことを基礎に行うものなので、科学を無視した研究は「似非科学」に過ぎなくなるからだ。つまり、科学の尺度で測って間尺に合わないものは、研究するに値しないということ。その種の試みは、やればやるほどオカルト魔術に近付いて行く。実際、彼の方法ではいくら試みても「何も解決しない」。
「ひやっしー」で回収したCO2を含んだ使用済みカートリッジは「ラボで保管している」そうだ。回収したCO2から石油代替燃料をつくる構想を掲げているが、実現していなのが現状だと。
実は、CO2から石油代替燃料をつくる試みは、既に盛んに行われている。合成メタンとかe-fuelと呼ばれるのがそれで、要するにCO2を水素(H2)で還元してメタン(CH4)や炭化水素(CnHm)を合成するのである。
いずれにせよ、何らかの形でCとOを引き離しHをくっ付けないと燃える燃料にはならないので、どんな方法を採るにせよ、エネルギー多消費プロセスになり、必然的に高いものにつく。強く結びついているCとOを引き離すのに高温が必要だし、Hをくっ付けるには水素製造プロセスが必要で、これもエネルギー多消費が避けられないからである。
例えば、アンモニアNH3合成には窒素N2と水素H2が必要だが、前者は空気から比較的簡単に分離できる一方、後者は作るのに苦労する。故に、アンモニア製造原価の大きな部分は、水素製造コストになる。
そもそも水素製造法は、かなり以前から研究されてきた。私が化学工学科の学生だった頃、ゼミで水素製造プロセスの専門論文を読んだことがある。多数の製造法提案があり、それら各個を分析・評価した論文だった。それは50年近く前の話だが、水素製造法はその頃までに研究され尽くした観があり、実際その後大きな進展はない。
要するに、メタンその他の炭化水素を水蒸気改質する方法がベストである。この場合、炭化水素中の炭素は、必ずCO2になる。だから、CO2を改質するためにこの方法で水素を作るのは、正味でCO2削減になることはあり得ず、必ず本末転倒になる。
CO2を出さずに水素を得る実際的な方法は、水の電気分解だが、食塩水を電解するのがNaOH製造であり、気相には水素H2と塩素Cl2が発生するが、この方法では実質的にCO2削減にならないことは上記の通りである。
ましてや、Na2CO3のような「塩」になってしまったCO2から燃料を作るのは、もっとずっと難しい。まずは塩を分解してNaとCO2に分けないといけない。無水Na2CO3の融点851℃、沸点1600℃とあるから、1600℃以上の高温が要る。こんな高温操作は大変である。
水に溶かして塩酸や硫酸のような強酸を加えれば弱酸の炭酸H2CO3が遊離してCO2を回収できるが、これでは元のCO2に戻すだけなので、何をしているのか訳が分からない。NaOHに吸収させなければ良かった、ということになる。
まとめると、CO2をNaOHに吸収させ、回収したCO2から燃料を作る試みは、エネルギー的にも経済的にも技術的にも、上手く行く見込みは全くない。まあ、普通に化学を知っている人間から見たら、CO2とNaOHを反応させて「塩」を作ってしまったらその後はないことくらい、常識で分かるはずだ。はい、ご苦労様、と言う話。
結局は、CO2が炭素の最終酸化物つまり保有エネルギーが一番小さい炭素化合物であり、これから燃料などの高エネルギー物質を作る操作は、保有エネルギーを高めるために必ず外からエネルギーを加えなければならないから、エネルギー的・経済的に既存燃料より必ず不利になる宿命にある。つまり、CO2の吸収・再利用をめぐる話題と言うのは、どれにせよ本質を考えれば行き着く先は見えている。いつまでも「おとぎ話」に酔いしれていることは、お勧めできない。
私自身は、地球全体のCO2収支から考えて、全ての人為的CO2排出をゼロにしても大気中CO2濃度は1ppmも変わらないと計算しているので、この種のCO2固定・再利用等の試みは全部ムダだと考えている。それくらいなら、植林その他の植物栽培に力を注ぐ方がずっと建設的である。大気中CO2の最も効率的かつ経済的な活用法は、自然界の光合成を利用することだからである。

関連記事
-
20日のニューヨーク原油市場は、国際的な指標WTIの5月物に買い手がつかず、マイナスになった。原油価格がマイナスになったという話を聞いたとき、私は何かの勘違いだと思ったが、次の図のように一時は1バレル当たりマイナス37ド
-
菅首相が10月26日の所信表明演説で、「2050年までにCO2などの温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを目指す」旨を宣言した。 1 なぜ宣言するに至ったか? このような「2050年ゼロ宣言」は、近年になって、西欧諸国
-
自由化された電力市場では、夏場あるいは冬場の稼働率が高い時にしか利用されない発電設備を建設する投資家はいなくなり、結果老朽化が進み設備が廃棄されるにつれ、やがて設備が不足する事態になる。
-
1. イベリア半島停電の概要 2025年4月28日12:30すぎ(スペイン時間)イベリア半島にある、スペインとポルトガルが広域停電になりました。公表された資料や、需給のデータから一部想定も含めて分析してみたいと思います。
-
今年3月の電力危機では、政府は「電力逼迫警報」を出したが、今年の夏には電力制限令も用意しているという。今年の冬は予備率がマイナスで、計画停電は避けられない。なぜこんなことになるのか。そしてそれが今からわかっているのに避け
-
筆者は基本的な認識として、電力のビジネスモデルの歴史的大転換が必要と訴えている。そのために「リアルでポジティブな原発のたたみ方」を提唱している。
-
「原子力文明」を考えてみたい筆者は原子力の安全と利用に長期に携わってきた一工学者である。福島原発事故を受けて、そのダメージを克服することの難しさを痛感しながら、我が国に原子力を定着させる条件について模索し続けている。
-
(GEPR編集部より)この論文は、国際環境経済研究所のサイト掲載の記事から転載をさせていただいた。許可をいただいた有馬純氏、同研究所に感謝を申し上げる。(全5回)移り行く中心軸ロンドンに駐在して3年が過ぎたが、この間、欧州のエネルギー環境政策は大きく揺れ動き、現在もそれが続いている。これから数回にわたって最近数年間の欧州エネルギー環境政策の風景感を綴ってみたい。最近の動向を一言で要約すれば「地球温暖化問題偏重からエネルギー安全保障、競争力重視へのリバランシング」である。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間