トランプ政権による「史上最大級の規制緩和」:EPA改革の意味するもの

2026年02月18日 06:50
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技術士事務所代表

The White Houseより

2月12日、ドナルド・トランプ大統領とリー・ゼルディンEPA長官は、「米国史上最大の規制緩和」を正式に発表しました。

President Trump and Administrator Zeldin Deliver Single Largest Deregulatory Action in U.S. History | US EPA

この措置の核心は、2009年にオバマ政権下で策定された「危険性認定(Endangerment Finding)」の完全撤回です。単なる個別ルールの修正ではなく、過去十数年にわたり積み上げられてきた脱炭素政策の思想そのものを問い直す動きなのです。

長年、EPAの環境規制の法的根拠となってきたこの認定を廃止したことは、単なるルールの変更ではなく、米国の環境政策における「パラダイムシフト」を意味します。政権側はこれを「気候変動教(Climate Change Religion)」からの解放と呼び、エネルギー自給の拡大と経済再生のための「聖戦」と位置づけています。

以下に、その要点を紹介します。

今回の改革の対象は広範囲に及んでいます。発電部門のCO₂排出基準、自動車排出規制、メタン排出規則、水質・湿地保護の連邦管轄範囲、さらには規制の経済的正当化に用いられてきた「炭素の社会的費用(SCC)」算定手法までが見直しの俎上に載せられています。

政権側の基本認識は明快です。

第一に、環境規制がエネルギー価格を押し上げ、製造業の国際競争力を損ねてきたという問題意識。

第二に、国内に豊富に存在する石油・天然ガス・石炭資源の活用を制約することは、エネルギー安全保障の観点から合理的ではないという立場。

第三に、中国やインドが排出を拡大する中で、米国のみが過度な削減負担を背負うのは公平性を欠くという論点です。

特に象徴的なのは発電部門規制の緩和です。従来の厳格な排出基準や炭素回収技術の事実上の義務化は、石炭火力の経済性を大きく損ねてきました。政権はこれを「政策的淘汰」とみなし、市場競争の枠組みに戻すことを狙っています。また、自動車規制についても、EVへの急速な移行を事実上強制する設計を改め、内燃機関を含む多様な選択肢を維持する姿勢を示しています。

さらに注目すべきは、「炭素の社会的費用(SCC)」の再評価です。SCCは、将来世代への気候影響を金額換算し、規制強化の費用対効果を正当化する指標として機能してきました。しかし、その前提となる割引率や被害想定は不確実性を多く含んでいます。算定方法の変更は、規制の経済合理性そのものに影響を及ぼす可能性があるといわれています。

もっとも、反発も強く、環境団体や民主党系州政府は、温暖化リスクの増大や大気汚染による健康影響を懸念し、司法の場で争う構えを見せています。実際、過去の環境政策もたびたび連邦裁判所の判断に左右されてきました。今回の改革も、最終的な実効性は司法判断に依存する部分が大きいと思われます。

本質的に問われているのは、環境理想と経済現実の均衡です。脱炭素目標は道義的に支持されやすいのですが、その実行はエネルギー価格、雇用、産業構造に直接的な影響を及ぼします。トランプ政権は、そのトレードオフをより明示的に認め、「エネルギー主権」と「産業競争力」を優先順位の上位に置いたといえます。

この動きは、単なる環境政策の転換ではありません。国際枠組みへの距離の取り方、連邦と州の権限配分、規制と市場の役割分担といった統治思想の再設計でもあります。振り子のように揺れる米国政治の一局面と見ることもできますが、政策規模と対象範囲の広さからすれば、影響は一時的にとどまらない可能性があるのです。

日本への影響 ― GXは「砂上の楼閣」になっていないか

米国の規制緩和は、日本にとって単なる対岸の政策転換ではありません。

第一に、自動車産業ではHVや高効率ガソリン車に短期的な追い風となる可能性があります。EVへの制度的圧力が弱まれば、日本メーカーの多様な技術戦略は相対的に優位に立つでしょう。しかし同時に、政策前提が政治によって変わるという不安定性が改めて示されました。数十年単位の投資を行う産業にとって、これは極めて重大な意味を持ちます。

第二に、エネルギー戦略の分断です。欧州・中国が脱炭素を強化する一方、米国が緩和方向へ動けば、企業は市場ごとに異なる技術体系を維持する二重対応を迫られます。投資効率は低下し、グローバル戦略は複雑化します。

第三に、製造拠点の再計算です。エネルギー価格が抑制されれば、米国立地の相対的魅力は高まります。日本企業は輸出よりも対米直接投資を強める圧力を受ける可能性があるのです。

ここで問われるのは、日本が推進するGX政策の構造そのものです。GXは脱炭素を「歴史の必然」として固定的に設計しているのではないでしょうか。国際政治の変動や他国の政策転換に対して、修正可能な余地を残しているのでしょうか。

もし前提が不可逆と見なされ、制度がその上に積み上げられているとすれば、それはやがて、現実の変化に耐えられない「砂上の楼閣」となりかねません。

米国のEPA改革が突きつけたのは、賛否ではありません。理念と制度設計は分けて考えるべきだという冷厳な現実ではないでしょうか。

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